夢の裏求人

仕事

このボタンは指示があるまで絶対に押してはいけない。

私は今、核爆弾の発射ボタンを押す事が出来る。

そのボタンを目の前にしている。

指示があったらこのボタンを押す仕事。

これまで一度も押したことはない。

押さない方が良いに決まってる。

押したら核爆弾が発射される。

核を積んだミサイルが狙った所へ飛んで行く。

らしい。

いつでも押せる。

いつでも押せるけど指示があるまで押す事は許されない。

もし偉い人から「押せ!」と指示があったら押す。

このボタンを押せば多くの人が死に、多くのものが破壊される。

ボタンを管理しているのは3人。

と聞いた。

セキュリティの問題で、他の2人に会ったことはない。

交代制でボタンの前に座り、ただ、見守る。

指示があるまで待機。

そういう仕事。

 

 

給料はものすごくいい。

 

おそらく一般的な会社員の給料の5倍くらいはもらっている。

だけど、多くのルールが定められている。

 

 

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絶対守らなければならないルール。

5年間の拘束。

この仕事を選んで、「やる」と決まった日。

ドン。

車の扉が閉まる音だろうか。

軍服を着た3人が家に私を迎えに来た。

 

「規約通り、これから5年間、我々が管理する施設の中で暮らしてもらうことになる。」

 

と、窓が付いていない車に乗せられ移動する。

中はキャンピングカーのような作りになっていて、快適に過ごせた。

目的地に着くまでは2日間。

車は走ったり止まったりを繰り返した。

家を出る時、荷物は何も持ってはいけない。

洋服だけ着て車に乗った。

目的地に着く頃には不安でいっぱいになっていた。

これから5年間の拘束。

給料は一般の会社員の5倍。

車から出るとすでに建物の中で、そこからエレベーターに乗り、さらに下へと移動する。

 

廊下を少し歩いて到着。

 

「この部屋でこれから生活をしてもらうが、どのように使ってもらっても構わない。必要なものがあればインターホンが付いているのでそれを押して伝えてくれ。」

 

ビジネスホテルの一室といった感じ。

内側から扉は開かない。

窓もない。

もちろん部屋の外には出られない。

部屋を出る時は監視付きでボタンがある部屋に入る時だけ。

まさに拘束。

しかも5年。

食事もすべて運ばれてくる。

必要なものがあれば可能な範囲で持ってきてくれる。

でもテレビや携帯、パソコンはだめ。

外部の情報も必要なもの以外は与えられない。

他の2人の情報は公開されない。

ボタンを交代制で管理しているようだが、他の2人が誰なのか知らない。

名前も知らないし顔を見たこともない。

会ったことが無いのだから実際に交代制なのかも怪しいところだ。

疑っても3人で管理されていると言われる。

出勤すると白衣のようなダサい服に着替えて、小さな個室に入る。

あるのは机と椅子だけ。

机の上にガラスのケースで囲まれたボタンがある。

指示があればそのガラスケースを外し、ボタンを押すように言われている。

もちろん一度もガラスケースを開けたことはない。

交代制と言われているが、他の誰かとすれ違ったこともなければ、同時に部屋に入った事もない。

聞いたところ、同じような部屋が他にもあるらしい。

部屋ごとにボタンがあって、起動する権利を変える。

会わずにも交代出来るようになっていると言う。

ボタンの権利はコンピュータで管理されているらしい。

私が部屋にいない時はボタンを押しても反応しないようになっているようだ。

 

自分の部屋とボタンの部屋を行ったり来たりするだけ。

 

それを繰り返す。

給料の受け取り。

給料は振り込みではなく、毎月決まった日に現金で支給される。

封筒に入れられた札束はいつも分厚い。

前に住んでいた家の家賃分だけはしっかり引かれている。

その他にも保険や年金に使っていない携帯の支払い。

残ったお金は部屋に備え付けてある金庫の中にしまう。

 

どのくらいお金が溜まったのかを数えるのが趣味になった。

 

楽しみと言えば給料くらい。

外出も許されていないから使う事もない。

ただただ金庫に札束が重なっていく。

5年の勤務が終われば金庫ごと持ち帰るルール。

家まで運んでくれるらしい。

 

