仕事での失敗を味方につける方法

仕事

誰にでも失敗はある。

どんなに失敗を恐れても、どんなに成功を願っていても、失敗はつきものです。

そんな事、子供でもわかっている。

でも、実際に失敗すると、「どうしよう」「絶望だ」とか思う。

「隠そう」と思う。

「バレないように」って考える。

「怒られる」と恐れる。

大人になると失敗を上手に隠そうとしたりする。

大人になってもまだ怒られたくないと思っている。

失敗を失敗と認めない。

怒られないように必死。

「反省」ってのは「ページをめくる」動作と同じです。

そしてページをめくってから新しく「改善」していく。

だから物語は進んでいくんです。

「失敗」「反省」「改善」はセットなんです。

それが大人になっても個別に捉えてしまう人がいる。

「失敗」しても隠せるだろう。

「反省」しなくて済む方法は?

「改善」は誰かがやってくれるまで待つか…。

そんな事が習慣化していると、実際に「隠せない失敗」をした時にどうするの?

「反省」だけはしない選択ってある?

「改善」だけはしない選択ってある?

それって、自分の為になる?

上手に仕事をこなせていても、どんなに偉い立場になっても、失敗するんです。

失敗がいけないわけじゃない。

その後の「反省」と「改善」を忘れているだけ。

このブログで何度か仕事の失敗についてまとめてきたけど、今回は改めて伝えたい。

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問題は「失敗の後」です。

そもそも失敗そのものに感情はない。

「恥ずかしい」とか「ダサい」と思うのは自分の気持ちがそうさせているだけ。

失敗そのものに恥ずかしいもダサいも無いんです。

私は誰かが言う「失敗を恐れるな」っていうのは「チャレンジしろ」ってことじゃなくて、「恐れる必要もない」ってことだと思っている。

失敗との付き合い方によっては、敵ではなく味方になる。

失敗には感情が無いんだから結局自分の考え方が問題。

失敗を「絶対にダメなもの」にしないで、「失敗しても大丈夫」って思える対応を知っている方がお得な気がするんです。

自分が失敗に対して「どう感じるか」でいくらでも失敗の価値は変えられる。

失敗した後、「どうするか」で敵にも味方にもなる。

「どうするか」って部分はもう決まっている。

先に伝えたように「失敗」と「反省」と「改善」はセットです。

多くの人が、失敗した段階で「どうしよう」とか「怒られる」とか「隠せるかな」とか「失敗してない事にしよう」とか考えてしまう。

だから失敗に対して恐れを抱くし失敗しない事が正解だと感じてしまう。

「失敗から反省から改善までの導線」をちゃんと理解していないと、無駄な時間を増やしたり、更なる失敗を招くきっかけになってしまう。

失敗の次は「反省」です。

悩む必要なんてない。

もう決まってる。

「反省する」なんです。

誰かに迷惑をかけてしまったのならちゃんと謝罪する。

謝罪すると共に「どうして失敗したのか」を明らかにする。

失敗の原因をしっかり導き出す。

原因が必要になる理由だってもう決まっているんです。

反省の後が「改善」だからです。

「どうやって反省しよう」とか「反省しているように伝えるにはどうしよう」とか悩む必要はない。

次の「改善」の為に失敗の原因を明らかにするだけ。

これを歪めてはいけない。

多くの人が悩んだり考えたりして立ち止まってしまう「失敗の後」は無駄な時間。

「反省」以外の選択肢なんていらない。

それだけにしましょう。

その後は「改善」に決まってるんです。

だから失敗の原因を「反省」の段階でしっかり導き出しましょう。

失敗の原因がわかれば、謝罪だって相手にしっかり伝わると私は信じています。

「ごめんなさい」って伝えるだけで、その後改善しなければ、失敗は後悔に変わります。

だから「改善」までをセットとして考えるべきだと私は思っています。

問題は「失敗の後」だけど、やることはもう決まってる。

だから失敗は怖くない。

問題はいつも自分の中にある「失敗してはいけない」って恐怖だけ。

次の一手は反省です。

その次は改善です。

本当は考える必要も無いくらい単純なんです。

成長を止めてはいけない。

多くの成功者が数々の失敗を反省し、改善しながら人生を歩んでいる。

実は、言われなくても誰もがわかっていることだったりする。

子供でもわかっている。

でも大人になると多くの人が「失敗しないように」と心がけるようになる。

私はその「失敗しないように」が決して悪いことだとは思っていません。

慎重に物事を進めるのはすごく大切。

その過程で「失敗する可能性」を考えてあらかじめ対策することが「失敗しないように」なら、むしろ先の事を考えながら行動出来る賢い人だと感じます。

ところが、「失敗しないように」と考えながら行動していく中でいつしか「絶対に失敗してはいけない」と感じるようになる。

絶対に失敗しない…それは無理です。

失敗する可能性なんて世の中にはいくらでも転がっている。

どんなに安全な車を作っても事故がゼロにならないのと一緒なんです。

