男の料理の最大の目的は家族が幸せになるレシピを作る事

小言

あまりにも自分の手がニンニク臭いのです。

先日張り切ってペペロンチーノを作ってから、料理にハマり。

料理には取りあえずニンニクをぶち込むのが男らしいと思い込み。

数日。

まだなんか指先がずっとニンニク臭い。

もしかしたら気のせいなのかもしれない。

でもあまりにニンニクの香りが手から漂うのでちょっと気になる。

頭を洗えばその香りは無くなるものだと思ってはいたがそうではないらしい。

家で料理を普段から担当していれば「当たり前だ」と言われそうです。

でもそんな初歩的なことも気になってしまう。

 

料理はじめてみました。

 

そう誰かに言えるようになるくらい頑張りたい。

私が作る料理というのを、誰かが、

 

「かっこいい!さらに美味い!」

 

って言ってもらえるようになるまで頑張りたいと思うのです。

包丁を使っても、トントントントンと。

あの

 

「あいつ出来るな。」

 

という音を立てたい。

そうなれるように。

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男の料理を会得するのだ。

それは間違いなく私自信の評価の向上の為であり、

 

料理も仕事も出来る。

 

そのポジションを確固たるものにする為である。

冷蔵庫の中にあるものでどれだけ美味いものが作れるか。

さて、今日は○○を作ろう!

そう考えて作る。

レシピはもうある。

ネットにたくさん。

調べればアレンジ。

ちょい足し。

いけてしまう。

作りたいものを作ろうと思って近所のスーパーに行って、食材を揃える。

レシピを見てその通りに作る。

それ、

 

本当にカッコいいだろうか。

 

違う。

私の料理の美とはそこではない。

なんなら「余計な食材を買いやがって」と妻にちょっといじられて終い。

それではダメなのです。

そんな評価はたまに出す家族サービスとなんら変わりない。

 

今すぐに、冷蔵庫にある残り物で、美味しいものを作れるかどうか。

 

これ。

これが出来るのが今求められている男の料理なのです。

我が家では。

求められているのは特別感ではない。

求められている事に応えるのが男の料理である。

そう。

冷蔵庫にあるもので、さらに求められているもの以上の料理を振る舞うこと。

それは特別感の中、

 

「今日は私が作りますよー!」

「わーい!」

 

じゃない。

当たり前感の中で期待以上の味で料理を振る舞うことなのです。

そういう意味でもトントントントンがやりたいのです。

何ならネギをめっちゃ細かくすんごいスピードで刻みたい。

トントントントン!

あの技術が欲しいのです。

あの音!

あれだけでなんか美味い気がしてくる。

 

当たり前感。

 

そうなる日まで、頑張って色々チャレンジしていきたい。

そう願いながら指先を嗅ぐ。

にんにく!

圧倒的なにんにく!

とにかく教わる。

我が家にはいつも料理を担当してくれている方がおられる。

師匠。

妻だ。

野菜の切り方。

師匠から教わるのが一番早い。

アボカドはいきなり半分には切れない。

真ん中にとてつもなく大きな種がある。

アスパラは下の方だけ皮が固い。

茹でても口の中に残る繊維。

下の方だけ皮を剥いでやらねばならない。

にんにくは半分に切って芽を取ってやらないといけない。

じゃないとエグみが出る。

らしい。

エグみってなんだ。

わからん。

だから教わるしかない。

わからないことだらけ。

料理なんて普段はしない。

仕事で成果を出せばいいと思っていた。

でもたまたま作ったペペロンチーノの評判が良かったから。

 

調子に乗ってしまった。

 

そしてそれ以上の評価を求めるようになった。

そうなると、野菜の切り方がわからない。

魚が捌けない。

などなど、

 

自分という人間は改めて「仕事しかやらないのだな」と。

 

もっと調子に乗りたいなー。と。

思ってしまったのです。

そんな時の料理。

身近にいる師匠。

いつもは教えを乞うどころか常にアドバイスをする程に調子に乗っている私。

その私が、教えを乞う。

 

「師匠。野菜の切り方がわかりません。教えて頂けないでしょうか?」

 

「洗濯をしたら教えてあげるよー。」

 

