「そろそろ」が「まだまだ」だった時の絶望感

小言

楽しみにしていたものが延期された時の絶望感。

わかりますかこの絶望感。

誰もが経験したことがあるとは思うのです。

延期です。

楽しみにしていたのにも関わらず延期された時の絶望感と来たらそれはそれは楽しみにすればする程大きいのです。

これは完全に独り言みたいなものです。

それでも延期されるとやっぱり言いたくなるじゃないですか。

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絶望を感じる延期。

言っておきたいのです。

発売日を想定していたマンガの新刊。

マンガの単行本っていうのはだいたい把握出来るものなのだよ。

週刊で話が進んでいくようなマンガなら尚の事。

単行本が出る周期のようなものは見えてくるものだ。

ところがだ。

ハンターハンターに関しちゃその周期を裏切り過ぎなのだ。

もう逆に安心するレベル。

もし連載を再開しようものなら逆に心配になる。

どうせ休みになる。

それがわかっているからこそ心配になる。

でもある程度続いていくとちょっと期待してしまう。

もしかしたらこのまま書き続けてくれるのではないか。

そして物語もそれなりの盛り上がりを見せ始める。

更に先が楽しみになる。

その矢先に休載のお知らせだ。

なんなんだ。

期待した瞬間のがっかり感。

このまま書いていれば単行本にも出来たものの。

あえてそうしないのかと思わざるを得ない。

そしてそれに対してはいつものことだからもう「頑張ってください」としか言いようがない。

いつでも応援している。

今でも応援しているのだ。

だからお願いします。

この絶望感から私を救ってください。

公演を楽しみにしていた海外アーティストの来日ライブ。

チケットはもう買ってあるからね。

こちとら会場に行くだけなのです。

でも日本にすら来ないお知らせ。

「そもそも来てませんやん。」

「来てすらいないですやん。」

それなのに中止のお知らせ。

「来る前の段階での中止ですやん。」

体調の問題かもしれないけどライブが出来ないっていうのもわかるけど。

日本にも来てないっていう絶望感。

なんだか自分が嫌われているような感じがするのです。

後々公開された謝罪の映像では、

 

「アイ!ラブ!ジャパン!」

 

次こそは。

この絶望感を何とかしてほしい。

まだ来日の日程も決まっていない。

「もう少し」が「まだまだ」に変わった絶望感と来たらそれはもう。

「もう少し」が「いつだよ」に変わった絶望感と来たらもう。

予告で散々煽ってきた映画。

映画館に映画を観に行く。

目的の映画が始まる前に予告が流れるのがセオリー。

その予告がまた面白く作られている。

好奇心をかき乱してくる。

目まぐるしく短い時間で本編を紹介するが見どころ満載といった感じ。

正直、素直に、いや、普通に観たいと感じる内容であった。

そしてその予告の最後に。

 

「winter!」

 

って書いてある。

 

冬?

 

今年の冬ってことかな?

だとしたら今は春だから。

すげー先じゃん。

winter!じゃねーわ。

そんなに先なら一回忘れる長さだわw

予告のすばらしさに掻き立てられた心を見事に落ち着かせる仕掛け。

そういう仕掛け。

潜在的に覚えてもらっておく仕掛け。

こっちはがっかりしかないけどね。

秋ごろには思い出すのでしょうか?

「あれはあの時予告で見たやつや!」

ちょっと早過ぎやしませんかね?

映画の予告に関してはそう感じるものが多い気がするのだが。

気のせいでしょうか。

魅せるだけ魅せてからの~。

 

winter!