失敗の可能性をゼロにするなんて出来ない。

でも限りなくゼロに近づけることは出来る。

そういう努力をしている中で、いつしか「絶対に失敗してはならない」と考えるようになってしまう。

そうなると、もし、失敗した時、それが「汚点だ」と考えるようになったり、「失敗を隠そう」と考えるようになったりする。

たまにニュースにもなる企業の失敗。

そ誰かがリークすることで明らかになったりする。

過去に起こした失敗が「今さら!?」って思うようなタイミングで出て来たりする。

失敗した瞬間に反省から改善への道筋を作れば多くの人に理解してもらいながら謝罪出来たかもしれないのに、わざわざ遠回りして失敗を大きくしてしまう。

たった一つの失敗が大きな問題になったりする。

失敗に感情はない。

それを隠そうとした「人」に問題があるんだと私は思っている。

失敗を恥ずかしいと思うのは人です。

失敗をダサいと思うのは人です。

ただ、人を成長させるのは失敗です。

失敗から反省をし、改善を繰り返すことで成功に向かうんです。

だから失敗が重要なんです。

失敗の可能性を限りなくゼロに近づけたとしても、完全にゼロになることなんて無いんです。

失敗を隠すってのは自分の成長を止めているのと一緒。

私は成長を止めてしまうような人と一緒に仕事はしたくない。

どうせ仕事をするなら共に成長しながら、給料も一緒に成長させたい。

失敗を隠して後々バレた方がよっぽど恥ずかしいしダサいと思う。

仕事で失敗したらどうする?

ここまで伝えてきた通り、「失敗」は、「反省」と「改善」がセットになっている。

もし、仕事で失敗したなら、または「失敗した」と感じたなら、それを無理矢理隠したりしない。

まず反省。

仕事での失敗で誰かに迷惑をかけてしまっているのなら、すぐに謝罪する事が大事。

そして次の「改善」に向けて、失敗の原因を探す。

自分で失敗の原因を理解するだけではなくて、それを謝罪すべき相手にも理解してもらえるくらい明確にする。

もう一度チャンスが欲しいなら、失敗した理由と改善を全て伝える。

失敗を改善するには上司の理解だけではなく、同僚の理解も必要になったり、会社全体の理解が必要になったりもする。

でもそれが出来ればいくらでもチャンスはあるし更なる成長もある。

正直、失敗を隠すよりも、失敗したことで得られる経験の方が大きいと私は思っている。

失敗を認めるだけではなくて、反省して、その理由から改善までを理解しながら相手にも伝えていく。

その能力は今後様々な分野で活かせる重要な力です。

失敗を隠したがる人の方が圧倒的に多いんです。

だからこそ価値があると私は思っています。

すぐに失敗を認めて、適切な謝罪が出来て、失敗の原因を導き出して、改善する方法を見出す。

それは失敗を隠すよりも遥かに経験値が高く、失敗を次に活かす力も手に入る。

失敗が怖くなくなる。

失敗は隠すものじゃない。

失敗から反省、そして改善までがセットである事は絶対に忘れてはいけない。

仕事だけではなくて、何をするにも大切な事だし、自分を成長させる重要なツールになると思っている。

失敗は怖くなんかない。

自分を成長させるのに必要不可欠な存在のひとつです。

失敗を味方につけろ。

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心優しきあなたにお願いがあります。

お見苦しい点が多々ある私なりの文章をここまで読んで頂き、本当にありがとうございます。改めまして、執筆者のdaimaruです。

この度、DONGURILOGという日記サービスを共同運営させて頂く事になりました。

シンプルに伝えると、「みんなで日記を書くスペース」になります。

かれこれ数年このブログを続けて思った「ひとりで更新し続ける難しさ」を解消しつつ、多くの価値観を共有しながら楽しめる場所です。

まだ始まったばかりのチャレンジではありますが、多くの方に使って頂きたいと思っています。

ここまで私が書く、しがない文章を読んで頂き、目もお疲れかと存じますが、どうか、最後に、私の渾身のワガママを聞いて頂けないでしょうか?

無理なお願いをしているのかもしれません。

でも、「日記を書く」には多くのポジティブな効果があります。今日一日を振り返るだけで多くの気付きがあります。

じらしてすみません。

一緒に日記を書いて頂けないでしょうか?

私は多くの人と日記として記録を残す毎日を過ごしたいと思っています。

そしてそれがきっかけで多くの人が救われる瞬間があるんじゃないかと思っています。

私が求めているのは募金や署名ではありません。

シンプルにあなたが持つ価値観や考え方です。

本来「日記を書く」は一人で行う趣味的な存在なのかもしれませんが、それを多くの人と同じスペースで書く楽しさを大声で主張したい。

「うおー!」です。

是非一緒に、DONGURILOGで、日記を書きましょう!

自分の為になり、誰かの為にもなる。

そんな最高のスペース作りにご協力ください!宜しくお願いします!

あれんじ

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