断捨離の効果は部屋が片付くだけにあらず

生活

スマホのホーム画面が散らかっている人は私生活も散らかっている気がする。

気がするだけで実際に確かめたわけではない。

でもなんとなくそんな感じがする。

ホーム画面なんてテーブルの上のようなもので、自分が最もよく使うものを配置する。

頻繁に使うものをすぐに手が届く位置に置いておきたいと思うはず。

常に使うのにホーム画面になかったり、何度も画面を横にスワイプしてからとなるとその作業がめんどくさい。

それでも「そこにあるもの」と認識して、使いづらいままにしておく。

いつも使わないものばかりがホーム画面やテーブルの上に散乱している。

 

これは散らかっていると言っていいのではないだろうか。

 

いつも気を付けていれば散らからないはずがなのに、それがめんどくさいからと言って後回しにする。

やっぱり散らかる。

 

「散らかってるな」って自分で思わないと何もしない。

 

当の本人にとってはまだ散らかっているわけではないのかも。

でも私が見たら使いづらさは半端じゃない。

 

スマホでなんでも出来る世の中とは言え、いつも使う機能はそんなにない。

片付ける。

整理する。

捨てる。

まとめる。

 

スマホやテーブルの上だけじゃなくて、

根本的に大切なことじゃないかと思っている。

 

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断捨離は入り口。

時間に捉われるものはいらない。

私はあまり洋服に興味が無い。

好きなブランドはあっても、特別欲しい服があったりするわけではない。

だからいつも同じ服を何着も買う。

言ってしまえば四季に関わらず、全ての服を一年間把握している。

衣替えも決まった作業だけで済む。

洋服も散らからない。

常に決まった枚数の服しかない。

これはさすがに大袈裟かもしれないが、

洋服を選んでいる時間や、もし似合わない服を無理やり着て、挙句の果てに出かけた先で気にしている時間が嫌い。

それが好きな人もいるかもしれないが、私は嫌い。

無駄な時間だと思ってしまう。

 

単純に自分がもっと好きなことに時間を使いたいだけ。

 

洋服を選ぶのが好きな人にとっては大切な時間なのかもしれない。

だからそれ以外の時間を捻出していくのだと思っている。

とにかく「物」がきっかけで時間に捉われるのが好きではない。

決まった服装をするようになってからは着替える時間短縮されて、出かけた先で身だしなみを整える時間も無くなった。

 

さすがに正装が必要な場面ではそれなりの服装を心がけるが、それ以外は決まった服装で十分だと思っている。

 

好きな事以外で費やす無駄な時間を極力少なくする。

時間の断捨離はまだまだ出来る。

 

究極な選択だけど、テレビ。

これをどうするかどうか少し悩み始めている。

 

捨てたところで家族は大反対するのだと思う。

 

でもその分家族で話し合う時間は間違いなく増えると思う。

 

容赦なく捨てる。

私はいつもスマホを持っている。

だから正直「腕時計」はいらない。

いらないけど「あえて」付ける場面はあると思っている。

私が男だからかもしれないが、超高級時計には憧れている。

ファッション的に必要な場面もあると思う。

でもそれ以外の時計はいらない。

 

ファッションにもあまり興味がなく、超高級時計も買えない私には腕時計は必要無いと思った。

 

だから全部捨てた。

実際街のいたるところに時計はある。

それにいつもスマホを持っている。

 

時間を確認するのは腕時計でなくても十分。

 

逆にスマホの充電をマメにチェックするようになった。

 

最近腕時計をしている友人に「今何時?」って聞いたらポケットからスマホを取り出して時間を見ていた。

 

なんじゃそりゃ。

 

腕時計を付けているのに忘れているのだと思う。

反射的にスマホを見る癖。

腕時計を確認する方が本当は早いのに。

 

容赦なく捨てる。

つい最近DVDプレイヤーを捨てた。

ネットで見れる。

借りる手間をネットとお金でスマートにした。

 

十分だと思う。

 

もちろんDVDでしか観れない作品はある。

ただ、私にはそこまでのこだわりはない。

 

むしろほとんど観ない。

だから観たい時に観たい作品をネットでレンタルしてその場ですぐに再生出来るサービスは良いと思った。

お金はかかるがそれ相応の価値はある。

 

本も同じ。

ネットで買える。

電子書籍がある。

 

