娘がプリキュアに大ハマりしてる時の父親とその一例

生活

「キュア〇〇!」

と言いながら娘が父である私に襲い掛かってくるんだけど…。

パンチキックを繰り出し、最後はなんちゃらかんちゃら言いながら必殺技みたいなのを繰り出してそのリアクションを欲しがる。

そんな目で見る。

私も心無き鬼ではないのでリアクションを取る。

「うわー!」とやられたフリ。

満足そうな娘。

オープニングとエンディングの曲は覚えていて、歌ったり踊ったり。

今回は現在の娘とプリキュアの関係、それと父親の気持ちを記録しておこうと思う。

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思ってたよりバチバチの戦闘シーン。

父親の私が持つプリキュアのイメージ。

「セーラームーン」

男の子でも好きな人は好きなのかもしれないが、男兄弟で、義務教育をドラゴンボール全盛期時代に駆け抜けた私にとって「セーラームーン」や「ママレードボーイ」は界王拳でスルーしてきた存在。

興味の無さで言ったらフリーザから見たウーロン。

ところが娘はフリーザから見たドラゴンボールばりに興味深々。

ワンピースの在り処なんてどうでも良くて、グランドラインなんか通ろうともしない。

娘が食べた悪魔の実は「マネマネの実モデルプリキュア」で、プリキュアが放送されるとそれになりきる事が出来る能力者。

あんまり釘付けになって見てるから父親の私もチラチラ見るんだけど、思ってたのとちょっと違った。

可愛さのみを全面アピールしてるお姫様的な存在かと思ってたけど、結構バチバチやり合う。

敵のデザインのほとんどは念能力を使う必要もなさそうだけど、結構吹っ飛ばされたりぶん投げたりと格闘系女子。

戦闘シーンだけを見ていると、本格的にバトルしている。

最後はちゃんと必殺技系の一撃でフィニッシュ。

この感じ、仮面ライダーや戦隊モノの展開に似ているかもしれない。

とは言ってもアニメーションなので可愛いキャラのフォルムは維持しつつ、戦闘はバッチバチに。

可愛いのに、戦闘はバチバチ。

悪い奴はやっつける。

うちの娘が憧れるのも頷けた。

あれは私がイメージとして持ってるカッコよくて強いヒーローと同じ。

プリキュア達がZ戦士に見えてきた。

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いつだって変身は憧れだ。

ドラゴンボールも数々の変身が盛り込まれている。

仮面ライダーも、戦隊モノも。

プリキュアも。

で、基本的に変身するとパワーアップする。

ギャグアニメとかなら弱くなるパターンもあるか。

セオリー通りに強くなれば相手をブチのめす流れになるけど、物語が後半に差し掛かると相手も変身してバトルでもギリギリ感を演出したりする。

変身っていつの時代も需要があって、憧れで、真似したくなる。

そう言えば子供の頃、変身とは直接関係ないけど、兄に「小6になればお前も舞空術使えるようになるぜ!」って言われてたけど全然空飛べなかったな。

「中学校でかめはめ波習うぜ!」って言われたけど片想いして撃沈した記憶しかないわ。

無駄にワクワクさせやがって。

大人に変身した今、金の力で兄に「ギャフン」と言わしたい。

と思うと、大人になった今でも現実的な「変身」に憧れを持っている。

仕事で成果を挙げて、お金持ちになって、高価なモノを身につける。

これは変身。

今の自分から理想の自分へ。

そんな憧れがテクマクマヤコンで手に入るなら気持ちはヤンバラヤンになるわな。

変身への憧れはいつの時代でも、いくつになってもあるもんです。

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シリーズ化論。

プリキュアはずっと放送されているが、「サザエさん」や「ちびまる子ちゃん」や「ドラえもん」のようにひとつなぎの物語になっているわけではない。

かと言ってドラゴンボールのように登場人物が同じわけでもない。

シーズン毎に物語も主人公も変わる。

ほぼ別の作品として放送される。

これを知ったのは他でもない、娘のおかげである。

ほぼ「プリキュア」って名前だけ残してシリーズ化されてるわけなんだけど、重要なのはその「プリキュア」部分。

「〇〇プリキュア」と〇〇の部分を変えてシーズン毎に新しい物語が始まる。

プリキュアシリーズが長く続けば続くほど大人になった時の「私の時代は〇〇だったなぁ〜」っていう思い出の話からクソめんどくさい人間関係を築くきっかけになるかもしれない。

