そろそろ英語を本気で学ばなきゃ世界に追いつけないかも

小言

この国の文化は言いたい事をはっきり言わない。

それが謙虚さと捉えられたり、場合によっては美しい作法になったりする。

美しくない作法は誰かに嫌われると思われがち。

だから本心を隠しながらも美しく言いたいことを言える人が賢い人と思われたりする。

なんでもかんでもはっきり言ってしまう人はバカだと思われる。

うーん。

本当にそうだろうか。

そもそもこの国には敬語とか同じ意味でも伝わり方が違う単語がごちゃごちゃしている。

そろそろその辺りをキレイにまとめてみませんか?

と言うか、考え方を変えていきませんか?

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難しく考え過ぎじゃないか?

この国には様々な言葉の表現方法がある。

あり過ぎる。

だから本当に伝えたい事が良くわからない時があるんです。

例えば「懸念している」っていう言葉。

普段の会話の中で使われているのならまだしも、そんなに使わないと思うんです。

今初めて会った人に「懸念している」って言われたら…。

「ん?疑っている?ってこと?」

と頭の中で一回訳さないとわからなかったりする。

簡単に「疑ってるよ」って伝えてくれればいいのに「懸念している」って言うもんだからなんか「疑う」の「弱いバージョン」みたいな認識になってしまうのです。

ってなると、本心は伝わらない。

なんか伝わりづらいのです。

ただ、そこをちゃんと捉えてあげないと「頭が悪い」と思われるのです。

いつも通りの言葉でも伝わるのにわざわざ相手に合わせて訳さないといけない。

同じ国の中で。

「疑っている」を「懸念している」って書いてある文章は感情まで読み取れません。

私には出来ません。

伝わらないんです。

どんなに頭が悪いって言われても頭の中で一度訳さないといけないんです。

経済新聞を読んでいてもなんだかよく伝わらない言葉遣いで書かれているように思う。

その都度単語を調べて読解したりする。

それをしている内に普通に読んでいても伝わるようになってくる。

でも、「それって本当に必要か?」ってどっかで懸念している自分がいるんです。

懸念。

疑っちゃう。

今や英語は必修科目で、英語を話せた方が将来的に良い生活を送れると言われています。

なのに、

その前に日本語の壁があるような気がする。

実は日本には英語を覚えるよりも遥かに難しい問題があるんだと気づかされた。

話し方や文章の書き方によっては、「本当に伝えたいことがわからない」んです。

私はこのごちゃついた考えを簡単にまとめる方法を思いついたのです。

言います。

今日こそは。

全部英語にすればいい。

はい。

解決。

そもそも母国語を英語にすりゃそれで解決じゃないか。

難しく考えて色んな日本語を学んで、部分的に文句を言うのも疲れました。

もう母国語を英語にすりゃいいじゃん。

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そろそろ世界の多数決を意識しなきゃいけない。

これまでの文化や歴史の中では、その国で何が起きて、どんな文化を大切にしてきたかを学びました。

そうやって国が発達して、豊かになっていったのでしょう。

それから何年経っただろう。

グローバル化。

歴史の教科書に「グローバル化」なんて…。

その国の中だけで起きた問題で済んでいたことがそうじゃなくなった。

世界中を様々な国の人達が行き来しているから。

言葉だけじゃなくて色々なモノを持ち運ぶようになった。

更に最近じゃ一番早い情報源が新聞やニュース番組じゃなくて、インターネットだったりする。

本当に重要な事はインターネットを介して発信した方が早いから。

世界中に一気に広めることが出来るから。

新聞にして配るより、ニュース番組で紹介するより、早いからです。

ってことは情報を伝えるのが一番早いのはインターネットってことになるんです。

まず、情報をいち早く多くの人に届けられるのはインターネットです。

これはもう日本だけじゃなくて世界中で当たり前だと思われているんです。

大前提です。

それでも新聞に掲載されるまで待ちますか?

ニュースで放送されるまで待ちますか?

もし私達の生活が崩壊してしまうような情報であってもそう思いますか?

待ってられない。

私達がインターネット以外の媒体を見て知るってのは…。

めっちゃ遅いんです。

世界に遅れを取る原因なんです。

そしてもう一つ。

インターネットの情報が早いとは言え、日本語に訳されるまでに時間がかかります。

場合によっては訳されない重要な情報もあります。

「日本語じゃないと読めないから」ってのも大きな問題なんです。

世界の共通語は「英語」とされています。

世界基準で英語は必須とされているわけです。

それでもまだ日本語の敬語や様々な表現を学びますか。

それはもう歴史の勉強をするレベルなんじゃないだろうか。

好きな人がやればいいじゃないですか。

必須にしている場合じゃない。

世界で最も早い情報の記事は基本的に「英語ベース」です。

英語の文章を読めなければインターネットで世界中の情報を集められるとしても「最新」の情報は追えないんです。

日本語に訳されるのを待つしかない。

時間の無駄なんです。

最速で最新の情報を得る為には「インターネットと英語」の組み合わせが必要なんです。

話せなくてもいいんです。

せめて英語ベースの文章を読めるようにならなければならない。

必須なのは、まず、英語の文章を読めること。

しかもネイティブレベルで。

これはもう世界の多数決で決まっているんです。

世界中でインターネットは便利だと認められているんです。

世界中で英語を基準にすると認められているんです。

いつまで「英語は苦手だ」とか「インターネットはちょっと…」とか言っているんでしょうか。

そろそろ世界の多数決を意識しなきゃいけない。

じゃないと私達はどんどん世界に置いて行かれる。

いや、追いつけなくなる。

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何かを知りたい時に最も大切なのは言葉と文字です。

私達が何かを知りたい時にインターネットを使って調べたりします。

その最先端が少し前は新聞やテレビから流れる情報でした。

テレビを観ていても緊急時は画面の上に「緊急ニュース」の文字が出ます。

今でも最新の情報を届ける最も効率的な手段が「文字」と「言葉」なんです。

それはこれから先もずっと変わらないと思います。

私達が何かを知りたいと思った時、「文字」や「言葉」でその情報を集めるんです。

だからその世界基準である「英語」を絶対に蔑ろにしてはいけないんです。

「ずっと母国語だけで、この国で生活していく。」

って考えている人だってまだいます。

それが決して間違っているわけじゃないし、ダメだなんて思っていません。

ただ、この国は英語に支えられているんです。

英語ベースでやり取りが出来る人がいるからこそ輸入品がこの国に入ってくる。

今や輸入品が無ければ国内のものだけでは全ての人の食事を賄うことは出来ないと言われています。

だから結局英語ベースで文字のやり取りや会話が出来る人が支えているんです。

遅かれ早かれ、世界中の人々が英語を当たり前のように話す時代がやってきます。

正直、母国語は最低限話せればいいレベルになるはずなんです。

「日本にいるから日本語で」っていう考え方は無くなるんです。

「日本語しか話せない人の為に日本語を」っていう考え方になってくる。

少数派になって来るんです。

少数派に合わせる仕事の「通訳」なんて無くなります。

いらなくなります。

だって世界中で最新の情報を得るには、世界中の人々とうまくやっていくには、「英語で話せて英語の文字が読めなくちゃいけない」からです。

英語も母国語も話せて当たり前の時代が来た時に、「母国語しか話せないし読めない人」は少数派なんですから。

通訳なんて仕事はいらなくなる。

英語を読んだり書いたり話したりが当たり前になる時代はもう目の前まで来てる。