宝くじ当選の使い道をシュミレーションし続けるとこうなる

小言

宝くじが当たったら何をしようと考える。

あれをやってこれを買ってあそこに行こう。

ワクワクが止まらない。

宝くじが当たった時のシュミレーションはすればするほど現実離れする。

宝くじを何度も買ってその度に当たった時のシュミレーションをするのだ。

それをし過ぎるとどんな事を考えるのか知っているだろうか。

車を買ったり家を買ったり旅行に行くのは当然の事。

それを通り越したら初めて宝くじの価値に気が付くだろう。

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宝くじが当たった時の使い道。

宝くじが当たった時のシュミレーションをし続けるとその使い道の深さに当たらなくても良いと思える瞬間が来る。

その時、このシュミレーションの真の価値が生まれるのだ。

塩が好きだから。

完全に個人の趣味なのだが宝くじが当たったら好きな事を目いっぱいしたいと思うのが常。

そこで考えたのは本当に好きな塩について何か出来る事はないだろうかという案。

個人的に塩が好きなのだ。

おそらく一般的には塩コショウや岩塩くらいなものでその他にどのような塩があるかどうかなんてあまり気にも留めないだろう。

そこで様々な塩を普及すべく、そういった活動費として使う。

塩ショップはもちろん。

他にも様々な塩をどのように紹介していくかだ。

それは塩チャンネルを持つこと。

いかにも最近の編集を施した「塩」をフューチャーした番組。

抹茶塩は天ぷらを食べる時に最適だ。

お店でしか食べられないと思いきやかなり身近なスーパーで売っている。

ただそんなに売れるものではない。

それはなぜか。

消費量だ。

圧倒的に消費量が少ない。

次は買おう!と思っても家に残っている塩を消化する頃にはすでに抹茶塩の存在など忘れてしまっている。

「普通の塩で十分」と思えるようになる。

結局食わず嫌いなわけだ。

塩は最強の調味料である。

最近では寿司でさえ塩で頂くネタがあるくらい。

当たり前過ぎてあまり普及していない。

それを塩で出来る簡単料理!なんていう番組を持ちたいのだ。

焼くだけで基本的には出来上がるものばかりだが、様々な塩をうまく活用するのだ。

おもしろいぞ。

自分の趣味の番組を作るのだ。

宝くじが当たったらその使い道は自分が好きな番組を持つことだ。

自分の趣味を多くの人に知ってもらいたいが故の贅沢。

それが番組を持つこと。

私の場合は「ソルト」だ。

番組名は「そるとチャンネル」だ。

くだらないだろう。

ここまでくだらない番組を作ろうとまで考えるのだ。

宝くじの魅力や価値は計り知れない。

全力投資。

これは宝くじで当たったお金を増やそうとして投資するわけではない。

「塩」にだ。

しつこいだろう。

なぜなら自分は塩を作る技術を持っていない。

塩を使う番組は作れたとしても塩を作ることは出来ない。

そこで考えたのは「塩」を作る企業を応援すること。

応援すると言ってもそんなに簡単な事ではない。

今まで培ってきた技術にいちゃもんを付けないわけではない。

ここはシンプルに。

企業への投資はどうだろうか。

あまりにも自分が好きだから番組を作る。

尚且つ塩を作る企業へも投資をする。

「もっといい塩を作ってほしい!」というわけではない。

応援するのだ。

こちとら番組を作って塩の普及を頑張るわけだから作るの方も応援。

ごく自然な流れだ。

塩の普及に成功し、尚且つ株が上がればそれはもうウハウハだがそこまでは考えない。

投資にそこまでは求めていない。

だが全力投資だ。

くだらなくても全力投球。

全財産をぶっこんでやろう。

面白いことが起きそうな予感。

全ては宝くじ次第だ。

お祭りに行く。

時間も周りも気にせずにお祭りを楽しんだ事がない。

だから宝くじが当たったらお祭りに行きたいのだ。

いつもお祭りで売られているものがそれなりの値段だと感じてしまうのだ。

大きな祭りであればあるほどに「たこ焼き」の値段が少し高いような気がする。

やきそばも高い気がする。

だからなかなか手が伸びない。

安いものをつい探してしまうのだ。

だけど本当は好きなものを好きなように食べたい。

人混みの中で迷惑はかけないようにする。

本当の意味でお祭りを楽しみたいのだ。

