私は恋愛を経て精神を鍛えられたのだと思っている

恋愛

恋愛って一生懸命するでしょ。

だって私はイケメンでもないし、お金持ちでもないし。

でも好きな人が現れる。

自分の中では高根の花。

学生の時なんていつもライバルがいたように感じる。

だからライバルの中でも自分が一番にならないとその子とは付き合えない。

そうなるとどうするか。

凄く単純。

頑張る。

何を頑張ったらいいのかさっぱりわからないけど、その子の前で、カッコつけたりする。

その度合いを間違えるとキモいと思われるからキモくないくらいの絶妙なカッコ良さを求めたりする。

たぶん恋愛っていうのは「相手に好きになってもらえる自分になる為の戦い」だと思っている。

ライバルがいるんだから戦いでしょ。たぶん。

だから学生の頃に好きな人が出来ると我武者羅にその絶妙なバランスを保つことを頑張った。

もちろんそう簡単に一番にはなれない。

自分よりもイケメンは星の数程いるのだ。

その現実ね。

でも現実なんだから変えようがない。

諦めた。

顔は良くないのだから違う部分で好きになってもらわなければならない。

それが性格なのか、経済力なのか、才能なのか、将来性なのか。

色々ある。

ライバルがいる方が絶対に頑張る。

気がするのです。

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私が恋愛を経て得たもの

自分の武器

自分が得意な事ってなんだろう。

もし自分でそれに気が付いているのなら、それを使って「相手にどんなアピールが出来るか」考えてみる。

特技と言えるものを持っているのならそれを使って相手が好きになってくれる何かを見せられるかもしれない。

例えばカラオケが上手。歌を歌うのが上手いってことね。

それから運動能力。学生の頃なんて足が速ければそれだけでちょっとモテたりした。

力持ち。これは持ってなかったから使いどころがわからないけど、もし自分が力持ちだったら、「素敵だ!」って思ってくれるような場面はたくさん作れたのだと思う。

ちょっとした重たいものをヒョイっと持ち上げるとかね。

それだけでも大好きなあの子にアピールは出来るんじゃないだろうか。

もちろん助けを求めてもいないのにすぐに来てなんでも持ち上げるアピールをしたところで見せ過ぎだけどね。

キモいとキモくないのバランスね。

「必要な場面で相手の想像以上の能力を見せつける。」

それが出来る「何か」を持っているならきっと武器になるんじゃないだろうか。

そしてそれに気が付いているのなら十分に力を発揮できる場面を読み取って大好きな子へアピールしちゃえばいい。

チャンスは一瞬。

でもそれを積み上げていかないと人の気持ちなんてなかなか動かないものだと思っている。

一目惚れなんて滅多にない。断言したい。

「俺は金持ちになるから付き合ってくれ!」って言われてもそれを信じられるだけの器かどうかが重要と言うか…。そんな感じ。

「予感」ね。

相手にポジティブな未来を予感させるだけの武器を持っていなくちゃいけないのかもしれない。

無いなら探す。

自分のことだし。

きっとあると思う。

知らないだけ。

恋愛に対する「一生懸命」がそれに気付かせてくれるかもしれない。

優しいのは当たり前

私は男性だからどこからともなく女性のタイプの男性像についての噂話が聞こえてきたりする。

「やっぱり優しい人かなぁ。」

ってこんなのはどんな女性でも言うと思う。

卓上にある塩や醤油と同じくらい当たり前だと思う。

「優しい」ってのは多くの女性が口にする。

圧倒的な「とりあえず感」が漂っている。

たぶん優しいなんていうのは当たり前で、さらにその先にある「私を好きにさせてくれる何か」が絶対にあると疑ってやまないのです。

なぜならいつも女性は「優しい人」って口にする割には自分に振り向いてくれないから。

「○○さんは優しいよね。」って言ってくれる割に好きとは言ってもらえない。

