「ネガティブ」を迎え撃つ準備

メンタル

あの時、まずい事をしてしまったかもしれない。

過去に起こったネガティブな事にズルズルと引き寄せられていく。

あんまり引き寄せられていくものだから気が付いたら気持ちも落ち込んでしまう。

 

「自分はどうしてあんなことを…。」

 

過去の後悔に捉われて、前を向けないでいる。

そんな状況で新しいことに手を付けられない。

気持ちを一新して前に進むなんて出来ない。

こんな時は今日も元気に頑張っている人を見るとなんだかいつも以上にキラキラしていて嫌な感じ。

あの時の事を引きずったまま。

弁解の余地もなく。

今日も過去に捉われながらさまよってみる。

 

「あの時こうしてれば…。」

 

過去に戻れるわけがない。

どんなに考えても無理なのに時間を戻したくなる。

 

誰かに相談しても、基本的にポジティブな答えが返ってくる。

 

「それは悩むような問題じゃない。」

「次はそうならないように気を付ければ大丈夫だよ。」

 

自分の中では大問題で、大丈夫じゃないから相談しているのに、その逆の答えばかりが返ってくる。

気持ちの構え方を知りたいわけではない。

そんなことは自分でもわかっている。

 

それでも気持ちが切り替わらなかった場合はどうしたらいい。

 

何度もポジティブに自分を奮い立たせるべきなのだろうか。

そんな事を続けていたら結局自分の気持ちにウソをつきながら、隠しながら生活していかなくちゃいけない。

 

それはそれで苦痛。

 

どうしてもポジティブになれない時はどうしたらいい。

 

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ネガティブの効果。

ポジティブになれない事が悪いわけではない。

過去の過ちに捉われている時に数々の友人達に相談をしたが、

どれもポジティブの押し売り状態だった。

相談に乗ってくれたことにはすごく感謝している。

一時的にでも気持ちが少し楽になった。

だから相談してよかったんだと思っている。

 

でもまだまだ全てをポジティブに出来ない。

 

自分の中に「あれは過ちである」と信じてやまない部分がある。

だからどうしてもポジティブになりきれない。

思い出す度に気持ちがどんより。

何とか生活は出来ているにしろ、気持ちはフワフワしていたりする。

 

その事を考えていると、自分から自信が無くなっていくのを感じる。

 

自信が無くなると外に出るのも嫌になるし塞ぎ込む。

そんな時に、

「外に出よう!」

とか

「誰かに会おう!」

とか言われるとしんどい。

 

しんど過ぎてどうすればいいのかわからなくなる。

単純にネガティブになっているんだと思う。

 

でもちょっと思う。

 

ネガティブのどこが悪いのだろうか。

 

どんなにネガティブであってもそれは自分の感情であって、蔑ろにすることで強くなるわけじゃない。

自分の中にあるネガティブもポジティブも込みで「後悔」があったのだと思っている。

 

ポジティブ過ぎて後に「後悔する」瞬間だってある。

一瞬でもネガティブになればどんなにポジティブに捉えていても、それが後悔に変わったりする。

 

たった一瞬のネガティブでそうなる。

 

ずっとポジティブでいるのは簡単なことではない。

ネガティブに陥った時にそれをどう乗り越えていくかの方が大事。

ネガティブをポジティブに変換する方法は自分がネガティブにならなきゃわからないまま。

 

ずっとポジティブにいられるわけがない。

私はネガティブになってからが勝負。

 

何か続けていることがあるのなら、「辞めたくなった時」がスタートの合図だと思っている。

 

今でもネガティブは自分の成長に必要不可欠な感情だと信じている。

 

無理なポジティブはいらない。

そりゃポジティブに物事が考えられる方が断然幸せを感じる。

きっとそれは誰もが同じだし、ネガティブになりたいなんて少しも思わない。

ところが、私のように大した苦労もせずのほほんと暮らしているような人に限って突然ネガティブが押し寄せて来る場面がある。

 

まるで誰かに「苦労せよ」と言われているような感じさえする。

 

実際にネガティブになるとそんな事は考えられないくらいに落ち込む。

物事をポジティブに捉えられていた時が幸せで、あまりに「のほほん」と暮らせていたものだから、

 

