サラリーマンが面白いなら人生はバラ色だ

仕事

まず最初に、サラリーマンとは、役員や医師、弁護士などの専門職を除いた、給与所得がある人の事です。

って考えると、世の中ほとんどの人がサラリーマンなんです。

それなのにまだまだ社会の仕組みも知らないクソガキ共は「俺はサラリーマンなんかにならねぇ!」とか言う。

サラリーマンの何を知っているというのだ。

夢が無い?

面白くない?

会社の言いなり?

ダサい?

イヤイヤイヤ。

人によるけど本当は夢があって、面白くて、目指す未来があって、カッコいい存在なんよ。

サラリーマンを「普通」だなんて思う奴は何も知らない。

はっきり言ってやるよ。

サラリーマンを面白く感じられるなら人生はバラ色だ。

それが出来ないガキ共はせいぜい自分が面白いと感じる狭い価値観の中で生きるがいい。

世の中のほとんどの人がサラリーマンなんだ。

正直、普通だ。

でもその普通を「面白い」と感じられたら最強だろうが。

何をやったって楽しめるようになる。

サラリーマンを楽しめなきゃ人生は損をする。

だったら楽しもう。

今回はサラリーマンをどれだけ面白く出来るか考えてみたい。

いや、結果的に全ての仕事を面白くしたいのだ。

サラリーマンをバカにする全てのクソガキ共に後悔させてやるよ。

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サラリーマンをジャンルにするな。

サラリーマンを知らずに真っ向から否定するような奴は「サラリーマン」っていう仕事があると思ってる。

ジャンルやカテゴリーとして「サラリーマン」を認識してる。

だから「どんな仕事なの?」って疑問も生まれない。

条件反射で毛嫌いしてる。

サラリーマンはジャンルでもカテゴリーでもない。

ほとんどの「働く人」を指して使う言葉だ。

だからそこにイメージは生まれないはず。

「夢が無い」とか、「面白くなさそう」なんてのは想像出来ないはずなんだよ。

ところが少し大きめのスーツでハゲたおじさんのイメージが「サラリーマン」の幅広い認識になってる。

若者はね。

「ああはなりたくない象徴」みたいな立ち位置になってる。

そんなバカな。

サラリーマンは仕事内容やハゲたおっさんを指す言葉じゃない。

たまに、誰かが「サラリーマンがこの国を支えている」とか言うけど、世界の基準だからね。

なんなら世界を支えてる。

そんなサラリーマンをジャンルやカテゴリーで認識して、「超普通でつまんない」と言うにはあまりにも浅はかだ。

サラリーマンによって支えられている世界で生きているのがお前なんだよ。

サラリーマンが土台どころか全てを作ってる。

その地を踏みたいのなら感謝しろ。

崇拝しろ。

有り難くその上に立て。

サラリーマンへの感謝が足りなさ過ぎる。

「いつも世界を支えてくれてありがとう」だボケが。

その上に気取って立つ奴なんざ振るい落としてやるよ!