別に悔しいわけじゃないし。

でもそこで気が付くわけです。

「優しい」ってもはや当たり前かもしれない。

「当たり前過ぎてそれは恋愛のきっかけにならない」かもしれない。

つまり超普通ってこと。

優しいのは当たり前で、「好きになるには他の何か」が必要なんじゃないだろうか。

もし、もしですよ。

イケメンだったら。

「優しいイケメン」になるわけで。

私にはその才能は無かったけど、「優しい」は大前提として考えていなくちゃいけないのかもしれない。

それを超える魅力があるとしたら、話は変わると思うけど。

私のような「ブサイク」は優しいなんて当たり前にクリアするべきなのです。

とほほ。

正直な気持ち

男ってカッコつけるでしょ。

だからタイミングが合わないと「好きです!」って面と向かって言えないんですわ。

カッコつけるっていう意味がきっと女性陣には理解出来ないと思うんですけど、「好きです!」って伝えるのが相手にとっても自分にとっても「今だ!」って思えるタイミングじゃないと成り立たないと思っているわけです。

中には「好きです!」って連発する男性もいるんでしょうけど、それは「お互いの言ってほしいタイミングも伝えたいタイミングもバッチリ合ってる」ってことだと思っている。

お互いの要求に合わせながらも自分らしく「好きです!」を伝えたいってこと。

そうじゃないとカッコつかないと思ってるからね。

色んなタイミングで「好きです!」って伝える人がいて当たり前なんだけど、それぞれが絶妙なタイミングだったり、二人にしかわからないタイミングで伝えているんじゃないかと思っている。

半強制的に「好きです!」と言ったとしても、必ずどこかで最強の「好きです!」を探したりする。

本気の「好きです!」をお見舞いしたいからね。

そのタイミングまで待ったり、準備をしたり、とにかく一生懸命になる。

「好きです!」っていう言葉はすごく正直なような気がするのです。

もしかしたらこれまで生きてきて一番正直な気持ちなのかもしれない。

「愛してる」って選択肢もあるけど一発目でそれを伝えられるとなんか重い気がするし。

とにかく、「好きです!」って言葉は咄嗟に出てきたり、タイミングを見計らって出てきたりする。

とにかく、ずば抜けて正直な気持ちなんじゃないかと思っている。

いや。そう信じている。

自分がそうだから。

未来への想い

結局お付き合いをしたいっていうのが自分が想像する幸せな未来なわけです。

だから「自分とお付き合いをするとこんな風になりそうです。」っていうニュアンスを伝えていかないといけない。

それは言葉だけじゃなくて、行動だったり、考えていることだったり。

様々な要素が重なり合って、「この人と一緒にいるとこんな風になりそうだ。」って想像してもらわないといけない。

もちろん「明るい未来」の方が良いわけです。

そうじゃないとお付き合いをしても「バッドエンド」になってしまう可能性があるわけで。

誰かを好きになるっていうのはきっと「その人との未来が明るくなくちゃいけない」と思う。

こっちはまず一方的に好きになっているわけだからお付き合い出来ればハッピー。

だけど相手にとってはそれを想像するまで時間がかかる。

まだまだ自分の事を知らないわけだし。

お付き合いした後の明るい未来まで想像してもらえない事には「好きです!」って伝えても「ありがとう!」で終わりだわ。

「私も好きです!」って言ってくれたなら、自分と一緒に歩む未来が明るいって感じてくれているんじゃないだろうか。

自分だ誰かを好きになって、相手にも好きになってもらいたいなら、「一緒に歩む未来は明るくて楽しいものだ」って認識してもらえるように頑張らないといけない。

好みもあるし、性格もあるし、個人差はあるけど、結局その想像がお互いで出来なきゃ両想いってのは難しいんじゃないだろうか。

若い内はまだしも、年齢を重ねると余計にそれを感じるようになる。

だって色々知っちゃうんだもん。

最高に明るい未来を想像しながら恋愛したいじゃん。