無理やりその状態に戻そうとする。

 

でも戻らない。

 

「あれ?全然気持ちが上がらない。」

 

何をしてもテンションが低い自分がいる。

 

また無理やりポジティブになろうとする。

 

それを繰り返す。

 

すごく疲れる。

 

平坦にしたいのに上がったり下がったりする。

余計に凸凹になったりする。

 

ネガティブになるとその日に起こったこと一つ一つが重大な意味を持っているんじゃないかと思ってしまう。

場面ごとに無理やりポジティブにしようとすればするほど思考回路はバグる。

 

ネガティブを受け入れる前にポジティブになろうとしてはいけない。

一回。

ちゃんと。

自分はネガティブであると自覚しなくてはいけない。

 

今、私はめちゃくちゃネガティブ思考である。

 

自分を一番大切に出来るのは自分。

ネガティブになるまでの過程で、実は色々な事が起きている。

誰も予測なんて出来ない。

まるで自然災害のような人間関係がその引き金だったのかもしれない。

あの時取った行動が、あの時の発言が。

原因なんて何日前から作られていたのかわからない。

ひとつずつ年齢をさかのぼって数えていったら生まれた瞬間から「今ネガティブになる布石」があったのかもしれない。

それを順番に追っていってもなにも変わらないかもしれない。

 

だから私は過去をさかのぼってネガティブの根源を探すのはやめにする。

 

それをしたところで結局過去に戻れるわけでもない。

人生とはきっと「作っていくもの」「積み上げていくもの」だと思う。

後悔して、さかのぼって、根源を見つけたとしても、これから積み上げていく。

だから過去に捉われてネガティブになったとしても、結局、その上に様々な経験を積み上げていく。

どうせ明日は来て、生きる時間を積み上げていく。

どうやったって戻れないなら、自分がゼロになってしまった事を受け止めて、また一からやり直せばいい。

一種の諦めのように感じるけど、それも選択肢の一つだと思う。

 

諦めるにしても諦めないにしても、「自分を大切に」しないといけない。

 

私の場合は、

それが「諦める」の選択に踏み切った理由なのかもしれない。

少し肩の荷が下りる。

そこからまた積み上げていこうと思った。

 

背負い過ぎた荷物を捨てて、身軽になれば新しい経験を積み上げる余裕だって生まれると思う。

 

それが自分を大切にすることなんじゃないかと思った。

一度諦めてみてもいい。

めんどくさい人間関係なら壊したって構わないと思う。

一生懸命続けてきた何かを辞めたっていいと思う。

 

もったいないって思うかもしれない。

 

でも自分の気持ちが楽になるのならその方がいい。

その後にまた考えて、

「やっぱり必要!」

と思うならどうせ一から作り直す。

 

「諦める」を推奨するわけではないけど、選択肢としてはいつも傍らに置いてあげたい。

それが自分の為だと思う。

もし続けるという選択をしたのなら、再スタート。

やっぱりネガティブになってからがスタートなんだと思っている。

 

続けるも諦めるも、どちらも自分を大切にする方法ならどっちでも構わない。

 

さあ。面白くなってくるぞ。

きっとどちらを選んでも、辛いことは待っているし、よりネガティブになる可能性を持っている。

どちらでもそれなりの喜びがあるし幸せも待っている。

 

結局進まなくちゃいけないし進まなくちゃわからない。

 

多くのネガティブに心をバシバシ殴られながらも、成長していかなければならない。

一時的なポジティブに油断しながらもその瞬間を最高に楽しむ。

結局後悔と反省をしながらチャレンジして成功に向かう。

 

ずっとポジティブで、ずっと成功、なんてことはあり得ない。

 

そんな事があったらきっとどこかで調子に乗って、フラフラな足元を狙われる。

弱めの足払いで大崩壊する。

 

もうネガティブにはなった。

思いっきり凹んだ。

だから足元も固まった。

次の足払いでは相手の足が折れるくらいに固まった。

 

多少のネガティブならはねのけられるかもしれない。

どうせ訪れるネガティブを次は迎え撃ってみようと思う。

 

いや。

やってみたいと思う。

その為の一日が今日も始まる。

 

まだ、「ネガティブかかってこいや!」とは言えないけど。