ずっと一人でいたら寂しいよ。そりゃそうだよ。

人間関係

ずっと誰かといたり、それが理由でショックを受けたり、人間関係がこじれてめんどくさくなると、「一人にしてくれ!」って瞬間が訪れる。

無理矢理にでも一人になろうとしたり、塞ぎ込んだり、誰かのアドバイスに耳を塞いだりする。

そういう時って必ずある。

人間関係だけじゃない、学校に仕事に家事に育児。

「頼むから一人にしてくれ!」

って思う瞬間は誰にでもある。

ただ、そこからずっと一人でいることになるばすごく寂しいのです。

一時は「はぁ。やっと一人になれた。」って思うかもしれない。

「最高の時間だー。」って思うかもしれない。

でも寂しくなる。

私はやっぱり寂しくなるのです。

だからどんなに「一人にしてくれ!」って強引にその場を離れたとしても、結局は誰かの傍に落ち着く。

家族だったり友達だったり恋人だったりの傍に落ち着くのです。

「一人になりたい!」をずっと貫くのは凄く難しい事なんだと思う。

どんなに頑張ったって、人は一人では生きていけないようになってる。

絶対に誰かの存在を活力にする瞬間がある。

支え合って生きていくようになっている。

支えられ方も、頼り方も、その価値や方法は人によって違うかもしれない。

ただ、やっぱり一人で生きていくのってすごく寂しい。

今、「それでも私は一人で生きていく!」って思っている人がいるなら言いたい。

これから一人で生きていくと仮定して、それがどれだけ寂しいか説明したい。

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感動が少ない

生きていくにはご飯を食べる。

ご飯を食べるって生きていく上ですごく大事な時間なわけです。

食べないと死ぬし。

何かしら口にしないとダメなんですわ。

「一人になりたい!」って思って、行動して、一人になって、その時に食べる食事もそれなりに楽しめるかもしれない。

ゆっくり、誰にも邪魔されず、何も言われずに食べられる食事。

それに幸せを感じるかもしれない。

でもね。

寂しいんです。

食事の楽しみって「お腹を満たすこと」だけじゃない。

それは楽しみじゃない。

食事はお腹を満たすことなんだけど、それだけで大きな感動は生まない。

「美味しくないもの」を一人で食べても「美味しいもの」を一人で食べても、なんか寂しいのです。

なぜでしょう。

どっちも「お腹を満たすだけ」だからです。

結局「美味しくなくても」「美味しくても」ただの食事になってしまう。

これって結構寂しい。

だってその時の「まっずいなー!」とか「うまーーー!」とかの感情を共有出来ないんですから。

共有って凄く重要なんです。

だって楽しくないじゃない。

誰かと一緒に食べるとそういった感情を共有出来る。

感じた事を共有出来る。

その共有が「美味しくなくても楽しくさせる」し「美味しくても楽しくさせる」んですわ。

感動が少ないんです。

一人でいるとこれまで誰かと過ごしてきた感動は無くなる。

これはマジで寂しい。

感動出来ないなんてすごく寂しいじゃないですか。

何かを達成したって、喜びを分かち合う人もいない。

意見をぶつけ合うことも出来ない。

それに伴う感動もない。

感動ってのはいつも「誰か」と「何か」を求めるからこそ生まれるんだと私は思っている。

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自分の為に誰かがいて、誰かの為に自分がいる

そもそもお金ってのは誰かが使ってそれが回りに回って自分のところにやってくる。

だから自分以外の誰かが使わなければ自分のところにも回ってこない。

お金が回らないと商売は出来ない。

誰か一人だけが「一人になりたい!」って思う分には良いけど、みんながみんな「一人になりたい!」とか思ったら大変。

そうなることは無いにしろ、「一人でなんでも」ってのは今の社会の中では絶対に不可能。

不可能なのにも関わらず「一人になりたい!」って言っているようなもの。

すぐに気が付くと思うのです。

「一人ではなにも出来ない」って。

「誰か」がいてくれるからこそ今の自分がある。

「コンビニで飲み物を買う。」

たったそれだけの事で誰かの生活を支えたりする。

買い物をするってだけ。

それだけでも誰かの生活を支えている。

根本では常に人は支え合っている。

でもそれが当たり前過ぎてわざわざ意識しない。

だから言いたくなるのです。

一人にはなれないけど「一人になりたい!」って。

一時的な感情で口にしたくなるのです。

私は自分の家族にそれを何度言ったかもう数えられないくらいなものです。

だって「一人になりたい時ってあるじゃん!」って思う。

でも一人にはなれない。

だから言っても良いと思っている。

たまには。

実際には無理なんだけど言っても良いじゃん。

言いたいし。

ただ、人はいつもどこかで繋がってるんですわ。

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一人にならないと感じない人の温かみもある

「一人になりたい!」なんて自分の人生を味わうスパイスみたいなものです。

もし周りの人がその言葉を発したなら一度は理解してあげて欲しい。

だって、「全部分かった上で一人になりたい」わけですから。

それでも言いたくなるものなんです。

そして一時、一人になった後に思うんです。

「ああ。やっぱり一人は寂しいなぁ。」って。

誰かといるのが当たり前になると慣れる。

それが普通になる。

人は刺激が必要になる場面が必ず来る。

飽きるからね。

そんな時、何かがきっかけで「一人になりたい!」って爆発する事がある。

きっかけがどんな事なのかまではわからないけど、我慢していたり、やりたくない事を続けていたり、誰かの為に頑張り続けていると、それを変えたくて爆発するのです。

ナイス爆発!

別に悪いことでもなんでもない。

それも普通。

だから「一人になりたい!」って言っちゃいけないわけじゃない。

その後に気が付くことの方が大事。

私は自分で経験したことが一番の成長材料だと思っている。

誰かのフリ見て我がフリを見直す瞬間もあるけど、やっぱり経験に勝るものは無い。

結局のところ経験しなくちゃ身にならない事ばかり。

「今は一人になりたい!」って思ったら、一度一人になってみた方が良いんじゃないかと思っている。

別に危ない事をするわけでもないし。

思い切って「いつもと違う何か」を経験しようとしているのかもしれない。

「一人になりたい!」って思って行動した経験は、必ず今後「誰かと生きていく力」になると思うし、「支え合う理由を学ぶきっかけ」になるんじゃないだろうか。

私がそうだっただけなのかもしれないけど。

誰かに迷惑をかけるでもなく、「自分一人の力で生きていく!」って思うのはそれはそれで自分の成長なんじゃないだろうか。

結果的には出来ないんだろうけど。

それでもそう思いたい瞬間ってあるんです。