「観たい映画を今観る」という人生経験は想像より遥かに豊作

小言

TSUTAYAに何年ぶりかに行きました。

とりあえず観たかったのは「もののけ姫」。

子供がジブリが好きだと言うので金曜ロードショーとかでテレビ録画してはいたんだけど、「もののけ姫」だけが放送されない。

だけど自分的には「もののけ姫」が一番好きだったりする。

一緒に観れるかなと思って。

わが青春。

何度見たことか。

だから借りに行くことにしたのです。

もう10年ぶりくらいにもなろうかと思われるTポイントカードを持って。

旧作だから100円くらいなんじゃないかと思っていたのです。

そしたらまずカードの更新が必要だと。

それとプレミア会員という存在により200円になったと。

なるほど。

了解です。

更新して尚且つ借りました。

 

「もののけ姫」

 

その夜。

せっかくなので少し部屋を暗くして。

金曜日だから特別ということで子供にはお菓子。

 

「映画館みたいだね!」

 

そう言ってもらえるだけで十分。

大人も子供も楽しめる特別感。

どうだ。

たまには家で映画でもどうですか?

無駄に精いっぱいの映画館仕様にして。

特別感でいつものテレビを演出してやるのです。

映画館には無い特別感。

もし映画館で子供がぐずぐずになったら。

一緒にいる大人も楽しめなかったりする。

それどころではなくなる。

それなら家で特別感を出して鑑賞会をする。

大人もリラックス出来る時間になる。

いつもは使わないスピーカーなんて引っ張り出してきて。

普段は出さない少し大きめの音量で。

あるものをフル活用して。

子供は喜ぶ。

 

「いつもと違う!」

 

それだけで少し映画を集中して観てくれる。

その時間に大人もリラックス。

逆に家でもこれだけの特別感。

みんな満足。

たまには家で映画観賞会も悪くない。

映画館が絶滅の危機らしい。

家で鑑賞会とは言え、やっぱり映画館の迫力とか、席のあの感じとか、緊張感とか。

 

「観るぞ!」

 

っていうアトラクション感は少し薄い。

さすがに映画館の方がプロ。

アマの我々には到底太刀打ち出来ない。

最近はその映画館が絶滅の危機にあるらしい。

単純に「映画館の在り方」を見直さなければいけない時期に差し掛かっているのだと思う。

テレビも音響も家のソファーもデフォルトでそれなり高品質の時代。

我々のように家で楽しむ世代も多いのだと。

だとすると映画館っていうのはもっともっと特別な存在になってほしい。

そう願ってしまう。

映画館で観るっていうことにもっともっとなんかこう…。

なんかこう、特別な感じに。

テーマパークのような。

なんかすっごいやつ。

 

「映画館にしか出来ねーわー!」

 

っていう感覚を味わえるようななにか。

雰囲気か。

演出か。

とにかくそこでしか味わえない何かが必要になってくるのではなかろうか。

映画は絶滅しない。

映画の何が良いか考えてみたのです。

そしたら辿り着きました。

 

「自分の人生の経験として良い。」

 

是非説明させてもらいたい。

どうしてそう思ったのか。

アクション映画でもラブコメディーであろうとも。

誰かの人生の経験や体験を垣間見る形になる。

現実には起こりえない事でも。

その世界で生きている人の人生を垣間見る。

しかもまるでこっちがドキドキハラハラさせるような状況にしてくれる。

もちろんそれが映画だからなんだけどなんだか自分も経験したような気持ちになるのです。

例えばなにか悩んでいる時に壮大な映画を観た。とする。

そうすると映画に出てくる主人公の悩みと自然に比べて、その解決法を導き出そうとしていたりする。

それで解決出来るのかはさっぱりわからない。

でも何かを得たような満足感はあったりする。

観たくもない映画を観てもなにも感じないかもしれないけど、TSUTAYAにいくと、

 

「ん?これ、なんか気になる。」

 

