数年ぶりに疎遠になった友達から電話がかかってきた時に思ったこと

小言

大人になると家庭やら仕事やらの事情で互いの了解を得ずとも疎遠になっていく友達がいます。

学生の頃はあんなに仲が良かったのに、仕事をするようになってからはパタリと会わなくなったり連絡を取らなくなったりする。

今まで一緒に築いてきたものがまるで幻だったかのように忙しい毎日に追われるようになる。

気が付けば数年経ってたりする。

あの頃の友達はそれぞれ家庭を作っていたり、夢にまっしぐらだったり、夢を叶えたりしているんだと思う。

数年ぶりにそんな友人から着信がありました。

「むむむ。なになになに?」

って思って一回居留守を使う。

テレビで誰かが言ってたんです。

「数年ぶりにかかって来る友人の電話はほとんどがお金に困っている時だ」って。

だからちょっと怖くなったんです。

でも着信だけが残ってるってちょっと気持ち悪いじゃないですか。

だからかけ直しました。

本当の事を知りたいと言うか、知りたくないけど知りたいというか。

なんかソワソワしてきたのでかけ直すことに。

「ふむふむ。」

「なるほど。」

数年ぶりに疎遠になった友人との会話。

その時に思った事をまとめておきたい。

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なんか目に見えないけど感じる壁がある。

さすがに数年ぶりですからね。

それぞれがどんな生活をしているかなんてわからない。

相手には自分がやってきたこともわからない。

だからなんとなく、始まりは「最近どうなの?」って感じになる。

それは仕方がない。

だけどそもそも毎日のように一緒に遊んでた友人。

あの頃と同じようなノリでいけるはず。

むしろあの頃のノリでいきたいのです。

だって久しぶり過ぎてソワソワしてるわけじゃないですか。

それを少しでも早く紛らわしたいのです。

お互いもういい大人です。

探りを入れる意味での「最近どう?」ってことなんだと思います。

どっちから話し出せばいいかもわからないような状況。

でも電話をかけて来るくらいだからきっと「何かしらの要求」はあるんだと思っているわけです。

だからまずはそれを言う前の「最近どう?」です。

それを聞き出す前の「最近どう?」になるわけです。

数年も経てばお互いが「今何をしているか」なんて正確にはわからない。

それに久しぶりなんだからそれを「詳しく聞こう」とも思わない。

あれだけ仲が良かったのに、どうしてか、目には見えないし、言わないけど、壁があるような気がした。

ざっくり話を始める。

けん制の「最近どう?」を皮切りに、「今私はこうです」ってのをざっくり話し始める。

相槌を打ってみたり、驚いてみたり、笑ってみたり、久しぶりのソワソワのせいでほとんど覚えていません。

私の頭の中は「どんな要求が待っているの?」っていう恐怖で支配されております。

恐怖というかドキドキね。

なんなら何を言われても断る段取りをどうするか決めたりしている。

だから思ったよりも当時と同じノリではいけないのです。

なんかソワソワしちゃってるんですね。

そのソワソワを隠す為なのかなんなのかわからないけど、私は私で最近の報告や疎遠になってからの数年の内に起きた事や大きな変化を伝えていく。

まだまだ頭の中は「何を要求されるんだ?」って感じ。

だんだん落ち着いて話せるようになってくる。

ソワソワとは言っても何年も一緒に遊んだりしていた友達です。

気が付けば打ち解けて、警戒も無くなり、普通に話が出来るようになります。

いよいよ来ます。

「そういえば相談があるんだけどさ…。」

来ました。

忘れかけてた「要求」について。

「どうしたん?」

「聞きたくないけど知りたい」みたいな感じで聞いてしまう。

「いや…」

一回止まる。

私は悟った。

そして答えを聞く前に言う。

「お金はないよ。」

テレビで言ってたパターンだと決めつけ自ら突入した。

そしたら「違うわ!」って言われた。

お金ではなく、単に「飲食店を始めたから時間がある時に食べに来てくれ」って内容でした。

ええ。

その場に行って改めてお金の話になる可能性は残されているけど、さすがにそれはないだろうと思っております。

その後ネットで調べたら本当に営業してるし。

儲かってる風だし。

むしろ普通に仕事をしている自分が少し情けなくなったわ。

少し気が晴れたような気がした。

友人にしてみれば、本当になんとなく、営業時間外で、「電話に出れば話すか」くらいの気持ちだったんだと思う。

でも「それをしてくれたこと」に少し感謝してます。

私の性格上、自分から電話をかけるなんて出来ない。

「今さらなにを?」って自分で思ってしまうんです。

「自分だったら電話しないな」って決めてしまうんです。

だからあの頃の思い出にも蓋をしてしまう。

きっと自分で蓋をしているんです。

ある意味「前しか見てねーぜ!」って感じはしてるんですけどね。

ソワソワするし、なんかちょっと恥ずかしいって思ってしまう電話が出来るってすごいなって思います。

最近メッセが主流じゃないですか。

ラインとか。

実際ラインとかのメッセなら何を聞かれても考える時間を作れるし、初めから「断る」って選択肢を持っているのならその方が圧倒的に楽。

直接話をしていない分感情的にはならないし。

そんな中「私は電話派だな!」とか言う人もいる。

私からしたら本当はどっちでも良いんだけど、出来るならメッセの方が「断り易さ」はあるかなって思っている。

メッセの内容が自分に得のあることだったら速攻で電話するけどね。

とにかく久しぶりに話が出来たことには感謝です。

近況報告って自分の今の立ち位置を探るにも役立つような感じがした。

ただ、ひとつ思うことがあった。

たぶんです。

これは私だけがそう思っているって可能性もある。

でも、今の時代、「いきなり電話する」って失礼にあたりませんか?

