自分の人生の盤上で動かす駒は全て把握しておかなきゃ

小言

私は人混みの中をかき分けて進むようなタイプの人間ではない。

気が小さい方ではないと思っているけど、そんなに大きくもない。

いつも誰かの目を気にするし、誰かが元気が無い時にも敏感。

かといって圧倒的なリーダーシップを発揮する方でもない。

 

これまで誰かに合わせて生きるのが精一杯だった。

 

自分の意見よりも誰かが納得する意見を優先してきた。

誰かが喜ぶ方へ自然に流されていった。

そうこうしている内に意義を申し立てるようなことも無くなり、自然に社会の中に溶け込む。

その割にはいつも夢を持っていたりする。

 

その夢も誰かが共感してくれるようなものばかりだったけど、

そろそろ、

自分の為に選んでいかなくてはいけない。

自分の意見をしっかり伝えらえるようにならなければならない。

 

「私はこうしたい!」

 

自信があるわけじゃないけど、

その意見が伝えられないと自信がつくわけもない。

 

変わらなきゃいけない。

変えようと思っているだけでは何も変わらない。

変えなきゃいけない。

変えなきゃ変わらない。

 

変えたいから変える。

 

自分にはやりたいことや叶えたい目標がある。

それを叶えられたら、きっと自信がつくのだと思う。

 

自信を持つ為に出来るのは目標を達成すること。

それが一番の近道。

 

自分がどうなりたいのかもう一度確認したい。

 

そしてその自分に最短で辿り着きたい。

 

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人生の盤上でどう戦うか。

逆転劇。

絶対に忘れてはいけないことがある。

それは自分には「なんでも出来るスキル」が無いこと。

だから新たに起きた問題や立ち塞がる壁に対して、その全てを打破出来る力はない。

 

ただ、悲しいことに才能っていうのは必ずある。

 

自分にはどんな才能があるのかどうか、今はなんとなくわかる。

それなりに歳を重ねていけば気が付く。

 

持ち合わせていない才能を開花させる術を私は知らない。

 

でも不器用なりに得意な事もあるような気がしている。

なんでもこなせてしまうような器用な人に対して「羨ましい」とは思うが、自分はどう頑張ってもそれにはなれない。

将来への不安はいつもある。

だから「超えられない壁もある」事実を受け入れて、得意な分野で打って出る事にした。

悔しいけど、今更自分が不器用なことに悩んでも仕方がない。

 

そもそもこの世になんでも出来る人なんていないと思っている。

 

人には出来る事と出来ない事があって、

それを自分で理解して、

出来る事をやりながら、出来ない事をクリアする方法を模索していかなくてはいけない。

 

誰かに手伝ってもらうのか。

自分の力でクリアする方法を探すのか。

 

不器用なりに壁の超え方を考えていかなくちゃいけない。

不器用だからこそ考えなくてはいけない。

 

考えて、試して、失敗して、考える。

 

不器用じゃなくちゃ考えられない秘策は必ずある。

不器用なのは今更どうしようもない。

それをうまく活かす術を考えるしかない。

 

今はまだ諦めていない。

人生は大逆転劇を作り上げるのも面白いと思っている。

 

知らない答え。

今自分の目の前にはそれなりの困難がある。

毎日の仕事。

毎日の家事に育児。

それ以外にも季節ごとにそれなりの困難がやってきたりする。

 

一つクリアするごとに新しい困難が出て来る。

 

たまに困難を乗り越えるのをやめたくなる。

クリアするのを諦めたくなる。

 

諦めるのがクリアだったりする。

 

どうしても乗り越えられない困難だってある。

自分一人では解決出来ない問題もある。

それに対して諦める手段だってあっていいと思う。

 

だって自分は不器用だから。

 

出来ない事の方がきっと多い。

だけど出来ることもある。

出来る事が諦めることだったり逃げることならそれを選んでもいいと思っている。

 

逃げ続けた先にしか辿り着けない場所だってある。

 

そこが自分が戦うステージなのかもしれない。

これだけ多くの人がいて、様々な考えが交錯しながら世界を作っている。

きっと自分と同じことを考えている人だっている。

 

逃げたって諦めたって越えられる困難はある。

逃げる為に超えなくちゃいけない困難もある。

 