っていう映画が見つかるかもしれない。

なんかこの物語に自分が生きるヒントが隠されているかもしれない。

 

直感。

 

それでも自分が「観たい!」って思ったものから得る経験値は大きいと思うのです。

そしてどんどん新しい映画が作られる。

今回観たいと思ったのは「もののけ姫」。

公開された頃の映画館はまだ完全入れ替え制でもなくて、席も決まってなくて、立ち見なんていう人もいた。

それでも印象に残ってて、ビデオも買った。

緑の木々が生い茂っているビデオ。

今でもデザインを覚えている。

それが、今。

子供も二人。

妻。

を交えて観る。

全然違う映画。

というか細かい部分に気が付いたりする。

ああ。

ここに伏線。

みたいな。

「もののけ姫」はいつ観ても変わらない面白さがあった。

もちろん経験の意味でもすごく為になった。

あのアシタカの生き様。

あの頃の映画を今も観たいと思う。

 

映画が絶滅するわけがない。

 

だって今でも観たい映画がたくさんある。

 

「今でもあの物語が私の心の中にある以上映画は無くならない。」

 

と映画っぽく言ってみる。

映画が絶滅することなんてない。

私の中では永遠に生き続けることでしょう。

映画の量はハンパじゃねー。

さすがにずっと作り続けられてるから半端じゃねーです。

その量はもう、もうすんごいことになっている。

テレビで紹介される映画なんて微々たるもの。

宣伝されるとさらに有名になっていく。

必死なのです。

多過ぎて必死になるんだと思うのです。

その中でもひと際目立たなければいけない。

もちろん物語が面白いとか興味深いのは大前提なんですけど、

 

今から映画評論家になろうとしたらもう残りの人生の時間を捧げる覚悟が必要な量。

 

無理っす。

もし評論家になるならもっと別なものを目指したいと思ってしまう。

くらいたくさんある。

評論家になるとプロとして自分が観たくない映画も観るってことになるのかな。

それとも映画を観て感想をまとめるような仕事だからそもそも観たくない映画なんてないのか。

ホラーが嫌いな映画評論家なんていないのか…。

とにかく映画はめちゃ多いのです。

それだけ誰かが作った人生や経験や物語があって、それを垣間見ることが出来る。

これってすごいことだと。

思います。

TSUTAYAでそう思いました。

この世のす全ての映画が置いてあるわけではないと思うけど。

たまには観たい映画を観る為の時間を捻出してみてほしい。

別に無理にってわけじゃないんですけどね。

映画を観る。

その中に含まれている要素は多い。

リラックス。

現実逃避。

経験値。

考えがまとまる。

考えが増える。

話の種。

何も考えない時間。

デート。

共有。

映画館のにおい。

ポップコーン。

始まる前のドキドキ感。

予告の時はちょっと場内が明るい。

と…。

 

なんかいつも自分の身の周りで起きている事とはかけ離れていたり、近かったり。

夢が見つかるかもしれない。

悩んでいることも解決策が見つかるかもしれない。

知らない自分が見つかるかもしれない。

ビビッと来る瞬間があるかもしれない。

 

「面白かったー」なのか「考えさせられたー」なのか「ん?」なのか。

 

終わった後の余韻に浸るも良し。

感想で盛り上がるも良し。

一人で考え込むも良し。

もしかしたら映画にはものすごい力が隠されているかもしれない。

そう思わせてくれるのです。

だからどんなに時間が無くても、何とか、映画一本分くらいの時間は、本当にたまにでいいので、捻出してみてもらいたい。

そしてその時に観たい映画をゆっくり観てみてもらいたいのです。

 

「観たい!」って思う映画を見つける。

 

TSUTAYAもいいんですけどね。

ネットで十分っす。

いくらでも観たい映画が出て来るはず。

ドラマも良い。

ドラマも良いのです。

というかもう物語であれば何でも良い。

最近、

 

観たいものをゆっくり観れてますか?

 

これ大事だと思います。