あの雰囲気を体全身で味わった事がない。

お祭りでたらふく好きなものを食べるというのも宝くじが叶えてくれるものだと思っている。

心の余裕を楽しむ。

自分のチャンネルも、お祭りも、それだけくだらない事が考えられるのは心に余裕が出来るからだ。

人間にはマネーストレスというものが生きている限り付いてくる。

余る程のお金を手にしている人は別なのかもしれないが、一般的には間違いなく「値段」という価値を指標に生活をしている。

だがそこに宝くじで得た大金が入って来る。

いきなり、空から降ってきたように。

その時の心の余裕は計り知れない。

なんでもかんでもおごってやるつもりはないが心の余裕は大きいのだ。

その心の余裕を当たってもいない宝くじを握りしめ想像するのだ。

客観的に見たらただのお祭り野郎にしか見えない。

こんなにめでたい野郎は自分くらいだと思っている。

それでも当たったつもりで過ごす数週間や数日間は実に快適である。

その快適な生活を共有したいとはあまり思わないが、「心に余裕がある」とはどういうことかと実感出来る。

買わなければこの気持ちを持つことも出来ないのだ。

本当にめでたい野郎だと考えている。

宝くじを買う。その使い道を考える。

それだけで心に余裕すら出来る。

もはや笑えてくる。

最強のタイヤ。

タイヤがパンクして困ったことはないだろうか。

自転車、車、その他のタイヤが付いている乗り物。

私はパンクをさせられたことも含めると相当数のパンクを経験済みだと自負している。

これは単に自分に課せられた使命だとも思っていた。

しかしまだ普及していないが、実はパンクしないタイヤを開発しているような情報が耳に入ってきた。

単純にすべてゴムで出来ているからパンクしないのだが、どうしてそれを誰も作ろうとしなかったのかさっぱりわからない。

それが最近販売されるという情報も耳に入ってきたのだ。

中のチューブはもういらない時代が来る。

中のチューブが無ければパンクする場所が無くなる。

つまりパンクしないのだ。

むしろ空気を入れなくて済むのだ。

空気穴もない。

だから勝手に空気が抜ける心配もない。

どんなに高価な値段がついていたとしても買うだろう。

なぜなら高額の宝くじが当選しているからだ。

普通に売れる商材だと思うのだが商品にするまでのハードルが高いのかもしれない。

個人的にはすごく欲しい。

これは正直宝くじが当たらなくても欲しいと思う。

チャレンジ。

高額な宝くじがヒットすれば多くの事にチャレンジが出来る。

メジャーデビュー。

出来るかもしれない。

何か大きな買い物をするという発想はまだ初めての宝くじ購入。

宝くじ初心者が考えることだ。

私はメジャーデビュー。

どうやってやるかなんてわからない。

あれだけは全くわからないのだ。

大きな組織がそうしているのかなんなのか。

謎のベールに包まれている。

入り口が明確ではないのだ。

スポーツで言えばプロ!という認識で合っているのかもわからない。

そして尚且つ誰も教えてくれない。

音楽学校にいけばメジャーデビュー出来るというわけでもない。

就職よりも遥かに難易度が高いと誰もが感じている。

でも、もしお金で解決出来るのならどうだろう。

むしろお金で解決するものだったらどうだろう。

だっておかしいのだ。

入り口が見当たらない。

自分の中では裏口からしか入れないんじゃないかと考えてしまう。

それならメジャーデビューは宝くじが叶えてくれると考えたのだ。

もし裏口しかないのであれば間違いなく必要なのはお金だと。

そういう汚い発想だ。

芸能関係はどうも腹黒い感じがしてしまう。

きっと中身が見えないからだろう。

中身が不透明であればそれを想像するしか出来ない。

公開出来ない理由は腐る程あるとは思うがそれでもメジャーデビューがしたい。

人に価値を付けていく芸能関係だからだろう。

明かせない事実は山ほどあるに違いない。

それを知りたいとも思ってしまう。

全部だ。

全部宝くじに頼っている。

アルバイト。

あえて、アルバイトをしたいと思っている。

別に他のアルバイトを見下したいわけではない。

でもこれまで「心に余裕を持った状態」でアルバイトをしたことが無いのだ。

むしろお金に困っているが故のアルバイト。

