槇原敬之が覚せい剤所持による2度目の逮捕(マッキーショック)で受けた社会のダメージとその影響

小言

あの日、1度目の逮捕で「どんなときも。」が多くの人に愛される名曲であると実感した。

何故か逮捕されると過去の作品が再び注目され、テレビやラジオや週刊誌で幅広く紹介される事になる。

だからこそ、改めて聴くと、「やっぱり名曲だなぁ」と感じる逮捕マジック。

そして今回、覚醒剤で2度目の逮捕。

改めて感じた、「やっぱり名曲だなぁ」の感覚。

今回もテレビやラジオやネットニュースで話題になった槇原敬之の楽曲達。

それを認めてはいけないんだろうけど、ガッツリ宣伝されてないか?

その影響を受けてダウンロード数は爆発的に伸び、カラオケでは24時間歌われ続ける。

逮捕された後の印税が一体どこに行くのかわからないけど、マッキーショックの裏側で、多くのお金が動いてるのは事実だ。

が、ダウンロードもカラオケも言ってしまえば逮捕劇の裏側で出来たポジティブな流れ。

もちろんネガティブな事もわんさかある。

マッキーショックによる社会的ダメージだ。

そしてそこからの影響。

今回は槇原敬之が2度目の逮捕から考えられる社会的ダメージとその影響をまとめたい。

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30周年の計画は白紙に。

ここからは槇原敬之容疑者をあえてマッキーと呼びたい。

私のスマホには、今でもマッキーの曲が入っている。

移動する時、なぜか聴きたくなる時がある。

「どんなときも。」や「もう恋なんてしない」ではなく、個人的に好きな一曲を挙げるとすれば「GREEN DAYS」で、何度もリピートして聞いていた。

妻との思い出の曲でもある。

そんな誰もが一度は耳にした事がある楽曲を作るマッキーは、今年、30周年を迎える大ベテランであり、記念すべき一年を様々なイベントで盛り上げていく予定だった。

今のところ、2度目の逮捕の影響もあり、全てが白紙だろう。

釈放されれば新たな動きがあるのかもしれないが、一度でも白紙に戻した予定を復活させられるような事ではない。

信用問題だ。

ベストアルバムや、誰かへの提供曲を本人が歌い上げたCDのリリースも控えていた。

それらが今後どういった扱いを受けるのかはわからないが、発売される事さえ許されない状況になれば、真っ赤な赤字。

先行投資のみで回収出来ないただの散財になる。

CDの作成やライブへ向けた準備などで様々なアーティストや関係者もゴールを失ったような気持ちになるだろう。

30周年を飾る様々な仕掛けを楽しみにしていたファンも大勢いる。

私の友人はクリスマスシーズンになると、毎年マッキーのライブへ足を運んでいた。

今年は間違いなく観れない。

何とも言えない気持ちを口にしていた。

様々な予定が白紙に戻る損害がどのくらいになるのか、最近ワイドショーにも登場する十数億円の損害じゃないかと言われていた。

これまでのマッキーの活躍を考慮すると、「いけなくもない金額」な気がするのは私だけだろうか。

2度目の逮捕で「ガッカリした」という声を多く耳にする反面、どこかで「戻って来るだろう」と思っている私。

覚せい剤所持の罪を甘く見ているわけではない。

犯罪の意識が低いわけでもない。

でも2度目の覚せい剤による逮捕。

1度目の逮捕後に提供された数々の名曲の事を考えると、覚せい剤と才能はまた別の所にあるような気がしてならないのです。

もちろん、擁護しているわけではない。

覚せい剤、ゼッタイ、ダメ。

だけどマッキーが生み出した楽曲で支えられた過去がある私は、無責任にも「楽曲に罪はない」と、つい、口から出てしまうのです。

アーティストと薬物の関係。

記憶は曖昧ですが、近年、芸能界からの薬物騒ぎをワイドショーでよく目にするような気がしている。

その中でもとりわけアーティストと覚せい剤の関係がどうも気になる。

正直、マッキーだけではない。

なぜか音楽と覚せい剤がすごく近くにあるような気がするのです。

電気グルーヴのピエール滝もそうだし、ドラゴンアッシュとライズのケンケンも、飛鳥も、マッキーも。

みんながみんな覚せい剤ではないかもしれないけど、何かしらの薬物で逮捕になり、その活動を突然停止させている。

上記のアーティストはハッキリ言って、超メジャー。

マイナーなアーティストを含めると、ワイドショーや週刊誌には取り上げられないが、何等かの薬物でバシバシ御用になっている。

これだけ音楽に精通している人達が薬物で御用になると、さすがに素人の私達は、「音楽=ドラッグ」のようなイメージを持って当然なような気がするのです。

私は現在、とても疑っている。

音楽界と薬の関係の深さを。

そしてアーティストとドラッグは密接な関係を持っているんじゃないかという闇を。

音楽は芸術で、圧倒的なセンスが必要になる分野だから、人々の口コミ的な意見を集める中で「ドラッグをやらなきゃ生まれない曲もあるんじゃないか?」といったとんでもないクソな発言がある。