大人になって気付いたこと。

人間関係を築くきっかけは探すと見つからないけど、これまでの思い出の中にある共感が導いてくれたりする。

子供の頃にハマった何かがとても重要になる瞬間もあるんです。

もちろん私はそれも含めて人間関係はめんどくさいと思っている。

上司とか、先輩とか、イキっている奴の機嫌を取りながら距離を縮めていかなきゃならない社会のしょうもない作りにウンザリしながらも、目の前にある社会がそんな価値観を維持している間は付き合ってやらなきゃいけない。

生意気な事を言うと、それが本音だとしても高い確率で厄介者扱いされたりする。

良く考えたら私の人生もいくつかのシリーズに別れていて、学生編、社会人編と続いている。

私とプリキュアは直接関係なかったけど、娘が今こうしてプリキュアを見ている事が、未来の娘のなんらかの役に立つのだと信じたい。

娘は今、シーズンプリキュア。

来年は違うシーズンが始まってるかもしれない。

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教育カオス。

こうして娘と共にプリキュアを見ていると、それなりに詳しくなる。

父親としてその知識を使う場面はほぼないけど。

そもそも観たいテレビ番組がほとんど無い私にとって、子供がテレビに熱中してくれる時間は地味にありがたいのです。

その間に色々出来るから。

家事に仕事にプライベートの連絡。

家庭によっては「テレビなんか観せてはいけない」とか「スマホやタブレットは控えよう」といった文化もあるかもしれない。

どの家にもあるだろう「〇〇しなければならない」という呪縛。

教育の考え方って私が思うに、カオスです。

なにが正解か不正解かを様々な価値観を持った人が「共感されたそうに」主張し合ったりする。

私もその一人です。

「〇〇しなければならない」という呪縛なんてクソ喰らえな教育方針です。

方針と言うか、子供が自ら自分で気が付いて今何をするべきかを決めて欲しいので何かを無理矢理させるような事はない。

テレビを見せたくないなら捨てるし。

大人である私も大概わがままな性格になってきているので、子供に合わせ過ぎるとストレスが溜まる。

親だけど根本はただの大人であって、一人の野望を持った人間だと思っている。

ご飯だって買ってきたもので済ませる日があれば家事を放置して一緒に昼寝したりもするし、子供の「本読んで〜」を「忙しい」という理由で断ったりもする。

子供がいつか、私が望む「一人前」になってくれるだけで幸せを感じるんだけど、家庭によっては子供の頃から「医者にする!」と何歩も踏み込んだ教育を心掛けていたりする。

もう、カオス。

教育カオス時代。

結局親のエゴイズムを感じてしまう。

プリキュアを一緒に見てて思うんです。

うちの娘は今「プリキュアになりたい!」って本気で思ってる。

曲を覚えたり、踊りを覚えたり、変身してみたり、必殺技を出してみたり。

興味があるものへ真っ直ぐ自然に学びながら進もうとする「意識しない努力」の力ってすごいんです。

「なりたい!」って想いでどれだけ直進するんだろうって思う。

教育をカオスにするのって大人なんだな。

子供の「これがやりたい!」をどれだけ親の思い通りに誘導出来たかを教育の正解とすれば、スーパーエゴチルドレンになりそう。

思い通りにいっても、思い通りにいかなくても、一人前に幸せになってくれれば良しとしませんか?

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娘とプリキュアの関係。

私も父親なので、それなりに社会を感じて生きてきた。

で、これまでの価値観の中で娘とプリキュアの関係は結ばれて当然なんだと思っている。

可愛いし、変身するし、強いし、憧れを抱く存在になるのも自然に受け入れられるわけです。

我が家には娘の下に弟がいます。

息子です。

あまりに姉がプリキュアにハマるものだから、息子もそれを見て真似をするのかと思ってたら、興味なし。

私はどこかで「だよな…」と思うわけです。

「男の子だし」と思うんです。

この価値観はこれまで生きてきた社会の中で作られたものであって、それが当たり前ってわけではない。

でもどこかで「自分と同じ」と安堵したりする。

私はたまに思います。

「もしそうじゃなかったら?」

私の価値観なんてちっぽけなものなのに、自分と違う価値観を持っている存在をなかなか認めようとしません。

もし息子が超絶プリキュア大好き君になった時にどう思うだろう。

自分とは違う子供の価値観に触れた時、反射的に拒絶してしまうかもしれない。

娘とプリキュアの関係に納得が出来て、息子とプリキュアの関係には納得出来ない自分。

シンプルにそれじゃダメだと思っている。

私もまだまだ成長したい。

息子よ。

もし私の価値観をぶっ壊すなら徹底的にやってくれ。

今持っているちっぽけな価値観がボコボコにされる事でサイヤ人のように強くなれるかもしれない。

とーちゃんはいつだって孫悟空みたいに強くありたい。

娘にとってのプリキュアみたいな存在でありたい。

男だけどな!