「はい。」

 

そうなるわけです。

でも男の料理を会得する為。

手伝うのです。

やるのです。

静かに。

遂行するのです。

洗濯というサブミッションを。

火加減に苦戦。

素材が美味ければ料理は美味い。

名言です。

はい。

それを台無しにする男が私。

 

火加減を間違えれば全てを台無しに出来る。

 

いとも簡単に。

造作もなく。

丸焦げにしてやればいい。

火加減。

これはどんなに材料が良くても失敗してはならない。

強火も必要。

弱火も必要。

中火も必要。

愛情も必要。

料理には必要なものが多い。

味付けだけではダメなのです。

 

美味しい料理には火加減が重要なのです。

 

むしろそれが腕。

料理の腕。

強火にビビらず、弱火でも愛情を注ぐ。

それが出来なきゃ料理は完成しないのです。

揚げ物の油の温度。

大体箸を入れて泡がブクブクなればいける。

その前に食材を投入するとべちゃべちゃになる。

溶いた卵。

沸騰しているところに入れないと全部混ざって全体的に白くなっておしまい。

そうなりゃ卵がどこにあるかなんてわからない。

最悪の見た目になる。

くそ。

思った以上に、イヤ、仕事以上に、

 

奥が深ぇ!

 

挫折に次ぐ挫折。

教えを乞う。

洗濯に洗濯。

掃除に洗濯だ!

洗い物を終わらせて料理が完成する。

作るだけ作って「はいお終い!ご馳走様!」とはいかない。

作るだけだったら師匠は喜ばないのです。

洗い物まで終わらせた方が喜ぶのです。

料理は喜ばせるもの。

 

後味まで美味しくなければならない。

 

後味が美味しくなければ意味がない。

全部。

全部美味しくなければいけない。

全ての料理。

その他の事。

わかってしまったのです。

男の料理とは。

周りの人達を幸せにすることなのです。

男の料理とは料理だけにあらず。

料理が出来るだけが男の料理ではない。

美味しい料理を振る舞うだけが男の料理ではない。

本当の男の料理とは、

 

家族の幸せレシピを作ることです。

 

勘違いしていました。

料理の教えを乞えば料理が出来るようになるものだと。

料理が出来るようになれば家族が喜んでくれると。

教えを乞う度に洗濯をし、掃除をし、

妻が喜び、家族が活気づく。

活気づけば幸せが溢れ出す。

家族が幸せだとなぜか仕事でも本気を出せる。

帰りたくなる。

もっと幸せにしたくなる。

家族最高。

そう思える。

男の料理とは、

 

そういうものなのだ。

 

それが出来る男になる。

そもそもその為に教えを乞うたのだ。

そう思える程の変化が訪れた。

料理っていうやつは…。

料理っていうやつは!

くそ。

料理っていうやつは!

私は家庭で知らないことが多過ぎる。

知らないことが多過ぎて、すぐにそれをこなすことが出来ない。

炊事洗濯子供の送り迎え。

冷蔵庫の中身。

知らないことばかり。

それなのに仕事をしているだけでわがままを言いたい放題だ。

 

「仕事でストレスを抱えているのだから家では自由にさせろ!」

 

と言わんばかりの傲慢さ。

思いやりに欠ける。

いや。

むしろ無視している。

わかってはいるけど無視しているのだ。

家にいる時にヒマな時間などあるはずがない。

それだけやるべきことに溢れている。

それに気が付かないフリをしている。

妻に甘えている。

家族に甘えている。

仕事をしているだけでそれが許されると思っている。

違う。

断じて違う。

男であるのなら。

家族全員を幸せにしてやらなければならない。

ならないのです。

もし甘えているのなら、

 

料理をしよう。

料理を学ぼう。

一から修行しよう。

一から学ぼう。

全てを学ぶのです。

出来ないこと程もどかしいことはない。

出来ることだけしかしないで偉そうにしている自分。

 

これは理想の自分ではなかった。

 

理想の自分は、家族みんなが幸せを感じてもらえる存在。

 

そういうのになりたいのです。

ニンニクは元気が出ます。

家族のニンニクになりたい。

指先だけではなく、

 

全身ニンニクになるのです。