男として、女の子に「男らしくないね」って言われると、なんかちょっとムッとする。
別に男は男らしくするのが正解だと思ってるわけじゃないけど、恐らく私が「男らしさ」を求めているタイプの人だからだと思う。
どこかで「男らしさ」を魅力として捉えているのだ。
だから誰かに「男らしくないな!」とか言われるとハートに火が付く。
「じゃあやってやるよ!」と熱く燃え上がる。
その熱さに男らしさを見出したりする。
でもね、よく考えると意味がわからないんだよ。
みんなで行った食事で「今日奢りですか?」と突然言われ、「え?なんで?」って言ったら「男らしくないなー」と返され、「払うに決まってんだろ!」と燃え盛る私。
ああ、間違いない。
騙されている。
今日も誰かの手のひら。
男らしさを求めるが故に、それを逆手に取られて大損だ。
バカだろ?
私はバカなんだよ。
男らしさに飲み込まれたバカ。
みんなは今日もカモが来たと思ってる。
それでもネギを背負って行くのです。
そんなアホな男の思い出話。
先生や親に反抗するヤンキー。
学生の頃、クラスに必ず1人はいたヤンキー。
今はどうかわからないけど、私の時代には必ずいた。
反抗的な態度で授業を妨害したり、タバコを吸ってみたり、暴れて誰かに迷惑をかけたり。
学校外でも煙たがられるトラブルメイカーさ。
私は学生の頃、そのヤンキーに男らしさを見出した。
たまに先生に反抗したり、親に歯向かったり、子供と大人の狭間で宙ぶらりんな時期の男らしさを求めてた。
今考えればシンプルに意味不明だった。
そこに男らしさなんて一つも無くて、ただイキってる少年であった。
でも当時は何があっても「気に食わない顔」をしてた。
なぜか学生の頃ってヤンキーが注目の的になる感じがしない?
今考えるとあの視線は間違いなく「ウザい」って意味だったんだけど、当時は少しでも早く大人になりたかったから気付かないんだよね。
大人って自立してるって意味だと捉えてたし。
だからまだまだ自分は子供で、誰かに様々な事を「教わる側」ってのが気に入らなかった。
早く大人になりたかった。
「俺は1人でやっていけるんだ!」って思って意味がわからない精一杯の主張が無駄な反抗を生んだ。
今になって思う。
マジでアホだった。
そんな反抗をしなくても歳を重ねりゃ大人になる。
心はどうかわからんが。
反抗するなら勉強してた方が有意義だ。
学生の頃、私はヤンキーになれば「男らしいんだ」と勘違いしていた。
ヤンキーが男の中の男だと思ってた。
ケンカが強けりゃそれで生きていけると思ってた。
どうだ?
アホだろ?
それから「男らしさ」を探す長い旅が始まった。
大盤振る舞いの貧乏人。
勘違いしながらの学生時代もあっという間に過ぎ、学力から逃亡し続けた私は、アホのままSNSから発信される「セレブな生活」に憧れた。
当時、奴らはネオヒルズ族と呼ばれ、「金持ちになる為のセミナー」を各地で開催していた。
聞いた事がある人もいると思うが、正直、胡散臭いのだ。
流石の私でもそれはわかった。
セレブな生活に憧れてはいたけど、「なんか違うな」と思ってた。
だって、出来ればそのセミナーに参加するんじゃなくて、セミナーを開く側になりたかったから。
じゃないとセレブにはなれないでしょ。
搾取されるだけだし…って思ってたわけです。
この時、私は男らしさを「金」だと思っていた。
金こそ男らしさの象徴だと信じていたのだ。
そこで、身近な知り合いにネオヒルズ族セミナーに参加してる奴を探した。
そしたら、いたのです。
セレブになりたい私はすかさずそいつにFacebook経由で連絡。
当時はFacebookみんなやってたな…。
デカデカと自分の経歴を公開してた。
なんでだろうか。
そのネオヒルズ族の子分みたいな奴のタイムラインにはとんでもねーセレブらしい生活が綴られていたのです。
海外の綺麗な海で小洒落た甘ったるいカクテルを片手にサングラスをかけて「ちょっと時間があったのでビーチに」と一言添えて。
フレンチのメニューみたいな感じ。
それが知り合いにいたら誰でも気になるだろうさ。
だから連絡した。
そしたらテンプレみたいな返事が来て、「セミナーに参加すればわかる」と言われた。
怖くなって画面を閉じた。
「絶対テンプレやん」
それしかツッコミが出来なかった。
しばらくして、再びそいつのFacebookを覗いたら更新が止まっていた。
不思議に思った私はそいつの周りの人脈を辿って直接連絡を取ることに成功した。
もうこうなったら週刊誌の仕事みたいだけど、更新が止まったら止まったで気になるんで仕方がない。
で、そこで聞いたのはなんと、想像の範疇を少しも超えない普通の話だった。
