攻めなきゃ守り方はわからないし守らなきゃ攻め方はわからない

メンタル

スポーツに例えるとすごく分かり易いのかもしれない。

例えばサッカーで、自分がめっちゃ攻める選手だとする。

もうストライカー的ポジションでバシバシゴールを決めている。

有名人。

気持ちが良いくらいの有名人だとして、その選手を封じる為に多くの選手が「ストライカー封じ」を考える。

そして実行する。

それでも止まらない。

ストライカーはゴールを量産していく。

あんまりゴールを量産するものだからもっと優秀な「ストライカー封じ」が生まれる。

ストライカーを封じる為にめっちゃ練習する。

めっちゃ成長する。

守りの成長。

それがないと「あのストライカーは止められない」と誰もが考えている。

ある時。

ストライカーを封じた選手が現れる。

その選手の守り方を多くの人が観察する。

そして真似をする。

ストライカーは得点が取れなくなった。

あんまりバシバシゴールを決めてくるものだからそれを止める技術がグングンレベルアップ。

ストライカーにとってはいい迷惑。

だけど全体的な「守り」っていう面では成長。

ガンガン攻めて来る奴がいるから守りが成長したのだと思う。

そうなると、次は攻めが成長するターンになる。

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「守り」を成長させるのは「攻め」である

もうそのままっす。

守りを成長させる為に必要なのは攻めです。

スポーツだけじゃなくて、きっと私生活の中でも同じような事が言えると考えております。

普段の自分ってこれまでの経験の中で物事を判断している気がする。

「これ以上はマズイな。」とか「まだまだいけるぜ!」とか。

その判断ってこれまでの経験が勝手に感覚でそうさせているような気がしている。

誰かにめちゃくちゃ怒られたことが記憶に残っているなら「これ以上はダメなやつ」って線が無意識に引かれたりする。

勝手にそうなる。

ただ、そこまで攻めないとわからない。

そこまで攻めたからこそ怒られたわけです。

まぁ。

「怒られる程攻める前に気がつけよ」って話ですけどね。

それでも怒られた経験って結構活きる。

ショックだから。

今後は「やらないようにしよう」って思う。

記憶に焼き付けられるのよ。

誰かに不快な想いをさせるのって後々めんどくさくなったりするし。

怒られることだけクローズアップすると「悪いこと」がメインな感じがするけど、仕事でも同じような感じがするのです。

めちゃくちゃ頑張って利益を出したとして攻めたからこそ得られた利益は守りたい。

立場もそう。

役職もそう。

頑張って攻めて、やっとの思いで手に入れたものだからこそ「守りたくなる」ってのがあるんじゃないだろうか。

家族だってなんとなく作られるわけじゃない。

恋だってなんとなくこなして幸せになれるわけがない。

頑張って得たものだからこそ「守りたい」し、攻めてやっとの思いで手に入れたからこそ「守りたい」んじゃないかと。

大事にする想いも生まれる。

攻めないと「守り方」や「守るもの」がわからなくなるかもしれない。

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「守り」だけだといずれ崩壊する

つくづく感じる。

守ってばかりいるだけじゃ衰退していく。

時には突拍子もないアイデアが必要だし、思い切った決断が必要だったりする。

守りばかりを続けることでそういった岐路に立たされたりする。

急にね。

ほんと急に。

その時ってたぶん「守り続けたんだから今度は攻める時」なんじゃないかと思うのです。

良い子にし過ぎててあまりにもストレスが溜まったから爆発したり、仕事でこれまで頑張って作ってきた利益が無くなって尚且つマイナスに転じたり、順風満帆だったのにそれが崩壊した時。

それを感じた人の中には「窮地に立たされた」って思うかもしれないけど、本当にそうだろうか。

気が付いたら「守り」だけに専念してなかっただろうか。

守ることだけがメインになっていなかっただろうか。

崩壊したんだからしょうがないじゃない。

攻める時。

だからと言って何をするのかわからないし、これからどうなっていくのかわからない。

でも攻めなきゃ守れない。

守るものを得られないと守るものすらない。

まさに崩壊状態です。

攻め時。

守るものが無くなれば攻めるだけ。

逆に身軽になったのかもしれない。

逆に新たな目標を得たのかもしれない。

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守りながら攻められる人はマジで器用

私はそういう人になりたい。

守っている時でも攻めの機会を常に伺っているような賢い人。

嗅覚が優れている人に。

攻めながら守る人に。

なんと器用な事か。

人って夢中になる生き物じゃないですか。

だから私は「これ!」って決めたら基本的にそれしか出来ないわけです。

なんと不器用な事か。

だから守りが崩壊しないと次の一手を打たないのです。

それだと遅い、と言うか、背水の陣。

いつもそんな岐路に立たされる。

さっきはポジティブな考えとして「攻め時」だとは言ったけど、私はどっちかというと「絶望」を真っ先に感じるのです。

そこで頑張って攻めに転じてうまくいけば、「あの時は実はチャンスだったのかもしれない」とか悟ったようなポジティブ発言も出るでしょうけどね。

実際その岐路に立たされている時は「それどこじゃねぇ!」って感じです。

だからこそ「この先起こり得るネガティブに備えて実行出来る人」が羨ましい。

たまーにニュースで「何かに成功して大金持ちになった人」がその後「脱税とかでバシバシ叩かれるパターン」になるあれ。

調子に乗るとぶっ叩かれるらしい。

大金持ちになったことが無いからわからないけどね。

攻め続けて何かの拍子に「ドッカーン!」と大きな利益を手に入れたとしたら、そこから発せられるネガティブをすくって丁寧に消していかないといかない。

攻めながらの守り。

それが出来てれば今頃安定の大金持ちになってたのかもしれない。

知らんけど。

MAXで100ある自分の力を上手にバランスを取りながら「30対70」にしたり「60対40」にしたり「90対10」にしたり。

上手な人は本当に上手だ。

たまに「100対0」にしたりもする。

それが上手な人はバカなように見えて実は策略家で、「100対0」を敢えて演じたりもする。

攻めに転じたように見せかけて攻められた所を刈り取る。

みたいな。

器用過ぎるだろ。

そういう人って大企業の社長さんに多い気がする。

それか今成り上がってる途中の人。

プライベートではめっちゃテンションが低い芸人みたいな感じ。

自分を爆発させるポイントがわかってる人って器用だね。