やり甲斐は与えられるものではない。

サラリーマンをバカにする奴は大概「やり甲斐がない」とか言う。

別にそれはサラリーマンに限られる事じゃない。

どんな仕事でも一緒。

「やり甲斐」ってのは与えられるものじゃない。

自分で見い出すものだと思う。

誰かに仕事を与えられようが、自分で仕事を選ぼうが「やり甲斐」は自分で見つけるんよ。

クソガキにはそれは分からない。

サラリーマンに「やり甲斐がない」と思っている。

アホが。

んなわけあるか。

むしろ与えられる仕事の中で「やり甲斐を見つける楽しみ」すら味わえない奴は仕事に対してネガティブなイメージしか持ってない。

口癖が「仕事したくない」って奴に多い。

与えられた仕事をこなすだけなら誰でも出来るだろ。

でもそれだけじゃ何をしていても面白くないでしょ。

そこから先の「やり甲斐」を見つける作業は職種じゃなくて、本人の選択次第。

アルバイトは社会的地位が低いと思ってるアホが多いけど、やり甲斐を感じて誰よりも前向きな気持ちで働いてる人がいる。

超一流企業に勤めていても、やり甲斐を見つけられずにただなんとなく毎日を過ごしている奴よりよっぽど楽しい日々だと思うけどな。

偏差値の高い学校に行く事も、倍率の高い一流企業に行く事も、「凄い!」って素直に思えるけど、だからってやり甲斐を与えてもらえるわけじゃない。

サラリーマンに対して「やり甲斐がない」と思っているなら大きな間違い。

どんな仕事だろうが目標を持って、やり甲斐を見い出して、前向きな毎日を送れる。

それを諦めてるのはサラリーマンじゃない。

お前自身だろ。

本人が楽しければ仕事はハッピーだ。

やり甲斐も含めて、仕事に楽しさを見つけるのは自分。

で、仕事ってのは人生の大半を占めている。

時間で言うと…人生なんてほぼ仕事だ。

それか寝ているか。

そんな大部分を占める仕事を誰もが適当に考えるわけがない。

与えられて、指示されて、失敗して、反省して、辛い思いをしながらもどこかで楽しみを見つけようと必死になる。

そりゃそうだ。

だってほぼ毎日仕事をするんだから。

誰だって「仕事は楽しい方がいい!」って思ってる。

でも現実はそんなにうまくいかなくて、わかっていても突破出来ない。

多くの人が思い通りにならないジレンマと戦っている。

会社に勤めていれば「やりたくない仕事」は沢山ある。

「やりたい仕事」だって沢山あるのに…。

みんなバランスを取りながら仕事を続けたり、転職したり、学校に行ったりを選択してる。

全部が全部「その先にある楽しみ」の為なんじゃないの?

その道の途中で「面白くない」とか「迷い」があるのは当然だ。

最初から最後まで楽しかったら「楽しみ」なんて見つけられない。

世の中には沢山の人がいて、その量だけの価値観がある。

同じ仕事をしていても「面白い」と思う人がいたり、「面白くない」と思う人がいて当然なんよ。

本人が考える「楽しみ」や「幸せ」に向かって日々を生きてるのに、アホは「サラリーマンはつまんない」とか言う。

他人の価値観を否定したいならまずお前が先に誰もが羨む生活や仕事を手に入れてみろよ。

もしそうなったとしてもお前を否定してくる奴が必ず現れるけどな。

だって沢山の人とそれだけの価値観があるんだから。

こんな話は永久ループだ。

ただ、本人が楽しけりゃ仕事もハッピーになる。

誰かを否定するんじゃなくて、自分の満足を求めてればそれでいいんじゃないのか?

今を乗り越える力は「楽しい未来」を想像しなきゃ手に入らないだろ。

何も諦めてないんですが?

ここまで文句を含めてベラベラと書いてきたけど、みんながみんな何かを諦めてサラリーマンになったわけじゃない。

ちょっと昔の話になるけど、

高校の入学式に友人が2人いて、その2人の態度の違いですごく考えさせられた事がある。

片方はふてくされてる。

片方はワクワクドキドキで満足そう。

なんでかわかる?

