「働きたくない」のにいつもそこに「仕事」がある

仕事

考え過ぎてしまう日がたまにある。

そんな日は思考が変になる。

良くわからない方向へ。

そして行きついた先。

 

私は「人」という仕事をずっとしているんじゃないか。

 

仕事という言葉の「響き」からは想像出来ないが、なんだかそんな感じがしてきた。

 

そもそも私は「働きたくない」タイプの人間。

ただ、人として生活しようとすると、どうしてもお金が必要になる。

お金をどうやって手に入れるのか。

働かないといけない。

 

狩人だとしても、手に入れた獲物だけで生活は出来ない。

 

捕らえた獲物を持って、違うものと交換してもらったり、お金と交換してもらったりする。

仕事をしなくてはいけない。

そもそもどうして仕事をしなくてはいけないのかと考えた時。

思った。

 

人だからかもしれない。

 

私は人だからどうしても食べ物が必要になる。

その時点ですでに働いている。

 

「食べる」は人を維持する為に必要。

 

お腹が空くのだから仕方がない。

食べる方法以外にそれを満たす術を知らない。

だから働く。

食べる為に働く。

 

人でいるには働かなくてはいけない。

 

人でいることがすでに仕事になっている。

 

気がする。

 

スポンサーリンク

「仕事」と「働く」は違う。

本当はわかっている。

「働きたくない」は成り立たない。

自分を維持する為にそれ以外の方法を見つけることが出来ない。

 

どんなに考えても、

必要最低限の食料が必要。

 

のども乾くしお腹も空く。

その本能の欲求に従い、働くことを余儀なくされる。

 

散々働いて、誰よりも頑張って、

「今は働かなくても大丈夫」

っていう人はいるかもしれない。

 

誰かに働いてもらう事で食料を得られる人もいるが、

誰かに働いてもらう環境を「働いて」作っている。

 

本当に何もしないで、働かないで、「人」でいることは難しい。

 

どこかにその方法を知っている人がいるかもしれないが、

私はどんなに想像してもその域に辿り着くことが出来ない。

 

それでも実際は「働きたくない」タイプなのだから困った。

 

そうなると、「散々働いて」後々楽をする方法しか思い浮かばない。

でも働きたくない。

 

働きたくないから「働く」選択をするしかない。

 

どうせ働く。

 

世の中には、

自分よりも先に出世する人がいて。

自分よりも勉強をしたからこそ優秀な人がいて。

自分よりも優れた才能を持っている人がいて。

自分にもそれなりの才能が眠っているかもしれなくて。

でもそれはまだわからなくて。

結局好きな事をやってみるけどまた新しい「何か」に胸を躍らせて。

そこそこの我慢とそこそこの努力でそこそこの生活をしていて。

 

「働きたくない。」

 

と言いながら結局働くことになる。

 

わかっているけど言いたくなる。

 

「働きたくない。」

 

わかってはいるけど言わせてほしい時もある。

 

「働く」選択。

「仕事」という文字。

あまり深い意味は分からないが、見たままだと、

 

人でいる事。

 

だと思っている。

たぶんその他の意味はたくさんあるのだろう。

でも自分は「人である事」が仕事だと思っている。

その方が働く事への抵抗が少し減る。

 

仕事の為に働く。

 

人でいる為に働く。

 

意味的に同じにしてみる。

人でいる以上「仕事」はやめられない。

かもしれない。

でも、

方法によっては「働く」は辞められる。

 

生涯生活出来るお金を溜めておけるのならそれも叶う。

 

お金は食料に交換出来るツール。

そして腐ることもない。

最高のアイテムだと思っている。

 

お金というアイテムをたくさん持っておくと安心する。

 

お金というアイテムを得るのに最もシンプルな方法が「働く」だと思っている。

 

私は決して頭が良い方ではない。

真面目な方だとは思っている。

 

結局「働く」でしかお金というアイテムを得る術を知らない。

 

食料で保存するよりも「お金」で保存した方が長持ちする。

お金は腐らない。

賢い保存方法だと思う。

 

ただ、甘ちゃんな私はやっぱり「働く」が好きではない。

 

今は働く以外の方法をなにも思いつかないし、知らない。

 

だけどこれから先、

「働く事」で自分なりの「働かない方法」を見つけることは出来るかもしれない。

 

