インドア派の反撃

小言

私はどちらかと言うと「インドア派」です。

休みの日はずっと家にいる事が多いし、出かけるのがそもそも好きではない。

夏になると友達家族は毎年必ずキャンプに行くらしい。

子供達と外にテントを張って、一泊する。

ご飯はBBQで、子供達は様々な虫を見たり、景色を見たりとすごく楽しそうに遊んでいるらしい。

子供達の事を考えると、そういった経験も良いんじゃないかと思う。

でも私自身が出不精なので、好んで行きたくはない。

なんなら虫も苦手だし、BBQは後片付けを考えるとやりたくない。

めんどくさくて…。

現地まで車で行くとすればその車内で子供が飽きたりトイレ問題で「わちゃわちゃ&ドタバタ」な時間が過ぎていくかもしれないし。

私の脳みそはどうしてか、先に起こるかもしれないネガティブをすごく警戒する。

その警戒への対処まで想像すると、外に出るほとんどの事が「めんどくさい」と感じてしまうのです。

「だったら家にいた方が良くない?」

って考えて「家にいる」を選ぶ。

そんな私に家族は言うのです。

「インドア派だね」って。

…。

つまり、私はインドア派なんでしょう。

ただ、「インドア派」だからってそれが悪い事だとは思っていない。

「アウトドア派」の方がキラキラ感や充実感はあるかもしれないけど、別にインドア派だからって損をしているわけではない。

今回は世の中の「インドア派」に共感してほしい。

ちゃんと理由があるのに人は私の事を「インドア派」と呼びます。

考えてみれば、私は学生の頃からインドア派です。

だけど学生の頃って何かとBBQとかキャンプとかに誘われるわけです。

「せっかくの夏休みだからエンジョイしようぜ!」ってノリで誘われるわけです。

普通にインドア派な私でも外での生活では周りに合わせます。

そうやって生きてきました。

「インドア派」ではあるけど、世の中の「インドア派」のイメージって、なぜか、どうしてか、「暗い」とか「陰キャ」な感じじゃないですか。

そう思われたくないからちょっと無理してそういった誘いを断らなかったわけです。

だから無理やりにでも行くわけです。

行ったら行ったで楽しもうとはするんだけど…。

帰って来ていつも思うことがあります。

「疲れたなぁ」って。

「別に行かなくても良かったかもなぁ」って。

行ってみて、やっぱり「行かなくても良かったなぁ」って思うことが多過ぎて、それからは少しずつ断るようになった。

そして大人になって、家族を持って、ほとんど行かなくなった。

そもそも場所に対しての欲求があまり無いのです。

家の居心地の良さを考えると、気を使ったり、慣れない場所に泊まる行為そのものが疲れてしまうのです。

たまにテレビ番組やネット動画で、「アウトドア」を極めたような人の動画を観たりします。

世界中を旅する人の動画を観たりもします。

その人達がアウトドアの魅力を語ったり、旅の魅力を語ったりする。

視聴者として、「楽しそうだな」と思う瞬間はあるけど、私は自分がそれをやりたいとは思わない。

だって小さいナイフを使いこなしたり、火を起こして料理を開始するまでの時間。

テントを張ったり寝床を確保する時間。

家なら、いつも使ってる包丁があるしコンロですぐに火も付くし、ベッドも用意されていて、寝心地も最高だ。

「非日常をエンジョイする」っていう意味でやっているのならわかる。

でも日常に満足しているならどうだろう。

いつもより時間がかかる方法をわざわざ選ぶかね。

だから私はインドア派なんだろうか…。

旅も同じです。

「様々な人との素敵な出会い」とか「色んな国の色んな価値観に触れる喜び」とか「世界観が変わる」とか。

それも日常に満足していないからこそ「やろう!」って思えるのであって、日常に満足している私には到底「それ欲しい!」って思えるような欲求ではないんです。

アウトドア派って現実逃避がしたいのかと思ってしまう。

日常に不満があるんじゃないかって思ってしまう。