勘違いだったら申し訳ないんですが、もし自分の上司に電話をする際にまずはメッセージで「○○の話がしたいんですが、お時間を頂けますか?」みたいな断りを入れるでしょ。

要件も先に伝えておけば返事もしやすいし、緊急性も把握出来る。

それって「普通」じゃないんですかね。

まぁ。さすがに友人にそこまで求めてはいけないかもしれないけど。

数年の間に出来た壁で「相手に失礼がないように」みたいなものが生まれてもいいだろうって思う。

「要求」だろうが「相談」だろうが、「仕掛けてきてるのはそっちだろ」って思うんです。

もちろん友人だし、数年前までは毎日のように遊んだり話したりしてたけど時間の経過によって「遠慮」が生まれたのかもしれないけど。

大人になれば大体そんな流れで「電話での会話」に持っていきませんか。

単に私ならそうするっていう内容なんですけどね。

だってソワソワするじゃん。

メッセが主流の時代なんだから先にメッセで要件だけでも伝えておくべき。

しょっちゅう連絡を取っているならわかるけどそうじゃないなら余計に必要だと私は思うんです。

電話派だろうがメッセだけ派だろうが今はメッセ時代です。

番号だけでもたいていメッセージは送れるでしょ。

たぶん。

送れないバターンもあるかもしれないけど。

私の親もそうなんですけど、「昔は○○だったなぁ」って良く言う。

別に文句はないし、なんなら「そうだったねぇ」って乗っかることもある。

でもそれが口から出て来るのはいつも「現状に満足していない時」なような気がしてならないのです。

「何か言いたげだなぁ」って悟ってしまうんですわ。

私は昭和生まれ。

ゆとり世代でも悟り世代でもなく。

団塊ジュニアなんです。

それでも今はメッセ時代だっていうのはわかってる。

親はポケベルの話をしながら今と比べて「昔の良かった部分」を探すんです。

そういうのは好きじゃない。

アンティークを集めるとかは好きです。

あえて「変わらない」を選択するのも大好きです。

そういうことじゃなくて考え方です。

その考え方だと「もう一度バブルが到来するんじゃないか!」とか期待してしまうでしょ。

それじゃまるで神頼み。

近年は個人でバブルを掴むものになっている。

一人勝ちしてる人がいる。

個人の能力が高くなればそうなるのは当然だけど貧富の差が開いてきてる。

そりゃそうなる。

バブルのようにお金が湧いて出て来るような時代じゃないからだよ。

国全体が潤っているわけではない。

何なら他国にどんどん追いつかれたり追い抜かされたりしてる。

「それでも我が国は裕福だ!」とか言ってるようなもの。

それが「私電話派なんだよねー!」とカブるんですわ。

いや。尖ったことを言っているつもりではありません。

あくまで私自身の感想です。

思ったことです。

私達は母国だけじゃなくて、世界各国の事をもっと知るべきなんじゃないだろか。

どうすればそうなるのかわからないけど、私自身が「過去に想いを寄せて取り残されているような感覚」が好きじゃないんです。

自分で自分を鎖国状態にしているような気がしてきたんです。

それはそれで「幸せだ」って感じる部分もあるけど、私は知りたい。

知った上でこれからの人生を選択していきたい。

「知っているけどあえて変えない」ってこだわりは好きだけど、「知らないから認めない」ってのは努力や成長を止めてしまうような気がするんです。

数年ぶりにかかってきた友人からの電話でこんなことまで考えてしまいました。

そういう意味では感謝です。

小言
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心優しきあなたにお願いがあります。

お見苦しい点が多々ある私なりの文章をここまで読んで頂き、本当にありがとうございます。改めまして、執筆者のdaimaruです。

この度、DONGURILOGという日記サービスを共同運営させて頂く事になりました。

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ここまで私が書く、しがない文章を読んで頂き、目もお疲れかと存じますが、どうか、最後に、私の渾身のワガママを聞いて頂けないでしょうか?

無理なお願いをしているのかもしれません。

でも、「日記を書く」には多くのポジティブな効果があります。今日一日を振り返るだけで多くの気付きがあります。

じらしてすみません。

一緒に日記を書いて頂けないでしょうか?

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そしてそれがきっかけで多くの人が救われる瞬間があるんじゃないかと思っています。

私が求めているのは募金や署名ではありません。

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本来「日記を書く」は一人で行う趣味的な存在なのかもしれませんが、それを多くの人と同じスペースで書く楽しさを大声で主張したい。

「うおー!」です。

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あれんじ

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