「お金を稼ぐセミナーに参加させる為にセレブぶった生活を自費で演出してたけど、金が先に尽きた。」
ダセェな。
だと思ったわ。
男らしさは金だと思ってたけど、どうやら違うらしい。
そいつとはそれっきり連絡を取ってない。
普通過ぎて興醒めしてから連絡を取る気さえ起きなくなった。
今頃どこかでガチなセレブ生活を送っていると願っている。
優しいだけで取り柄なし。
社会人になれば、ほぼ仕事の毎日となる。
大した仕事にもありつけない私はいわゆる何流企業かもわからない会社で教育動画の編集作業に追われていた。
つまらない毎日だったけど、みんな良い人で、若造だった私に色々な事を教えてくれた。
家族が出来ると大変だって事。
家のローンを組むと身動きが取れなくなる事。
車の二台持ちは現実的ではない事。
教師はピンキリだって事。
本当にどうでもいい事ばかりありがとう。
感謝しかない。
そんな中、社内で結婚の報告があった。
こっそりと恋を育んでいたらしい。
知らなかった私は驚愕したが、注目したのは結婚した理由だった。
「こんなに優しい人はいないと思いました。」
これまでヤンキーやらセレブやらに「男らしさ」を見出していた私にとってそれは衝撃でした。
新しい価値観。
「優しい男は男らしい」だ。
それを知った私はこれまでより断然優しくなった。
特に女性にはとんでもない優しさを見せた。
飯は奢る。
迎えに行く。
なんなら送る。
そんな事をしている間にあっという間に財布は空っぽになったが、女性からの連絡は頻繁に貰えていた。
もちろん食事や移動目当てだ。
数年後、あの日「こんなに優しい人はいません」と幸せそうに結婚した2人が離婚の危機に直面してる事実を知った。
旦那にこっそり話を聞いたら「優しいだけで中身が空っぽ」と言われ続けて嫌になったらしい。
男らしさは優しさだけではない。
どうやら女共は男の優しさを都合よく使える生き物らしい。
こえーな。
知らない間に金を盗まれた気分になった。
やっぱり私はアホです。
筋肉こそ正義。
私も今では家族を持つ存在になったが、まだ「男らしさ」の決定的な意味を掴めていない。
ある日、テレビをつけたら松本人志がムキムキになっていた。
「なんで?」
と思った。
で、次に金髪にしてた。
金髪マッチョ。
「家族を守る為」らしい。
それが本当かどうかはわからんが、「強そう」なのは確か。
で、私は悟った。
やっぱり「強そう」は「男らしい」んじゃないかと。
幸い知り合いにジムで毎日ハードワークしてるハイパームキムキブーメランパンツ野郎がいたので、それなりに「筋肉の付け方」について学んだ。
実は食事が大事な事。
プロテインには様々な種類がある事。
ソイと呼ばれるプロテインは女性がダイエットする時に飲む機会が多い事。
困ったら懸垂しとけば良いとの事。
筋トレしてからタンパク質を取れとの事。
実はゲイな事。
色々教わって、それなりの知識を持っていざ臨んだ筋トレ。
その年の大晦日にボブサップが格闘技で戦ってた。
試合前の解説によると、あの筋肉は柔らかくしなり、力を入れれば一瞬で鋼鉄のように硬くなる最高の筋肉だと言っていた。
運命のゴング。
ボブサップはかすったパンチにめっちゃ痛そうな顔をしてリングに沈んだ。
私は思った。
「筋肉があっても強いわけじゃない」
まさに「強そうに見える」なんだと思った。
男らしいかどうか。
どうだろう。
ボブサップはとても優しい人な気がしてならなかった。
私が求めてる男らしさも、ここにはなかった。
ムキムキの奴らは何故か浅黒いが、あれはなんでか。
ムキムキになりゃわかるかもしれない。
「男らしくない」に踊らされるな。
もしあなたが、誰かに「男らしくない」と言われたとして、それに傷付き、平伏しそうになっているなら、言っておきたい事がある。
「男らしさ」の答えなんてないぞ。
ちなみにうちの娘は私が「お父さん男らしいか?」って聞くと、「うん。」と言ってくれる。
聞かれた事の意味を正確に捉えているかわからないけど、それだけで良い気がするのです。
男女の好みなんて人それぞれだ。
私にゲイの好みはわからん。
ゲイになりゃわかるかもしれないけど、なろうと思ってなれるもんでもない。
全人類の男らしさなど追い求めた所で絶対に手に出来ない。
これはアホな私でもわかる。
無理だ。
でもね。
最愛の人にだけは「男らしい」って言ってほしいじゃん。
アホでもそれなら出来る気がするのです。
そして、それが実は一番大事なんじゃないだろうか。
もし最愛の人から「男らしくない」って言われたら、またその時考えるよ。
どうか感想をください。