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5年間の記録。

1年目。

あと4年。何にお金を使うか考えてみる。

ワクワクもあるけど不安もある。

お札の枚数を数える毎日。

毎月の給料だけを楽しみに過ごす。

他には…何もない。

本当に何も無い1年間であった。

ただ部屋と部屋を行き来して、時間だけが過ぎていく。

2年目。

金庫にあるお金も順調に増える。

お札を数えるのも大変になってきた。

毎日毎日金庫にあるお金を数える。

他には何も考えなくなった。

何に使うのかも考えない。

あと3年かぁ。

勤務が終わる日を逆算するばかりになった。

3年目。

毎日お金を数えるだけで時間がかかり過ぎるようになったのでやめる。

椅子に座りながらでも寝る特技を習得した。

ボタンの前に座って監視があるのにも関わらず、寝ていても気づかれない。

3年も経てばさすがにプロ級の技術。

座ったまま。

姿勢を崩さずに。

寝れる。

夢も見ない。

ここに来てから一度も夢を見なくなったことに気が付いた。

4年目。

すごく大切な事を忘れていた。

両親は元気だろうか。

兄弟は元気だろうか。

友達は元気だろうか。

家族は?

これまで過去の記憶が無くなっていたようだった。

4年目を迎えたある日、勤務中に色んなことを思い出す。

全部思い出す。

前にやってた仕事の事。

妻が好きなもの。

子供誕生日。

どうしてここに来たのだろう。

その経緯だけは良くわからない。

 

あの日、迎えに来た車に乗り込んだ。

 

それからずっとこんな生活をしている。

 

どうしてだろう。

 

何があったんだろう。

 

目の前には核爆弾を発射させるボタン。

 

軽いパニック。

それと同時にお偉いさんからの指示が出た。

 

4年間で初めて。

 

「ボタンを押せ!」

 

目が覚める。

「ボタンを押せ!」と急に言われたけど押せなかった。

今まで押した事もないボタン。

独りぼっちの部屋。

手が震えて押せない。

本当に押していいのかちゃんと確認したい。

だけど部屋の中には、

 

「押せ!いいから押せ!早く!」

 

という声が響いている。

ずっと声だけが響いている。

 

「本当に押していいのか!?」

 

って聞いても「押せ押せ!」しか言われない。

ちゃんとコミュニケーションが取れていないような感じがした。

だから、押せなかった。

最後の確認が出来なかった。

それでも部屋には「押せー!」っていう声がずっと響いている。

頭が痛くなって、その場を離れたくなって、椅子から立ち上がった。

 

そしたら気を失った。

 

次に目が覚めた時は病院にいた。

体は動かない。

ケガをしたんだろうか。

 

とにかく、目が覚めた。

 

多分病院だと思う。

 

ちょっと安心して、また寝た。

 

はい。私です。

次の日になったのだろうか。

目が覚めると医者がいた。

目が合うなりいきなり私の名前を聞いてきた。

 

「○○さんですね?間違いありませんか?」

「はい。私です。」

 

軽く頷いた医者が、近くにいた看護師さんに家族に連絡をするように伝えていた。

 

「仕事は大丈夫でしょうか?」

 

気になって仕方がなかった。

あの日、突然記憶がプツっと途絶えた感じ。

医者は「それは私にはわからないから後で確認しましょう。」と言っていた。

 

あのボタンは他の誰かが押したのだろうか。

どこに向けてミサイルは発射されたのだろうか。

 

そんな事を考えていたら病室の扉が開いた。

 

家族だった。

 

妻に子供に両親に兄弟。

 

何年ぶりに会ったのだろう。

 

仕事をしている時は何も思い出せなかったのに、今は全部思い出せる。

 

これまであったこと、全部。

 

あの日、迎えに来た車は救急車。

家族に確認したら気を失って倒れたのは間違いないらしい。

3日前に。

仕事は一生懸命勤めたおかげで有給が取れているらしい。

少し安心した。

 

あれからもう4年も経っている。

 

一度も連絡出来ずに倒れて、再会は病院のベッド。

すごく心配をかけた。

申し訳ない気持ちと倒れてしまった自分の不甲斐なさが目に染みる。

目に染みて、涙が出そうになる。

 

妻が安心した表情で、あの日「救急車に乗ったのは初めてだった」と笑いながら言っていた。

 

そりゃ倒れたのだから救急車だろうな。

と思った。

 

ん?

仕事中に倒れたのに妻も救急車に乗った?

職場は誰にもわからないのに?

 

「そんな馬鹿なw」

 

と私も笑った。