紙はなくてもいい。

どうしても紙の温かみを感じたいタイプではない私は容赦なく捨てた。

 

どれもこれも売るっていう選択もある。

 

買取りをお願いする手間すらめんどくさい私は「もったいない」という気持ちと「少しの罪悪感」の中で捨てる覚悟をした。

物に対して冷たい気持ちがあるわけじゃない。

捨てることで、「無駄な物を買わない」選択が出来るようになるのだと思っている。

 

思い切って捨てる。

もったいないと思ったり、罪悪感があったりする中で。

その想いが無駄な物を増やさない方向にも繋がる。

 

だから容赦なく、「一度くらいは」捨てる選択をする。

 

断捨離は気持ちの整理。

容赦なく使わない物や無駄だと感じた物を捨てていくと、その「物」に対して気にしていた時間が無くなる。

世の中には「目に入ると思い出したように使いたくなるもの」があったりする。

そういうのを一度手放す。

もう目も手も届かない。

少し気持ちがすっきりする。

容赦なく捨て過ぎて、後々買い戻す物が出てくるかもしれないが、その時に「本当に必要な物」として考えられるようになるかもしれない。

「本当に必要な物」に対しては何も考えずに傍に置いておきたい。

気にして時間を費やす事もない。

 

なにより、

気持ちがすっきりすると私生活もすっきり過ごせたりする。

 

この恩恵は大きい。

最近はホームワーカーが増えてきている。

自分の家で仕事をする人。

そんな人達がわざわざ洒落たカフェに行って、それなりに整った環境で仕事をしたりすることがあるらしい。

ごちゃついた部屋ではすっきり仕事も出来ないということだろうか。

それともやるべきことがあり過ぎて、仕事どころではなくなってしまうのだろうか。

 

どちらにしても静かで散らかっていない、少しオシャレな空間で仕事をしたいと思ったり、その方が仕事が進むと考えているのなら、自分の部屋をそうしてしまった方がいいのかもしれない。

 

それをするにには時間がかかるしそれなりの決断も必要となる。

 

ただ、カフェに行く時間、使うお金を考えたら部屋を片付けるのもあまり変わらないような気がする。

どちらが良いとかでもなく、どちらも同じだと思っている。

 

それでもカフェの方が良いと言うのなら、

どちらかが良いっていうことじゃなくて、

部屋もカフェ並みに片付いている状態で、更にお洒落なカフェに行って仕事をする方が気持ちはさらにすっきりすると思う。

 

「身の回りが整っている」方が仕事も生活もすっきり気持ちが良い。

 

今後の事を考えても断捨離は積極的に行いたいと思っている。

今私がパソコンをカタカタやっている机の上はもちろん散らかっている。

 

「自分が断捨離したい!」からこそこんな事を言っているのだと思う。

 

断捨離によって入り口に立つ。

なにもかも、初めはゼロ。

断捨離をして、必要な物以外が無くなると気持ちの面で、スタートの位置に立ったような感じになる。

何かを始めようとする時だけでなく、

断捨離をしておくことで、

 

いつでも新しい挑戦を始められるような気がする。

 

新しいものへのフットワークが軽くなる。

フットワークが軽くなるのは、断捨離をする前よりも余裕が生まれている証拠だと私は思っている。

どんなに無駄な物に囲まれてもフットワークが軽い人はいる。

だけど部屋が片付いている方が多くの人に好まれる。

片付けたり、まとめたり、必要のない物を処分したり、必要な物だけを残せるのは、間違いなく自分の人生にとってプラス。

 

マイナスな面の方が少ないと思う。

 

いつでも何か新しい事を始められる状態にしておくことで、大きな徳が舞い込んでくるかもしれない。

 

いつも余裕綽綽でいることが正しいとも思わないが、

様々なものを受け入れる用意はしておきたい。

いざ自分にとって「良いもの」を見つけた時に、真っ先に自分のものに出来るような余裕。

 

いつでも自分のタイミングで良いスタートを切れるようにしたい。

 

断捨離は部屋を片付ける為だけの言葉じゃなくて、

必要な物と無駄な物の分別が出来るようになって、

自分の気持ちにも余裕が出来て、

何かを始める第一歩でもある。

 

私はまず、ホーム画面の散らかったアプリとテーブルの上を何とかしたい。

それと腹の周りについた贅肉の断捨離。

 

ダイエット成功のカギも断捨離が握っているかもしれない。