私は世界の全てを知らない。

たぶん世界の全てを知っている人なんてそんなにいない。

だから知らなくちゃいけない。

逃げたって諦めたって、自分が選択した道の在り方を「知る」んだと思う。

 

知っていれば対策は思いつく。

知っていれば可能性を探れる。

知っているからこそ乗り越えられる。

 

今はまだ知らないだけ。

 

知らなかった答えは、抗っても、逃げても、諦めても、挑戦しても、成功しても、失敗しても、手に入ると思っている。

 

まだまだ希望は溢れる程ある。

 

きっと知らないだけ。

知識の駒。

将棋で言うなら「知っていること」は駒みたいな感じで、

これまで得た知識そのものが戦力になる。

盤上でその駒をどう動かせば有利に戦局を動かせるのか。

 

失敗や成功を経験する程、自分が持っている知識の駒を使って「何が出来る」のか、少し先の戦局を予想出来るようになったりする。

 

もちろん様々な駒を持っている方が強いと考えられる。

むしろ考える必要もないくらいに強いかもしれない。

最強の駒を持っていればどんなに不利な戦局でも覆せるかもしれない。

 

その駒は才能だったり、経験だったり、知識だったりする。

 

私はそんなに強い駒を持っていない。

でも弱い駒だらけの盤上でも、戦局を覆せる可能性はある。

軍師になるわけじゃないけど、自分が今持ち合わせている駒で戦わなければいけない場面。

 

自分の人生を戦い抜くには駒の動かし方が大切。

 

どんなに強い相手でも、持ち合わせた駒でどう戦えば戦局を有利に運べるのか考える。

どんなに考えても「詰み」なら戦略を練り直すか、知識や経験という駒を新たに探す。

 

戦うことで得られる駒もあれば負けることで得られる駒もある。

 

駒は才能や経験や知識。

 

多くを知るには人生という盤上の上で、考えて、勝利と敗北を繰り返していくことだと思う。

大きな失敗を経て大きな成功を掴み取る。

 

極度の緊張感も、圧倒的な敗北感も、仰天の大逆転劇も、全部、自分の駒になる。

 

駒がある分だけ戦略の幅は広がる。

のほほんと生きているだけではダメ。

私は不器用だから。

強い駒は持っていない。

だからこそ考えなくちゃいけない。

 

今持ち合わせている駒で、どこまで戦えるのか。

 

詰んだ時こそ、

新しい駒を探すチャンス。

 

考え続けるからこそ、「あと、こんな駒があれば勝てる。」と思いつく。

 

把握する。

どうしても手に入れたい駒がある。

それが人生で言う資格や知識や経験なのか。

 

「手に入れたい駒がある。」と思うのは自分の人生の少し先を想像して、「必要だ」と思ったから。

 

考えた結果、その方が有利に物事を進められると感じたから。

考えれば考えるだけ、それなりの答えに辿り着く。

人生に打ち勝つ戦法を見出したりする。

 

実際にそれをやってみて、さらに先の戦局を予想する。

 

もしかしたら今は出番の無い駒を手にしたのかもしれない。

でもその内、使う時が来るかもしれない。

一度手にした駒はそんなに簡単に離れたりはしない。

 

手の内にあることで「もしこうなったらこの駒も使えるな。」と考えられる。

 

次から次に新しい駒を作り出したり、経験から得ることで、どんどん有利に戦局を進めていける。

その駒をどう活かすか。

不器用な私はそれが一番の問題。

 

むしろ多くの人がその悩みを抱えているんだと思う。

 

せっかく手にした駒の使いどころがわからない。

だからこそ考えなくてはいけない。

めちゃくちゃ深く考えなくてはいけない。

 

自分が今持っている駒が一体どんな能力を持っているのか。

一度盤上に並べてみなくちゃいけない。

全部出して、考える。

 

どうやって使えば有利に物事が進められるのか考える。

 

今持っている駒だけで、

もしかしたら、

誰もが驚くような戦法を思いつくかもしれない。

 

私はまだまだ考えなくちゃいけない。

今持っている駒を全部並べて、

どうやったら自分の人生を有利に進められるのか。

 

足りない駒があるなら足す努力をする。

今活かせる駒があるならいいタイミングで盤上に出す。

 

自分の駒は自分が把握しておかなくちゃいけない。

 

使う時が来たら、

その一手が必殺の一撃になる。