 

絶望しかねーわ。

開発中のままリリースされない某ゲーム。

ゲームっていうのはね。

期待されているものは雑誌などにも取り上げられるわけですよ。

 

※開発中の画面です。

 

って隅の方に書いてある。

開発中の画面だとしてもですよ。

それなりに期待してしまうようなワクワク感が詰まっているわけですわ。

そうなるとその隅に書いてある発売予定日も見るではありませんか。

そしたらめっちゃ先。

映画と一緒。

どうしてこうも先かねって思うわけですわ。

そして次の月に更なる報告。

発売予定日が更に先になっているではありませんか。

開発中の画面的には結構出来上がってる段階だとは思うんですがね。

バグでもあったのでしょうか。

その日の為に貯めておいた貯金。

そんなに発売を延期されたら車が買える金額になってしまうよ?

というよりも早くやってみたいという興味が削がれていく感じが嫌。

すごく嫌なのです。

これは戦略的に煽られた私がいけないのでしょうか?

貸したお金。

来月には返してくれるっていう約束だから貸したんだよ。

それを月末に「また来月でもいいか?」とか言われて怒りを露わにしたところで返してくれないのでしょう?

なんだよそれ!

返してくれよ!

ゲームが買えないじゃないか。

映画を観に行けないじゃないか!

デートが出来ないじゃないか!

このやろー!

信じてたのに。

この絶望感は半端じゃないぞ。

それに一度でも延期されると本当に返ってくるのか少し心配になるわ!

というかお金の貸し借りはそもそもダメだ。

やっぱりだめ。

こういうことがあると絶望感と共にそう感じます。

お金の貸し借りは本当にしない方がいい。

貸すなら無くなったものだと思った方がいい。

はぁ。

溜息が止まらない。

カミングスーンマジック。

「coming soon」

いつだか決まってないんかい。

って思いません?

もうすぐ!

って言われてもね。

これだけ延期を食らう人生ですからなかなか信じられない体質になっているのです。

お母さんの「ごはんよー!」っていうセリフ。

急いでリビングに行ってみるものの、まだ作っている。

まだ出来ていない状態での「ごはんよー!」っていうセリフ。

何とも悲しい気持ちになる。

しょうがなく椅子に座って待つ。

こういう時に限ってメインの料理はなかなか出てこないのだ。

逆に腹が減ってしょうがない。

作ってくれることに感謝をしているが出来ていない状態で呼ばれるとなんかすごくどうしたらいいのかわからない。

現金還元キャンペーン。

インターネットとか携帯とかの契約の時に乗り換えをすると「違約金を還元します!」みたいなキャンペーン。

こういうキャンペーンは真っ先に食いつきたくなるけど基本的にその場で返ってくるわけではない。

解約の際の証明や色々と必要になる。

そして実際に還元されるのはさらにその半年後くらいになる。

すぐに返って来そうな雰囲気を出しやがるものだから食いついてしまうのだ。

いつもそれで証明書類を忘れ、期限が過ぎ、結果的に還元されないことが多い。

こればかりはマジでいつも「何をやっているんだ俺は」と落胆する。

でも還元されるまで時間がかかるのはちょっとズルい。

たぶんほとんどの人がその場でもらえると思って説明を聞いて契約をする。

最後の方にそれを伝えられるのだからグルだ。

もうわかってやっているとしか思えない。

忘れなければ間違いなく帰ってくるとは思うんですけどね。

でもいつも自分だけやられた感が満載だ。

ネットの買い物。

受け取る事が出来ずに不在連絡票ラッシュになることがある。

これはマジで申し訳ない。

家にいない自分が悪いです。

懸賞の結果。

ある雑誌の懸賞に欲しいものがあった。

だから応募した。

当たった事はどこでわかるのだろうと不思議に思ってもう一回懸賞の部分を見たらしっかり書いてあった。

 

「再来月号に記載されます。」

 

さ、再来月。

しかもまた買わなきゃならん。

世の中の事ほとんどがこちらの都合の良いようには作られていないのだと痛感する。

ほとんどの事が仕組まれ、騙され、社会に溶け込み、私を脅かしている。

そんな社会に対応出来ない自分に「まだまだ」と絶望感を覚える。