個人的な意見なんだけど、「ドラッグが無きゃ作れない曲」があるのだとしたら、我々は「ドラッグで作られた曲を欲しがっている」って事になる。

そんなはずはない。

ドラッグと才能は全く別だ。

私が思うに、ドラッグで逮捕されたマッキーやその他のアーティスト達は全員、楽曲とドラッグは無関係と考えている。

ドラッグが無くとも楽曲を作り出せる人達だと私は思っている。

それでもドラッグに手を出してしまったのは本人の弱さ。

犯罪意識の低さ。

快感への甘え。

ドラッグそのものが持つ依存性に打ち勝てないでいる。

楽曲とドラッグは絶対に関係ない。

もし関係があるとすれば、この世に生み出された多くの楽曲がドラッグとのタイアップになる。

そんなわけあるか。

彼らは絶対にドラッグが無くとも楽曲を生み出せる。

ドラッグと才能は結び付かない。

単純に本人達の意思の弱さと、常に近くにドラッグがある闇が深い裏側があるとしか思えない。

何度も言うが、覚せい剤に手を出す連中に対しての擁護ではなく、あまりにも音楽界からの逮捕者が多いので疑いたくなっただけです。

「別の理由も何かがありそうだ」と思わせるのです。

音楽は何にも無いところに音を合わせて作り上げる芸術。

仕入れ値と呼ばれるものは無い。

本人の才能が生産する財産。

何もない所に「音楽」を作り出し、それを販売する。

それを人前で発表する。

誰がどう考えても当たれば儲かる。

つまり、多くの金が動く芸術になる。

そこにドラッグの闇。

覚せい剤は高い。

超高級品。

のイメージ。

それを手に入れられる人も限られているはずなのに、音楽界からの逮捕者がなぜか多い。

怪しまない方が変である。

提供曲と提供者への影響。

マッキーはたくさんのアーティストや芸能人に楽曲を提供している。

絶対に記憶から消せない一曲として「世界に一つだけの花」がある。

SMAPが解散しそうだと知ったファンがそれを止める為に、あの楽曲のCDが完売する程買い続ける現象は記憶に新しい。

あの曲は紛れもなく覚せい剤所持で2度目の逮捕となったマッキーが作り出した一曲だ。

教科書にも登場する程この国が認めた一曲になった。

多くの人に信頼された一曲になった。

のに、逮捕。

先ほど楽曲とドラッグは別問題だと言ったが、教科書となれば話は別。

ドラッグに良い影響は一つもない。

恐らく削除されるだろう。

今回の逮捕劇で衝撃を与えたのは音楽界だけではない、楽曲を提供した数多くの人達はその楽曲を失う可能性がある。

音楽の面だけでなく、教科書まで。

その影響は計り知れない。

音楽以外のネガティブな影響を考えると、被害額も数十億じゃ済まされず、今後も更に被害が拡大しそうな気がしてならない。

私は才能とドラッグを結び付けて考える事は無いが、人によっては「あの薬中が作った曲か!」と思う人だっている。

これまで提供された曲や提供された人達も同じような罵声を浴びせられるかもしれない。

ワイドショーで騒ぎ立てれば立てる程、そういった感情を抱く人が多くなる。

だからこそ、「マッキーショック」と言われる程大きな事件なんだと思っている。

本人に提供をお願いした側の想いをドラッグ一つでぶち壊しにする意識があったのかはわからないが、簡単に済まされる問題でない事は明らか。

私はマッキーから提供された数多くの曲を知っている。

マッキーが歌っているわけではないが、その曲を「今日を生きる力にしている人達」だっている。

だからこそ、残念で仕方がない。

だからこそ、腹が立って仕方がない。

だからこそ、悲しくて仕方がない。

もったいないとしか言いようがない。

ドラッグで捕まるなど、自分で産んだ子達に対しての愚行だと思わないのか。

自分で生み出した曲がそう思われても仕方がない。

個人的には作品とドラッグは関係ないと思っている。

でも、それじゃ済まされないのだ。

覚せい剤依存の重さ。

2度目の逮捕となった今回の事件。

1度目の逮捕から20年程経っている。

その間、覚せい剤依存の治療中患者からも注目されていたはず。

誰もが「覚せい剤を断って20年」だと考えていたはず。

2度目の逮捕はこの期間にも衝撃を与える結果になっている。

結果的に2度目の逮捕になれば、その20年間も覚せい剤に手を染めていた可能性を拭えなくなるからだ。

覚せい剤で逮捕歴がある人の再犯率は常に高い。

それほど「やめられない恐怖」を人々に植え付けてしまっている。

