自分が生まれた理由なんて考えるだけ無駄だ

メンタル

自分が生まれたが必要なら後から付け足しておけばいいのだ。

そんな事で悩むなんてマジで意味がない。

いくらでも変更が可能な上に誰かが確かめる術もない。

それなら思い切って偉大な生まれた理由でも考えて精いっぱい生きてやるほうが有意義なんじゃないだろうか。

子供に聞かれることがあると考えるのです。

 

「お父さんはどうして生まれてきたの?」

 

初めは超難問だと思った。

だから考えたわけです。

 

「あれ?その質問の答えがわからん。」

 

でも期待には応えたい。

ちょっと考えてみた。

そしたら「なんで生まれた?」に対しての答えなんて今考えることでしかなかった。

ってことはですよ。

後付け感が半端ない。

絶対に後付けになるわけですよ。

生まれた瞬間の運命が決まってるなんてRPGの世界でしかねーわ。

それかなんかそういう思想か。

だから子供からの「お父さんはなんで生まれてきたの?」って聞かれたらこう言う。

 

「あなたと一緒にそれを探す為だよ。」

 

と。

そうすると今はわからないけどこれから一緒に見つけるものなんだと思ってくれる。

今すぐに答えが出ないモヤモヤ感と共に、一緒に探す安心感。

迷うなかれ。

生まれた意味などあってもなくても後からくっつけてもOKなんだと思った。

自分が生まれた意味なんてどうでもいい。

そんなことはどうでもいいのだと思う。

生まれてからすぐに今現在の生活が想像出来たか?

出来るか!

セリフは「ばぶー!」だ。

記憶も4歳くらいからしか残ってねーわ!

てかそんなのは後々自分で決めればいいんじゃないだろうか。

次に自分が何をするかは自分で決めてる。

結局のところ生まれた理由なんてないわけです。

ゼロスタートなわけですよ。

だから今まさに生まれた理由なんていうのは現在進行形で形を変えている。

そんなのにわざわざ振り回されることはない。

なぜなら結局自分で選択をしないと先に進まないから。

例えばですよ。

 

「神様お願いします!」

 

その願いを込めることで自分の選択肢に自信を持つわけで神様が決めたわけではない。

結局「神様ツール」を使って自分の選択を確実だと洗脳する。

自分に自分で催眠術をかける。

 

「よし!神様にお願いしたから大丈夫だ!」

 

と思うようになる。

そしてその後は自分で行動する。

ナイス催眠術なわけですよ。

神様にお願いすることが悪いと言っているわけではない。

そういう選択肢を持つことで自分に自信を持てるのなら間違いなく必要だと思う。

そうやって選択肢に迷った時に自分の選択に自信を持ちたい。

そしてそれが信念になる。

「自分は大丈夫!」と自信を持てるようになる。

もはや儀式。

昔からある特徴的なお祭りとかってそういうのをさらに大勢でやって、

 

「我々の選択は間違っていない!自信を持って進もう!」

 

っていう「安心感」を与えるものだったんじゃないかなって思う。

つまりですよ。

そうやって自分たちの身に降りかかる困難を乗り越えてきた。

だから恒例行事になった。

恒例行事になれば常に迷わず、自信を持って突き進めるから。

どうだ!

完全にただの予想だ!

誰かに決められたことなら感情はいらん。

もし自分が生まれた理由が決まっているのならですよ。

どうしてロボット兵みたいにならないのか。

感情があるのか。

 

「雨トーーーク」見ながら笑ってる自分が「定められた運命」を全うしてるか?

 

してねーわw

ただ面白いから見てお酒飲みながら笑って寝るだけだ。

運命を全うしているかどうかを聞かれたらもうややこしい。

その時の自分の感情的なものは、

 

「雨トーク」を見る為に生まれてきたよ!