「滑り止めで受かった」か「第一志望に受かった」かの差なんよ。

そもそも行きたくない学校に行くしかない選択と、願って勝ち取った選択の違い。

これだけで入学式のテンションは天と地の差が生まれる。

その後、滑り止めで受かった友人は悔しくて、その学校で成績が一番になれるように頑張った。

で、その先で第一志望の大学へ進学した。

一方入学式で満足してた友人は舞い上がって、遊び呆けて、希望通りの進路は選べなかった。

これ。

2人とも別に諦めたわけじゃないんよ。

納得してるわけでもない。

挫折するタイミングが違っただけ。

サラリーマンだって一緒だ。

どんな会社にいたってそれぞれが各々のタイミングで何かを感じて先に進む。

どんな感情がやる気トリガーかはわからないんだよ。

気持ちに個人差はあるけど、誰一人として自分の人生を諦めたわけじゃねーよ。

挫折なんてそこら中に落っこちてるんだからただのきっかけに過ぎないんよ。

どんなにデカイ挫折でも、人生は終わらない。

私はそう信じてる。

今の感情をどんなに大切にしたってどっかでまた挫折はやってくる。

どうせやってくる。

だったら迎え討とうぜ。

キャリアを舐めてもらっちゃ困ります。

社会人になると、学生の頃と違って、わかりやすいテストの成績や持ってる資格だけでその人の全ての評価とはいかなくなる。

転職するのも当たり前になってる世の中で学歴や資格以外で社会人を評価するもの。

それはキャリア。

何年間、どんな仕事を、どんな環境でしてきたかどうか。

これ、ほぼサラリーマンにしか出来ない事なんです。

サラリーマンだからこそ明確なキャリアを積み上げる事が出来る。

会社で得た知識、経験した役職、会社にもたらした利益。

世の中のほとんどの人がサラリーマンだからこそ重要視されるキャリアがある。

「サラリーマンじゃなきゃキャリアを積めないのか?」と言われればそうじゃないけど、会社に勤めればそれが明確になる。

自分一人でやっているならそれなりの「証拠」が必要になったりする。

結果を出して、それを積み上げた証明。

サラリーマンならそれが当たり前に積み上がっていく。

で、もし転職となれば優遇されるポイントがあるし、同じ会社に勤めていても昇給のチャンスを得られる可能性もある。

サラリーマンをバカにする奴は「キャリアなんて…」と思うかもしれないけど、時間を掛けなきゃ手に入らない貴重な経歴なんだよね。

つまり、「キャリアがいる」と思った瞬間から続けていかなきゃ手に入らないものなんよ。

人生を捧げなきゃ手に入らないんだよ。

キャリアを舐めちゃいかん。

実は今すぐには絶対に手に入らない圧倒的な結果である。

面白くないなら違う道を探せばいい。

ここまでサラリーマンがいかに凄くて世界にとって大切な存在かをダラダラと書いてきたけど、別に推奨してるわけじゃない。

人には向き不向きがある。

私が言いたいのは、どんな生き方をしたって「楽しい」って思えなけりゃもったいないって事なんです。

今は辛くてもその先に「楽しい!」が待ってるなら頑張れたりする。

それはどんな仕事をしていても一緒。

今は面白くないし、これから先も「楽しそう!」が待っていないと感じるなら別の道を行けばいい。

気に入らないのは「サラリーマンは面白くない」と決めつけている奴がいる事。

他人は関係ないでしょ。

問題は自分の中にしかない。

自分が感じる「面白そうだ!」って興味の先にサラリーマンがあってもいいだろ。

結果的にそうなる事もあるだろ。

「面白くない」=「サラリーマン」って考えはやめろ。

間違ってる。

「仕事」=「面白い」になるように生きる。

これが正解だ。

だってこれからもずっと仕事をしていくんだから。

私達は「生きる」って事すら仕事じみてるんだから。

「サラリーマンだから…」なんて言う奴はサラリーマンになれない勘違い野郎か自分で自分の道を切り開けないおねだり野郎だ。

どんな仕事でも楽しめる奴が一番強い。

毎日が楽しくてしょうがない。

楽しい未来しか想像してない。

だから辛い今だって乗り越えられる。

仕事が面白ければ人生はバラ色だ。

仕事
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心優しきあなたにお願いがあります。

お見苦しい点が多々ある私なりの文章をここまで読んで頂き、本当にありがとうございます。改めまして、執筆者のdaimaruです。

この度、DONGURILOGという日記サービスを共同運営させて頂く事になりました。

シンプルに伝えると、「みんなで日記を書くスペース」になります。

かれこれ数年このブログを続けて思った「ひとりで更新し続ける難しさ」を解消しつつ、多くの価値観を共有しながら楽しめる場所です。

まだ始まったばかりのチャレンジではありますが、多くの方に使って頂きたいと思っています。

ここまで私が書く、しがない文章を読んで頂き、目もお疲れかと存じますが、どうか、最後に、私の渾身のワガママを聞いて頂けないでしょうか?

無理なお願いをしているのかもしれません。

でも、「日記を書く」には多くのポジティブな効果があります。今日一日を振り返るだけで多くの気付きがあります。

じらしてすみません。

一緒に日記を書いて頂けないでしょうか?

私は多くの人と日記として記録を残す毎日を過ごしたいと思っています。

そしてそれがきっかけで多くの人が救われる瞬間があるんじゃないかと思っています。

私が求めているのは募金や署名ではありません。

シンプルにあなたが持つ価値観や考え方です。

本来「日記を書く」は一人で行う趣味的な存在なのかもしれませんが、それを多くの人と同じスペースで書く楽しさを大声で主張したい。

「うおー!」です。

是非一緒に、DONGURILOGで、日記を書きましょう!

自分の為になり、誰かの為にもなる。

そんな最高のスペース作りにご協力ください!宜しくお願いします!

あれんじ

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