携帯を無くした時の不安はまるでこの世の終わりを告げられた瞬間の如く

生活

携帯電話を落としたり、紛失したりしたことがある人。

「はい!」

ならこの不安は味わったことがあるはず。

まるでこの世の終わり。

「終わった。」

つい口から出てしまう。

そのくらい携帯に依存している自分がいる。

そのくらい携帯の中に「私の色々」が入っている。

使い方は人それぞれだとは思うけど、落とした時、見つからない時の不安感は壮絶なものです。

それは「この世の終わりを告げられた瞬間」の不安に近いと思っている。

ここで整理しておきたい。

もし、携帯が無くなった時、どんな不安があるのか。

無くさないようにするのが一番なんだけどね。

スポンサーリンク

携帯を失った時に不安になること

連絡が取れない

そもそも携帯の中に私の連絡網は全て入っている。

だから誰かに連絡しようにも、そこに公衆電話があったとしても、誰にどう連絡を取るにも、出来ない。

携帯頼りな私は番号すら覚えていないから。

「携帯をとりあえず止めよう!」と思っても携帯が無いから電話は出来ない。

外出先だとしたらどこに電話があるかを探して、さらに携帯を止めてもらう為の番号も調べなくてはいけない。

これは一大事。

仕事で使っていようがプライベートで使っていようが、携帯を持っていなかった時代には考えられないくらいの不安に襲われる。

子供の頃は連絡が取れなくても別に支障はなかったのに、今携帯が無くなったと思うと不安しかない。

もちろん無くさないことが一番なんだけど、もし無くした時の「最悪ここに連絡をする!」みたいなものは決めておいた方が安心かもしれない。

まるで災害時だな。

そのくらい自分にとっては緊急事態なのだから仕方ない。

見られたくないあれこれ

知り合いや取引先の電話番号が見られたくないのはもちろんなんだけど、それ以外にも色々見られたくない写真や「あれこれ」がある。

携帯のセキュリティも向上してるから暗証番号や指紋的なあれである程度防げるのかもしれないけど、拾った人がそっち系の突破を最も得意とするような人だったらと思う怖い。

映画になるくらいに怖い。

出来る限り見られたくない「あれこれ」を携帯に入れておかない方が良いんだろうけど、それを考えてたら携帯の便利さは半減しちゃう。

結局無くさないようにするのが一番なんだと思う。

というか見られたくない「あれこれ」は誰にでもあるものだと認識している。

大切な情報

地味にアプリのメモ機能に大切な情報を保存してたりする。

そのメモを頼りに考えて今後の予定を決めたりする。

なんなら今後の予定すら携帯に入っていたりする。

携帯を無くすとそういうのが全滅する。

「メモに取ってあるから!」って安心しているからこその全滅がそこにはある。

携帯に頼り過ぎてる感はある。

「デキる人」っていつも手帳を持っているような気もする。

せめて良い人に拾われて欲しい願望

もし、誰かが拾ったとして、それを近くの交番に届けるとか、駅の落とし物コーナーに持っていってくれていること願う。

こっちは携帯を探すのに必死なわけだから手あたり次第に探す。

「落とし物が集まりそうな場所」には真っ先に行くと思う。

自分が移動した道を逆に進んで探したりもする。

でも「面白そうだ!」とか考えて自分のポケットに入れてしまうような奴に拾われたらと思うとぞっとする。

落とした自分が悪いのかもしれないけど、なんかすごく、イヤな感じ。

だから、もし、携帯が落ちているのを発見したら、「そういうものが集まるべき場所」へ持っていこうと思っている。

新しい携帯にするにもめんどくさい

携帯が見つからなくて、探したけど探したけど見つからなくて、結局新しい携帯にする選択をした時。

過去の情報が何もかも無くなっているのだから大変。

たまに友達からラインで連絡が来る。

「○○さん?もしそうだったら携帯を落としたので新しくしました。登録お願いします!」

みたいな連絡が来る。

正直に言うと、めちゃくちゃ大変そうだなって思うわけであります。

それと本当に誰だかわからない時がある。

また初めから「自分の携帯」にしていかなくちゃいけない。

完全にニューゲーム。

やっぱり携帯は肌身離さず、大切に、しっかり、落とさないように、無くさないように、自分で管理しておくべきだと改めて思う。

対して面白くもない内容になってしまった。

どうせなら自分が携帯を無くしてしまった話の方が面白かったかもしれない。

でも、携帯を無くしてしまった時はショック過ぎてブログどころではない。

生活
この記事を共有する
daimaruをフォローする
心優しきあなたにお願いがあります。

お見苦しい点が多々ある私なりの文章をここまで読んで頂き、本当にありがとうございます。改めまして、執筆者のdaimaruです。

この度、DONGURILOGという日記サービスを共同運営させて頂く事になりました。

シンプルに伝えると、「みんなで日記を書くスペース」になります。

かれこれ数年このブログを続けて思った「ひとりで更新し続ける難しさ」を解消しつつ、多くの価値観を共有しながら楽しめる場所です。

まだ始まったばかりのチャレンジではありますが、多くの方に使って頂きたいと思っています。

ここまで私が書く、しがない文章を読んで頂き、目もお疲れかと存じますが、どうか、最後に、私の渾身のワガママを聞いて頂けないでしょうか?

無理なお願いをしているのかもしれません。

でも、「日記を書く」には多くのポジティブな効果があります。今日一日を振り返るだけで多くの気付きがあります。

じらしてすみません。

一緒に日記を書いて頂けないでしょうか?

私は多くの人と日記として記録を残す毎日を過ごしたいと思っています。

そしてそれがきっかけで多くの人が救われる瞬間があるんじゃないかと思っています。

私が求めているのは募金や署名ではありません。

シンプルにあなたが持つ価値観や考え方です。

本来「日記を書く」は一人で行う趣味的な存在なのかもしれませんが、それを多くの人と同じスペースで書く楽しさを大声で主張したい。

「うおー!」です。

是非一緒に、DONGURILOGで、日記を書きましょう!

自分の為になり、誰かの為にもなる。

そんな最高のスペース作りにご協力ください!宜しくお願いします!

あれんじ

どうか感想をください。

タイトルとURLをコピーしました