 

で十分だ。

その都度生まれた理由なんて変わるに決まってる。

自分の人生を全うするなんてそんな使命感はいらない。

トキメキの示す方へ努力をしながら進むだけでいい。

もし初めから決められてるのなら感情なんて初めからいらないんだよ。

でも感情がある。

だから今にときめくのだよ。

せっかくトキメキの瞬間があるのだ。

使わない手はない。

それに従うことが定めだというのなら、

 

「もっとトキメキがある世界を誰か作ってくれ!」

 

って思う。

ほとんど辛いことだらけ。

生きるなんて大変だ。

大変な事ばかりが続く。

困難ばかりが目の前にある。

それなのにトキメキは少しだ。

もし決められた定めがあるのなら、目の前にある困難をもっとトキメキがあるものにしてくれないだろうか。

要求です。

人生にもっとトキメキを頂けると、とても助かります。

生きるって辛いことばかりですね。

この困難を乗り越えた先になにがあるのでしょうか。

むしろその辺も決まっているなら先に教えてもらないでしょうか?

困難の先にあるものがわからないのにどうやって頑張れと?

いやいやいやいやいやいや。

そもそも決まってないんでしょ。

だったらもういいわ。

自分で確かめてやるよ。

それが感情だ!

「迷う」ってそもそも自分で決めるからだと思う。

なにかの選択に迷う。

そうなるとすでに自分で決めてるってことですやん。

何かを選択しようとするから迷うわけですやん。

自分で決めてますやん。

生まれて来た理由は迷う為?

そんなの辛過ぎる。

辛い。

だから生まれてきた理由なんて「決まってない」って決めた方がいい。

だってそれが決まってるって思ったらずっと辛い。

ずっと辛いなんてあり得ない。

逃げましょう。

運命から逃げまくりましょう。

自分の選択を迫られている現実から逃げちゃいましょう。

トキメキを感じる方を選ぶのは当然。

でもその選択の全てが辛いなら逃げちゃいましょう。

逃げちゃう選択肢を作っちゃいましょう。

そしたら次の選択肢にトキメキがあるものが現れるかもしれない。

逃げて、強くなってからリベンジ。

迷ったら逃げてもいいんじゃないでしょうか。

どこかで必ず辛い選択が来るものだと思うし。

逃げ続けるっていう選択もあると思うし。

逆に戦い続けるっていう選択もあると思う。

どれにする?

そのくらい自由。

そのくらい自分で決められる。

自由過ぎて、

 

逆に辛い。

 

自由過ぎて、

 

逆に迷う。

 

そんな時こそ登場させればいい。

 

都合のいい生まれた理由。

 

使う時は、今だ!

生まれた理由なんて自分で都合良く使っちゃえ。

どうせ誰も教えてくれないんだから。

迷った時こそ都合良く「運命」にしちゃえ!

それすら本当は自分で決めてることなんだけどね。

結果的に納得のいく生まれた理由を見つければいい。

 

困難に立ち向かう時。

「私の生まれた理由はこれを乗り越えるためだ!」と思う。

 

困難から逃げる時。

「私の生まれた理由はこの困難を乗り越える為ではない!」と思う。

 

今はそれでいいと思う。

「なぜなら私の生まれた理由はその先にある困難を乗り越える為だから!」と決めつける。

 

今自分がするべきことなんて何も決まっていない。

誰も決めていない。

それがまるで「決まっている」ような感覚に陥ることもある。

「絶対にやらなきゃいけない!」と誓いを立てることもある。

「負けるか!」と自分を奮い立たせることもある。

「逃げよう…」と弱気になることもある。

「ダメだ…」と諦める選択をすることもある。

全ての選択に「後悔」と「成功」の両方がついて回る。

絶対に両方がついて回るのです。

これは絶対。

何を選択しても「失敗」するし「成功」する可能性があるっていうこと。

 

それを無理やり「成功」にする人もいれば早々に「次!」と切り替える人もいるでしょう。

「もうやんねぇ!」と投げる人もいるし「もう一度!」とリベンジする人もいる。

 

ああ。

忘れてた。

生まれた理由でしたね。

そんなもの忘れていました。

生まれた瞬間に生まれた理由なんて忘れてるんじゃないか。

いや。

そもそも無いところに作るものなんじゃないだろうか。

いや。

やっぱり答えがないものなんじゃないだろうか。

いや。

もうどうでも良いわ。