仕事の本質は会社の知名度ではなく「人」で決まるのだと私は信じています

仕事

就職した会社や今勤めている会社がどんなに有名で、どんなに給料が高くても、仕事の本質は「働いている本人が握っている」と私は信じています。

本人が握っているのは、「その会社に行きたいと思って努力してきたこと」だったり「仕事へ対する想い」だったりです。

自分が何の為に今の仕事をしているのか。

それがすごく大事だと思っています。

そしてその想いはどんな会社に勤めていようが、どんな仕事をしていようが必要になるんです。

「狙い通りの就職先ではなかった」かもしれない。

「本当にやりたい仕事ではなかった」かもしれない。

でも未来が絶たれたわけではない。

会社に勤めなくてもお金持ちにはなれる。

仕事は出来る。

希望通りの仕事じゃなくてもお金持ちにはなれる。

就職先が決まることが人生のゴールなんかじゃない。

会社の中でも競争があるんです。

目には見えないけどプレッシャーだってある。

希望通りの就職先に行けたとしても、希望通りの仕事が出来るかどうかはわからない。

それを言っている私は希望通りの会社に就職出来たわけでもなく、希望通りの仕事をしているわけでもない。

でも、お金が稼げないわけではない。

お金持ちになれないと決まったわけではない。

結局会社によって仕事の本質が決まるのではなく、「本人の意志」で決まる。

一番重要なのは「人」なんだと私は信じたい。

そうじゃなきゃ「逆転する面白味」が無くなってしまうと思うんです。

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まだ終わってないから。

何度も同じことを言ってすみませんが、私は希望通りの就職先に行けたわけでもなく、希望通りの仕事が出来ているわけでもありません。

でも、諦めていません。

これから先、希望通りの仕事が出来る環境を掴み取るつもりでいます。

大学を卒業して、就職したとしても、途中で転職したとしても同じです。

どんな状況でも自分がやりたい仕事や行きたい会社を掴み取りたい。

だって希望通りの就職先が決まったところでそれがゴールではない。

問題はその先、ずっと先まで人生は続いていくってこと。

何も終わっていない。

希望通りの就職先に行けなくても終わってない。

人生はまだ終わらないんです。

たまたま希望の会社に入れなかったのかもしれないし、それが今の自分の実力なのかもしれない。

もし希望通りの就職先に行けたとしても、それをゴールだと感じてその後はサボってしまう人がいるかもしれない。

自分がどんな会社にいようが、どんな仕事をしていようが、「ゴールだと思い込んでサボる人」よりも大きな実績を手に入れることは出来るんです。

これから積み上げていくことが出来るんです。

どんな会社でも、どんな仕事でも実績を積み上げていくことが出来る。

それが自分という人間の価値になる。

まだ終わってない。

これからいくらでも作れる。

私はそう信じている。

誰よりもでっかい実績を作って、誰もが欲しがる人材になることが出来る。

どんな就職先にいようが「実績を積むことをサボっているような人」に負けたくない。

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惑わされてはいけない。

就職先は保証ではない。

今与えられている仕事がこの世の全てではない。

会社に責任を求めるのは構わないけど、自分の将来は自分で考えなくちゃいけない。

保障なんか無くても自分で自分の未来を切り開く力は絶対に必要。

守られている場合ではない。

攻めて、実績を積んで、確固たる実力が身についてこその保証。

これまでどんな結果をもたらしたか、これまでどんな成功を積み上げてきたのか。

それが自分の唯一の保証。

自分の保証は自分で作る。

積み上げられた実績こそ、自分自身の保証になると信じている。

「仕事がやりたくない」から「違う仕事を探す」のが悪いとは思っていません。

でも「本当にやりたい仕事をしたい」と思って「誰もが欲しい人材になる」っていう選択肢があっても良いはずだと思っています。

どちらにしても、「自分らしく」生きていける方法。

その為に今、必要なのはなんだろう。

「自分が納得する就職先」に行くことだろうか。

「自分が納得する仕事」をすることだろうか。

私はどちらも叶えられるとはずだと思っています。

どうせなら「一緒に仕事がしたい」って思ってもらえるような人になりたい。

「是非我が社に来てくれ!」って言ってもらえるような人になりたい。

だから実績にこだわりたい。

自分が時間をかけて作ってきたものにこだわりたいんです。

就職先に惑わされてはいけない。

仕事の内容に惑わされてはいけない。

大事なのはいつだって「人」です。

「志」です。

これからいくらでも積み上げていける実績という名の「自分の保証」です。

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人の価値は「会社」では決まらない。

大人になって、社会の中にいると、多くの人が信用を求めます。

信用というのはその人が「どのような仕事をしているのか」や「どんな会社に勤めているのか」が基本になります。

わかりやすいからです。

一発で証明が出来るからです。

それはまるで「私は東大出身です。」と同じような価値があります。

それだけで誰かを納得させるだけの信用がもたらされます。

一時的に。

私はその一時的な信用だけで「人」の価値は測れないと思っています。

どんなに誰もが認める大学を出て、どんなに誰もが認める企業に勤めていたとしても、その人が誰かに「悪い」って印象を与えてしまう可能性があるからです。

悪い印象を与えてしまえば、「信用出来ない」って誰もが思います。

それでも「私は信じたい。」なんていうのは社会にはありません。

社会はいつでも冷静です。

でも人は暖かいです。

「人」を評価するのは機械じゃない。

「人」を評価するのは「会社」じゃない。

「人」を評価するのは「社会」じゃない。

それを作る「人」なんです。

肩書や地位に憧れを抱く気持ちはわかります。

でも「人」が備わっていなければ肩書も地位も名誉もありません。

その根源はいつも「人」なんです。

自分を評価するのは自分ではないですが、「人」なんです。

根源は「人」です。

会社でも仕事の内容でもありません。

それなのに、まるで誰もが認める企業に勤めていることが正義のような感じになる。

誰もが羨やむ仕事をしている人が正義のような感じになる。

それ以外は認めない。

そんわけあってたまるか!

絶対「人」でなくちゃいけない。

良い人や悪い人っていう考え方ではなくて、会社も人で作られていて、機械も人で作られている。

社会だって人で作られている。

その根源を絶対に忘れてはいけないと思うんです。

最後に評価されるのは絶対にその人自身です。

地位や名誉や肩書や会社や仕事の内容で先に振るいにかけているだけです。

どんな仕事をしていても評価されるのは「その人」なんです。

もし今「この会社で仕事したくない」とか「こんな会社で働けるか」とか思っているのならそれは違う。

どの会社にいても、どんな仕事をしていても、社会は「人」で作られている。

会社や仕事に囚われ過ぎて、自分を成長させることをサボっていませんか?

根源である「人」を磨くことをサボっていては希望している会社にも希望している仕事にもありつけないんです。

「あなたに任せたい!」

「是非我が社に欲しい人材だ!」

って思われるのはどうして?

自分が成長したからです。

その人が持つ経歴やこれまでの実績、そして仕事に向かう姿勢、それを取り巻く環境。

全部自分で作れるんです。

なんでもかんでも会社や学歴が作るわけじゃない。

大切なのは絶対に「人」であって、これからどうしていくかです。

これから作っていく未来が一番大切に決まってる。

仕事の本質は会社の知名度や仕事の内容では決まらない。

その人が持つ想いや姿勢と、そこから得た経験と実績です。

人生は常に挑戦する価値で溢れていると私は思います。

こんなところで諦めてたまるかよ!