プロとしてあなたに撮ってもらいたい写真がある

小言

プロではないけど写真を撮る仕事をしている友人がいる。

プロ志望なのかと聞いたことがあるが、

 

「うーん。どうなんだろう。」

 

と濁す。

どうもパリっとしない空気感が漂う。

聞いてはいけないことなのかもしれない。

「写真を撮る仕事」とは「プロ」と「アマチュア」の境目の部分が曖昧なのかとも考えた。

それか本人はどっちでも良いと思っているのか。

別にこっちが悩むようなことじゃない。

でもはっきりさせない背景にはきっとなにか深い意味があるんだろうな…。

と思っている。

未だにその本当の意味はわかっていない。

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「写真を撮る」という「仕事」

エモいって…なに?

若かりし、好奇心。

友人が魅せられている写真の世界を覗きたくなった。

私はカメラの購入を検討していた。

もちろん友人に色々と聞く。

どんなカメラがいいのか。

何を撮りたいのか。

 

「家族…写真…?…かな!取りあえず。」

 

「んじゃ見に行きましょうよ!」

 

と誘ってくれた。

早々に買いに行く予定を立てる。

大人になると都合がつきにくいものだが、案外すぐ決まった。

後日。

カメラ屋さん。

ずらっと並んだ一眼レフ。

レンズだけズラーっと並んでいるコーナー。

素人がそれを見てもなんも面白くない。

本人いわく、何を撮りたいか。

どこで撮るのか。

天候。

それだけでもレンズを変えるらしい。

カメラの世界へ踏み込もうとしたがいきなり断念したい気持ちになる。

 

「あの…家族…写真を…ですね…」

 

「ああ!大丈夫!今探してるのは自分で使うやつ!ごめん!ついでに!」

 

よかった。

こんな細かいの買ったら部品なくす。

結局私に勧めてくれたのはオリンパスのPENシリーズの型落ちモデル。

どうして型落ちモデルか、予算の関係と友人が持っているカメラと同じだから。

 

「望遠レンズは一応持っておいた方がいいよ!」

 

「なんで!?やだ、高い!」

 

「いや。子供の運動会とか、なにかしらの発表会で遠い距離にいてもキレイに撮れるからさ。」

 

「ん?そうなのか。じゃあ買おうかな。」

 

「エモいの撮っちゃおうよ!」

 

「!?…おお。」

 

エモいって…なに?

そう思ったけどスルー。

なぜならエロいと勘違いしていたから。

娘の発表会。

エロい。

写真を取る仕事…。

なんか「ピン!」と来ちゃったわけです。

だからスルー。

でも本当の意味は「エモーショナルな」ってことらしい。

情熱的な。みたいな感じ。

エモーショナル。

エモい。

っていうことでした。

つい写真を撮る仕事をしているものだから「エロい」と思ってしまった。

ごめんなさい。

望遠レンズ。買うよ。

それとカメラのことを教えてくれてありがとう。

一緒に行くか?

友人からカメラの調子と、そのカメラで希望に沿ったものが撮れているかどうかの確認の電話があった。

律儀な奴だ。

カメラになると本当に一生懸命。

それが滲み出ているような人。

私がカメラに興味があると伝えたことが全ての発端ではあるが、ありがたい。

カメラの調子も、希望に沿った写真が撮れていることも伝えた。

満足そうだった。

ついでに、

 

「今度アー写を撮りに行くんだけど一緒にどうだ?」

 

「あーしゃ?」

 

「アーティスト写真ね。」

 

「ああ。仕事としてか。行くよ。」

 

またエッチなことだと勝手に想像したが、バンドマンの宣材写真のことだった。

現場的なものを少し見てみたいっていうのもあってほぼ興味だけで行くことにした。

撮影当日。

なにか特別なことするわけでもなく、取る場所とポーズだけ指摘。

「エモい」は連発してた。

アホみたいに連発してた。

エモーショナルバンドだった。

だからか。

色んな事を話していた。

活動している場所であったり、誰がどの楽器なのか、名前、ライブの雰囲気。

それも把握していた。

…。

撮った写真を見たらエモかった。

これは「良い写真だね!」っていう意味で使ってみた。

躍動感があって、遠い部分と近い部分があって立体的というか、迫力があるように見える。

エモいのかどうかはわからないけど素人が撮ったものではないことは明らか。

そんな感じがする写真。

凄いと思う。

ハイ撮ろう!では撮れない。

褒めちぎってたらアシスタント代として少しお金を頂いた。

何もしてない。

でもちゃんと受け取りました。

その節は申し訳ありませんでした。

 

そういえば、

 