夢のような話ではあるが、

それが結局のところ一番の近道だと思っている。

 

私には、

大した才能もなく、努力も人並み以上は出来ない。

年収にしたら年齢の平均から考えても著しく低い気がしている。

これまでチャレンジした全てで一番になったことはない。

だけど、

いつも、

いつでも、

「働く」という選択は残されていたような気がする。

 

これはすごく有難いことなのかもしれない。

 

欲を満たす。

世の中には多くの人がいる。

お金というアイテムをたくさん欲しいと考える人。

必要最低限の食糧だけで十分と考える人。

 

欲望の大きさの差なのか、

知識の差なのか、

生まれた環境なのか、

そもそも携わっているのかはわからない。

 

ただ、どちらも「仕事」を全うしていると思う。

どちらが偉いってわけでもなさそう。

明日には考え方が逆転しているかもしれない。

 

目に入ったものが「キラキラ」しているから欲しくなる。

情報や知識から「キラキラ」していると想像して欲しくなる。

知らなかった世界に「キラキラ」を感じて飛び込みたくなる。

 

全部の欲を満たしたら、どうなるのだろうか。

次の欲に目覚めるのだろうか。

 

私は欲がないと「働きたくない」気持ちを超えられない。

 

多くのお金を手にしたい欲望。

必要最低限のお金で良いという欲望。

それを誰かに伝えるべきという欲望。

知りたいと思う欲望。

眠たい、食べたいという欲望。

働きたくないという欲望。

 

誰にでも欲望はある。

 

人でいることが「仕事」なら、

仕事は欲望で出来ている。

 

「どんな仕事に就きたい?」

 

私なら、

働かないで、多くのお金を得られて、やりがいを感じるもの。

 

と答える。

 

欲望に従って生きてるわりにはいつもすぐには出来ない事ばかりを求めてしまう。

 

でも、いづれその欲望も満たせるんじゃないかっていう期待もしている。

 

「夢はでかいほうが良い」って子供の頃に大人が言っていた。

 

でかい夢ってのがなんなのかよくわからない。

 

でかい欲望っていうことなのだろうか。

それとも多くの人が「やりたいけど出来ない」ものなのだろうか。

 

せっかく与えられた「仕事」なのだから欲望は満たしたいといつも思っている。

 

必要なものは。

自分が生きる為に、仕事を全うする為に、

必要なものはなんだろう。

 

「それは今、本当に必要か?」

 

そう言われて、深く考える。

よく考えてみる。

たくさん考えてみる。

 

「今は、必要じゃないかもしれない。」

 

欲望はあっても「本当に必要なもの」はいつも少なかったりする。

わかってはいるけど、皆、必死に仕事をする。

 

皆が必死に仕事をするから魅力的に見えるものがある。

 

だからそれが欲しくなる。

 

何かを売る為に必死になれば、そのアイテムはすごく魅力的に見えたりする。

魅力的に感じてしまえば、「今」必要なくても欲しくなる。

 

欲しくなってしまったから、私はそれを手に入れる為に頑張って働いたりする。

 

価値があるものが多過ぎてもう意味がわからない。

 

私にとってはガラクタでも誰かにとっては宝。

 

必要なものになる。

 

自分を維持する為に必要だと感じているのならその欲望に従う。

 

「間違っている。」と感じてもつい手を伸ばしてしまう。

 

誰かに手を伸ばしてもらえるように「働く」人だっている。

それを仕事としている人もいる。

 

「それは今、本当に必要か?」

 

もう一度考えてみる。

 

「あった方が嬉しい。」

「あった方が楽しい。」

「あった方がテンションが上がる。」

 

単純に「欲しい」のだと思う。

 

わかっているけど手を伸ばす。

 

本当に必要なものなんてわかっている。

 

皆、絶対にわかっている。

 

わかっているけど欲しいものは欲しい。

 

その為に働くのも「仕事」であって、人として生きるってことで、「働く理由」になって、欲望を満たす方法であって、

 

その見返りが、今後大きな後悔としてやってきても、

 

構わない。

 

私にはそう思えてしまう瞬間がある。

 

でも基本的に働きたくない。

 

欲望が「仕事をしろ!」と私に訴えかけてくるものだから、

「つい働いてしまう」のかもしれない。