だけど、一度は手を染めてしまっても、そこからの反省で「2度とやらない」と誓っている人達だっている。

覚せい剤の依存から必死に決別しようとしている人もいる。

マッキーが犯した再犯の罪は、本気で20年間覚せい剤を断っている人達にも疑いの目が向けられる可能性を持っている。

一度は過ちを犯したが、心の底から反省している人達に対して「どうせやってるんでしょ?」と思わせる衝撃があったからだ。

これまでの活躍があるからこそ、その衝撃は大きい。

そして、「一度でも手を出せばやめられない恐怖」を人々に与えると共に、「本気で辞めている人達への疑いとショック」を与えた。

逮捕された罪は覚せい剤所持。

だけどそれ以外の罪とは呼べない責任の重みは計り知れない。

本人の反省だけでは済まない影響を社会に与えてしまった。

多くの功績を残している才能溢れる人が覚せい剤で捕まる事件は、覚せい剤依存の重さと、それ以外の多くの責任の重さを背負う事になる。

多くの期待を裏切る行為になる。

才能に罪は無いが、本人の罪が抱えるのは才能を含めた重みになる。

大きな結果を出した人ほど、それは圧倒的に重い。

音楽界への影響。

今回のマッキー2度目の逮捕から、益々音楽界は疑われる事になる。

多くの人から疑いの目を向けられるようになる。

「もしかしたらあの人もやってるんじゃない?」

どこかで違う噂が広がるかもしれない。

ただ、火のない所に煙は立たぬ。

私は芸能界や音楽界に対して、そういう目線で見ている。

それだけの衝撃を与えるのが芸能人や各界の有名人の覚せい剤による逮捕だ。

音楽界を賑わしている数々のアーティストが疑われ始めたら、せっかくの才能が開花しないまま枯れていく。

真摯に音楽と向き合っている若き才能にまで影響を与えかねない覚せい剤で染まった世界がある衝撃は、若者の夢も希望も奪うかもしれない。

可能性があるなら全て排除すべき、散々「反社が…」と最も気を付けなければいけない業界が、真っ黒にまで染まってちゃこれ以上の繁栄は無い。

「マッキーだけ」と言われればそれまでだけど、本当にそうなのか?

あまりにも自然に音楽業界の隣に覚せい剤があるような気がしてならない。

私は個人的にマッキーが作った曲が好きです。

今でも元気付けられる瞬間がある。

マッキー以外にも大好きなアーティストがたくさんいる。

どうか。

これ以上。

ファンである私達を悲しませないでください。

悪しき関係を断ち切ってほしい。

音楽はこれからも私達に必要。

でも覚せい剤は必要ない。

小言
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心優しきあなたにお願いがあります。

お見苦しい点が多々ある私なりの文章をここまで読んで頂き、本当にありがとうございます。改めまして、執筆者のdaimaruです。

この度、DONGURILOGという日記サービスを共同運営させて頂く事になりました。

シンプルに伝えると、「みんなで日記を書くスペース」になります。

かれこれ数年このブログを続けて思った「ひとりで更新し続ける難しさ」を解消しつつ、多くの価値観を共有しながら楽しめる場所です。

まだ始まったばかりのチャレンジではありますが、多くの方に使って頂きたいと思っています。

ここまで私が書く、しがない文章を読んで頂き、目もお疲れかと存じますが、どうか、最後に、私の渾身のワガママを聞いて頂けないでしょうか?

無理なお願いをしているのかもしれません。

でも、「日記を書く」には多くのポジティブな効果があります。今日一日を振り返るだけで多くの気付きがあります。

じらしてすみません。

一緒に日記を書いて頂けないでしょうか?

私は多くの人と日記として記録を残す毎日を過ごしたいと思っています。

そしてそれがきっかけで多くの人が救われる瞬間があるんじゃないかと思っています。

私が求めているのは募金や署名ではありません。

シンプルにあなたが持つ価値観や考え方です。

本来「日記を書く」は一人で行う趣味的な存在なのかもしれませんが、それを多くの人と同じスペースで書く楽しさを大声で主張したい。

「うおー!」です。

是非一緒に、DONGURILOGで、日記を書きましょう!

自分の為になり、誰かの為にもなる。

そんな最高のスペース作りにご協力ください!宜しくお願いします!

あれんじ

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