「写真を撮るお金ってどうなってるの?」

 

「出来た写真をデータで渡して、決めてもらってる。」

 

「お。おお。そうなんだ。」

 

気に入らなければ無料になる。

アシスタント代をもらってしまった。

これでいいのか自分。

苦悩。

一時的ではあるがアシスタントをした仲。

深く話をする場面も訪れる。

 

「写真を撮る仕事っていうのは一時的なもので、例えば機材が良ければ誰でも良い写真が撮れてしまう。簡単に言うと、自分じゃなくても良い時がある。自分にしか撮れない写真がどんなものなのかまだわからない。だから値段なんか自分で付けられない。誰でも撮れる写真に自信を持って値段なんて付けられない。でもありがたい事に撮ってほしいと言ってくれる人がいる。そういう人がいて初めて価値がつくのだと思う。そういう人がたくさんいて写真を撮る仕事をしていると言えるのだと思う。」

 

苦悩している。

撮ってもらった人が「もう一度あなたに撮ってもらいたい。」と言ってくれて初めて成り立つ仕事なのだと。

なんとなくお願いされた仕事はたまたま相応しい機材を持っているからに過ぎない。

それを超えて、もう一度、自分に撮ってもらいたいと言ってもらえるようになりたい。

という意味で捉えた。

だから一生懸命で「プロになりたいか?」に答えられない。

「これからプロとしてやっていきたいのか?」にも曖昧な気持ちになる。

 

自分にしか撮れない写真がなんなのかまだわからないから。

 

自分が写真を撮る仕事に納得してない。

苦悩している。

どんなに励まされても、知っている人に評価をされても、それは機材が良いものだから当たり前。

自分にしか撮れない写真が見つからない。

勝手に解釈した。

もし野球選手なら、自分にしか投げられない魔球が必要ということだろう。

それがなければ自分はプロとして名乗る資格さえない。

エモいというか、

 

ストイックだ。

七五三の写真。

我が家には今でも七五三の写真が飾られている。

せっかくだから衣装も借りて、スタジオで撮った。

この写真はどうだろう。

誰でも撮れる写真なのかな。

 

決められた時間の中で、慌ただしく、世話しなく、商売としての記念写真。

 

この写真を見せてもあの友人は「良い写真だよ。」としか言わない。

たぶん良い写真なのだ。

高額なお金を払っても時間の制限があり、本当に納得のいく写真を撮れたかどうかはわからない。

出来上がった写真を見て、どこか、

 

「この中から選ばなければならない。」

 

と考えてしまう。

本当に、心から最高の写真だと言えるだろうか。

こだわり始めたらきっと違うと言う。

 

「もっとこういうポーズで、こういう角度で、こういう感じで。」

 

もっと「良い!」と感じる写真は撮れるのだと思う。

そのドンピシャを撮れる人。

文句なしのドンピシャが撮れる人。

写真を撮る仕事は「その人にとってのドンピシャを撮れる」ってことなんじゃないだろうか。

機材だけじゃなくて、写真の撮り方だけじゃなくて、表情だったり、自然な立ち振る舞いだったり。

その人が持つ人間性も関わるのではないだろうか。

全然わからない。

自分はプロの写真家ではないし、七五三の写真も服が少しずれてるところがあるけどプロに撮ってもらったから良いものだと思い込んでる。

全然わからない。

でも、

 

この七五三の写真よりも良い写真が撮れる人はいると思う。

 

これが答えなんじゃないかと思っている。

娘の七五三は後2回。

今はもう一度、同じところで、同じ料金で、同じような写真を撮ってほしいとは思わない。

 

だから、

喜ぶかわからないけどカメラを教えてくれた友人に頼みたいと思っている。

喜ぶかわからないけど、誕生日とか、その他の記念の日にはお願いしようと思っている。

エロい人だと思ってたけどそうじゃない。

エモい人かもしれないけどストイックな人。

写真に真面目。

 

今はなぜかあいつに撮ってほしいと思っている。

あいつならもっと良い写真を撮ってくれると思える。

写真の価値はきっと値段ではない。

誰が見ても「ただの手のひらの写真」さえ、30年間職人を続けてきて、引退の日の「想いが込められた職人としての最後の手のひらの写真」かもしれない。

 

それを知らない人がなんとなく撮った写真。

想いを知っている人が撮る写真。

 

私はやっぱり家族への想いを知っているあいつに、これからもずっと撮ってもらいたい。

 

喜ぶかわからないけど。

ずっと苦悩してると思うけど。

それでも「撮ってくれ」とお願いしたい。

その時はプロとして引き受けてもらいたい。