オープンワールドって考え方がゲームをやたら面白くする

生活

最近のゲームは自由なのね。

私のようなPS2からのゲームの進化を見てこなかった人間にしてみれば、3DSですらすげーって思っていた。

でも本気のゲームはちょっと違った。

本気のゲームと言えば据え置き機でテレビとかモニターに繋いでやるタイプね。

家でがっつりゲームをする為のゲーム機ってこと。

最近やってますか。

ゲーム。

オープンワールドっていう考え方知っていますか。

もうやってますか。

そうですか。

乗り遅れてすみません。

私は未経験でございました。

一言で感想を述べるなら「自由」です。

こんなに自由なんて思ってもいなかったのですごくすごく面白い。

何が面白いって自由ってとこ。

このオープンワールドっていう考え方でどれだけゲームの考え方が変わるか。

体験して初めて思うのです。

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オープンワールドの魅力。

オープンワールドってゲームの考え方だと思うのです。

歩いたり走ったりするだけで面白い。

これがどうしてか歩いたり走ったりしているだけで面白いのです。

一昔前の考え方の私は基本的に歩いたり走ったりしても「ステージが切り替わる」のです。

同じ山道でもステージが切り替わるものだと思っていた。

ところがどうでしょう。

切り替わらない。

走っていてもずっと向こうまで行ける。

画面上で遠くの方を見渡したあそこ!

あそこの山の先!あそこのビルの先!

行けちゃうのです。

もちろんゲームですからそれなりの目的はある。

でも見える範囲のどこまででも行けてしまう感じは間違いなく魅力。

魅力というかワクワク感がすごいのですよ。

限りが無い感じがして何とも言えない冒険心を満たすあの感じなのです。

 

「次はあのさらに先に行ってみよう!」

 

その先には未知なる敵や未知なるアイテム。

更に昼と夜が圧倒的に景色が違う。

これもまた歩いたり走ったりするだけで楽しいって思える理由。

とにかくステージが繋がっているんです。

切り替わらないから行くところが全て自由なのです。

先の方にうっすら見える景色まで辿り着ける。

それって楽しいしワクワクするのです。

探索の面白さも散りばめられている。

これだけ自由に歩いたり走ったり出来るからこそ散りばめられているのです。

数々のお宝が。

それが景色なのかアイテムなのか未知なる敵なのか。

様々なものが散りばめられているのです。

微妙に何かをしないといけないところもある。

ゲームによっては主人公の成長と共にやっとその場所に行ける場合もある。

その成長要素もまた探索をさらに奥深くされるわけです。

オープンワールド。

いやー。

どっぷり浸かれるゲームだらけです。

むしろどっぷり浸からないとその魅力に辿り着けないのです。

どっぷりガッツリでその魅力は何倍にもなるのです。

スーパーファミコン時代のRPGでワールドマップの未開の土地を突き進むあの感じ。

あれをもっとリアルにした感じ。

リアルっていうのは人として感じられる距離感を追求した感じ。

一昔前のゲームのワールドマップってすぐに端に行けたりするじゃないですか。

それがめっちゃ遠いんです。

世界は広いのです。

多くの秘密と謎が隠されているのです。

世界観の自由度。

こうなるとですよ。

過去。現代。近未来。超絶未来。異次元。ファンタジー。遠い星。

この感じ全てオープンワールドとしてリアルに作れる。

想像上だったり歴史だったり。

その作られた世界を歩き、冒険出来るようになる。

ゲームごとに作られる世界観はオープンワールドになるとより深く楽しめるのだ。

それを実感してしまったのです。

体感してしまったのです。

子供が寝てからやるのです。

だから最近寝不足なのです。

それでもやっぱりやりたくなるのです。

休みの日なんてわざわざその為の時間を作る始末。

ゲームメーカーの思うつぼ。

してやったり。

冒険そのもの。

いい歳してゲームをやりたいが為に寝不足になるなんて思いもしなかった。

そして最近のゲームは操作が複雑な気がしてなかなか気が乗らなかったのです。

ところがオープンワールドに触れるとその世界の中でより自由に動き回らなくてはいけない。

そうなると昔の勘のようなものが戻ってくるのです。

初めはすごくもどかしいのです。

でも気が付けば「こうすればこうなるのか」と感じ取る。

感じ取ったままに指先が動かせるようになってくる。

そうなるとやっとオープンワールドを自由に動き回れるようになる。

捜査は複雑だ。

だからこそなのです。

だからこそ奥深い動きを再現出来るようになったのです。

難しいのではなく、より細部までゲームとして遊べるようになったのです。

そしてコントローラーをまるで自分の手足のように動かす。

それすら冒険なのです。

歳をとってからやる方がきっとボケ防止にはなるでしょう。

こんなに忙しく全ての指を動かすのですから。

これからたくさんの冒険をする為にもボケている場合ではない。

自分の手足のようにコントローラーを動かせ。

暇があったらコントローラーを握れ。

きっと頭が良くなることでしょう。

冒険に没頭するでしょう。

ストーリー。

作られるゲームによってその世界観の中で進んでいくストーリー。

これもまた面白い。

何が面白いって表情もリアル。

世界もより作り込まれている。

のめり込まないわけがない。

コントローラーも馴染んできたら後はもうストーリーに入り込むだけだ。

何の迷いもいらない。

ただ飛び込むだけ。

映画を観るだけではなく、ゲームにはその映画の中で自分が実際に操作する感覚。

そしてオープンワールドという自由度からか、自分の操作によって物語は様々な方向へ向かう。

これもまた余計にのめり込ませる。

自由過ぎる中にしっかり自分がストーリーを進めている感覚もあるのだ。

性格が出る。

物語を進めるのか、寄り道するのか、散策するのか。

それでもちゃんとストーリーは進む。

なんとも言えない感覚。

オープンワールドに攻略本なんていらない。

いらないのです。

そんなものはあっても無いようなものなのです。

だって自由なんだもん。

もちろんどうしても欲しいアイテムがあってそれを目的にピンポイントでゲットしたいなら話は別だけどね。

でもそんなのが必要ないくらいに自由ってことです。

その自由さのあまり攻略本があると逆に縛られてしまいそうで嫌なのです。

自由に。

ゲームをフルに楽しむ。

それが最高に楽しいのです。

VRと織り交ぜたらどえらい事になりそうです。

最近VRが馴染んで来ている。

世の中にVRというものが馴染んでる。

これはもしかするとオープンワールドと一緒になるんじゃないかと考えている。

これはもしや。

 

「見渡す限りの自由」

 

こうなっちゃうともうなんだか夢と現実の間を行き来する時代が到来しそうで怖いです。

でもこれだけゲームが盛り上がるのであれば可能性はあるんじゃないかと思う。

携帯でも最近はGPSを利用したゲームもあるではないですか。

これからアプリでもそういったものが続々と登場するだろうし。

もうどっちが本当の世界なのかわからなくなる時代が来るです。

もっとリアルに、もっと自由に。

私が遅ればせながらオープンワールドの魅力に気が付いた時。

単なる偶然ではない気がする。

もっとリアルに、もっと自由にゲームを楽しめる時代が間違いなく来るのだと。

リターンゲーマーの私が言うのだから間違いない。

むしろ来てほしい。

その時に多くの評論家達が出て来るでしょう。

そして言うのです。

 

「ゲームと現実の区別をしっかりしましょう!」

 

ゲームのオープニングでも表示が出るのです。

 

「これはゲームであり現実ではありません。」

 

そうなったもう映画だよ。

ゲームはリアルファンタジーを作っちゃうよ。