逆にお金に余裕がある状態でアルバイトをすると何を思うのか、どんな事を感じるのか自分で確かめてみたいのだ。

この気持ちはきっと科学者と同じように、発見の先になにがあるのかを知りたいという生まれながらに持つ欲求。

知りたいという当たり前の感情だ。

それを想像しようにも宝くじが当たった事が無い私には想像の域を超えない。

リアルに感じられないのだ。

せっかく宝くじが当たったのだ。

それならアルバイトをしたいと思う。

高校生の時に校則を破り、放課後アルバイトに明け暮れたあの時と違う感覚が味わえるのではないだろうか。

「すぐに辞める」という選択肢も考えられるとは思った。

それすら想像の域を超えない。

「本当にそうなのか?」という疑問が解消出来ないのだ。

どんなバイトをするのかと聞かれたら即答したい。

「コンビニ」か「マック」だ。

なぜなら私は「アルバイト」をしたいからだ。

他のアルバイトがそうではないと言いたいわけではない。

ただこの「アルバイト」という言葉の力にそのまま従うのならなんだから「コンビニ」か「マック」という選択肢が出てくるような気がするのだ。

だからもしやるのならその二択。

当たれ!サマージャンボ。

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宝くじが当たらなかった時の使い道。

今まで宝くじが当たった試しなどない。

ジャンボなら300円がいくつか返ってきた程度だ。

返ってきたという表現をするのにはいくつか理由があるが、単純にそれ以上買ってるからだと思ってほしい。

別に文句を言いたいわけではない。

それなりに楽しい期間を過ごさせてもらっている。

でも宝くじマニアではない。

どちらかというとtotoの方が好きだったりもする。

だけどジャンボは夢がある。

でもあまりにも外れるから外れた時に考えることも伝えたいのだ。

当たったことにする。

自分の気持ちの裏側へ行く選択をする。

当たったことにするのだ。

当たった事にしてあえて贅沢をする。

無くても困らないがあった方が便利という「家電」を買ったりする。

これは贅沢だ。

その時に宝くじが外れているという感覚はない。

なぜなら普段の頭で考えたら絶対にいらないを選択するからだ。

だから自分の気持ちの裏側の欲求に素直になってみる。

「買う」一択。

今では広くもない部屋に「ルンバ」が備わっている。

フラッグシップモデルだ。

携帯で外からでも起動出来る。

気が付いた時にスイッチオンで帰ったら掃除が完了している。

こんなにも便利になったのも宝くじが当たったことにしたおかげ。

外れる度に買うわけではないが、たくさんの楽しい想像をさせてくれた際には思い切って買い物をする。

そしてこれまで使ってきた贅沢はこれから先大きな宝くじを当てて回収する夢を見る。

そうやってどんどん宝くじにのめり込んでいく。

自分がその魔力から抜け出せるのかどうか不安になってきた。

たぶん無理だ。

抜け出せないだろう。

世界の平和を願う。

例えば宝くじで大勝負に出たとしよう。

その宝くじが外れた。

残念な気持ちになるだろう。

だが心配する事はない。

みなさんから宝くじという紙と交換されたお金はそのほとんどが寄付という形で様々な地域貢献につながっている。

宝くじを買うお金は無駄になるわけではないのだ。

むしろ人々にとってより良い生活が出来るように使われる。

例えば年金会館というホールを作ることで地域が活性化される。

例えばローカルバスを増やす事で移動が便利な街になる。

まだまだある。

宝くじを買ったお金は様々なものに使われている。

気になったら調べてみるといい。

それでも損をしたと感じるのであれば「世界の平和を願う」といい。

何に使われているのかどうかを知ったとしてもそれを信じられないのであれば世界の平和を願うのだ。

それ以外に方法はない。

世界が平和になればこれから先もっと高額な宝くじが生まれるかもしれない。

一攫千金を多くの人へチャンスとして届けられるかもしれないのだ。

取り乱す必要はない。

お金は使わなければならないのだ。

その使い方が違うだけ。

お酒に消えるよりも。

恋愛に消えるよりも。

パチンコに消えるよりも。

宝くじを選んだのだ。

夢の続きは季節が変わる度に見れるから安心していい。

さあ。次のジャンボが始まるぞ。

夢はまだ始まってもいない。