私はそういうタイプではない。

なんなら日常生活をもっとより良いものにしたい。

だから現実逃避をするよりも現実を受け入れて、今やるべことが何なのか考える時間を作りたい。

現実を生きる為には、自分が歩む道を明確にする必要がある。

だとしたら私にとって「アウトドアを極める」のは、「近い将来自分の仕事にしたい」と考えている場合くらいしかありえないんです。

旅だって同じ、そこで得た経験を本にしたり、誰かの前で発表する方向性を考える。

「旅」をどうやって仕事にするか考えてから旅に行く。

ただ「現実逃避したい」とか、ただ「非日常を楽しみたい」とか、それだけの理由で自分の貴重な時間を使えない。

現実をどうやって生きていくのか考えたい。

これからも継続していく時間を大切にしたい。

非日常に魅力を感じないんです。

ちゃんと理由があるのに人は私の事を「インドア派」と呼びます。

アウトドアの魅力を推すのは商売だから仕方がない。

誰が作った言葉なのか、「インドア」に「アウトドア」。

テレビや雑誌を見てると、夏になれば特集が始まる。

「キャンプに行くならこの一冊!アウトドア特集!決定版」

みたいな感じでしょうか。

そういった番組や雑誌を見ると、「楽しそうだ!」と感じるし「行ってみたいな!」って思うわけです。

そりゃそうです。

キラキラしているように見せる為に作られた番組や雑誌なんですから。

「自然を感じる」とか「火をおこす時間すら楽しむ」とか。

そんな事を言いながら、次のページでは、まるで家のベッドのように寝れるマットレスや、一瞬で火がつく着火剤とかの商品が載ってたり。

自然を感じるならそのベッドいる?

火をおこす時間を楽しむのに最強の着火剤を使う?

アウトドアに便利や快適を求めてどうする。

私が思うに、「キャンプに行きたい!」って思わせるのがテレビや雑誌の作戦なんです。

その番組や特集を作るお金は商品を売りたいメーカーが出してるんです。

商売なんです。

逆にインドアの特集も一緒。

過ごしやすくなる日用雑貨や電化製品を紹介したいんです。

どれもこれも商売。

興味を持たせるのがテレビや雑誌の仕事。

「アウトドア」を魅力的にする仕事なんです。

そうやって商品メーカーから提供って形でお金を貰う。

私達はその番組や雑誌を見て「行きたい!」とか「やってみたい!」とか「欲しい!」って影響を受ける。

どれもこれも商売なんです。

本当にアウトドアが好きな理由やインドアが好きな理由なんていらないんです。

興味を持ってもらえればそれでOK。

多くの人に注目されるように魅せる仕事なんだから。

別に騙されてるわけじゃないし、ただ好きでそれを選んでいる人だっていると思う。

だけどテレビや雑誌は「アウトドアに注目させたい」と思っているから、インドアでは経験出来ないであろう事をキラキラな世界観で演出する。

アウトドアの魅力を存分に伝える。

そこでアウトドアのネガティブは伝えない。

虫に刺されても、虫よけスプレーがある。

寝心地が悪くても、快適なマットレスがある。

後片付けがめんどくさくても、そのまま捨てられる便利商品がある。

移動時間が必要でも、準備が必要でも、「それを超える魅力」を伝えてくる。

それがアウトドアの醍醐味だと伝えてくる。

「さあ!出かけよう!外は魅力で溢れてる!」って感じで。

そりゃどこもかしこも商売してるんだから私達に出かけて欲しいわけです。

だってさ…。

何度でも言います。

私はインドア派です。

家がめっちゃ好きです。

家でテレビを観たり、本を読んだり、ゲームしたり、が大好きです。

でもアウトドアが好きな人にめっちゃいじられます。

「お前ってインドア派だよね…」って。

「インドアじゃんw」って。

あんまりいじられるから、つい反論したくなるんです。

それだけです。

いじられたインドア派の反撃です。

無理矢理アウトドア派になる必要なんてどこにも無い。