恋愛テクニックなんていつの時代もシンプルだ

恋愛

恋愛にテクニックが存在するならもちろん手にしたい。

どうせなら相手もゲットしたい。

恋愛でテクニックと言われるといつもの自分ではない気がする。

自分を丸々まとめて愛してほしい。

恋愛テクニックを駆使しても本当の自分とのギャップの溝が深まるばかり。

溝が深まる程に本当の自分を隠す事になる。

テクニックが必要ではないというわけではない。

テクニックの多用はリスクになる。

だが正しい恋愛の基準もない。

テクニックをどこまで使用して相手をゲットするのか。

後々何とか出来ると思ってテクニックを使った後のケアを怠り続けると修羅場が到来する。

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恋愛テクニックを使った事実も愛してもらう。

修羅場なんてわざわざ作る必要はない。

くだらない事で喧嘩をして嫌われるくらいなら恋愛テクニックを十分に利用している事実も伝えるべき。

遊園地がずっと好きと言っていたから調べて遊園地での過ごし方を予習した。

本当の自分は遊園地が好きではない。

それでも調べた。

楽しんでもらう為に遊園地が嫌いでも一生懸命調べた。

そして予習した。

それだけ一生懸命行った事を相手がどう感じるのか。

「無理をさせてしまったかもしれない。」

「頑張ってくれたと愛情を感じる。」

「次はこっちが何かを楽しませる番だ。」

「そんなに好きになってくれているのか。」

恋愛テクニックをまるで本来の自分だと偽ればこれだけの相手への想いを伝えられない。

恋愛テクニックを使うのはどうしてなのか。

相手と過ごす時間を最高に幸せにしたいから。

喜んでもらいたいから。

使わない方がいいわけでも使った方がいいわけでもない。

使うならそれも含めて愛してもらう。

恋愛テクニックを使っている事実を隠すくらいならまるっと使っている事実も含めて愛してもらう方がいい。

恋愛テクニックは本当の自分を隠す為に使うわけじゃない。

本当の自分に自信がない。

隠したい部分がある。

恋愛テクニックに頼る。

それなら自信を持てる。

それなら隠しきれる。

恋愛テクニックに支えてもらうと通用しない場合に何も出来なくなる。

本来の自分が丸裸になってしまう。

恋愛テクニックに頼り過ぎれば逆に自信のない部分を露わにする結果になる。

恋愛テクニックのみで恋愛をすると恋愛テクニック無しで恋愛が出来なくなる。

相手に恋愛テクニックが通用しない可能性もある。

その時にどうする。

見せたくない自分が顔を出すかもしれない。

それならいっその事、恋愛テクニックも自分から出た一部であると認識させたい。

本来の自分を隠すためにテクニックを利用するのではない。

本来の自分をより輝かせるために使う。

いつもの自分も魅力的に感じてもらうために使う。

料理で言うところの塩。

素材は自分。

素材の味を引き立てる為に塩を使う。

テクニックを素材の位置に持って来てはいけない。

あくまで調味料。

味をつける程度。

素材の味がしない料理を本当においしいと思えるだろうか。

素材が何のかわからない料理に自信を持って「うまい」と言えるだろうか。

素材が何かもわからない料理を本当に相手は「おいしい」と感じるだろうか。

恋愛を闇鍋にしてはいけない。

恋愛テクニックも適量がベスト。

調味料の配分は考えないといけない。

テクニックの乱用は意味がわからない味になってしまう。

奇跡的な配合によりとんでもなくおいしくなる可能性はある。

奇跡的に。

でもそれを次にまた作れるかどうかはわからない。

奇跡の配合に頼るのは恋愛ギャンブラー。

素材が良ければ塩だけで十分においしい。

調味料の配合が本当に上手な人であればテクニックを使い、さらにおいしいと感じる恋愛が出来るかもしれない。

恋愛のプロになりたいのなら多くのテクニックを習得するといい。

だが料理人も恋愛のプロも素材がどれだけ大切かは心得ている。

それも含めてプロ。

調味料だけに頼るプロはいない。

適材適所。

奇抜な恋愛をしたいなら話は別。

奇跡の味をお求めなら存分にテクニックを使うといい。

恋愛に味見などない。

ぶっつけ本番の奇跡に期待するのもいいだろう。

食べてもらえるかはわからないが。

おいしそうに見えるを演出するのもテクニック。

皿に盛った料理の見栄えだけで「おいしそう」と感じさせるテクニックもある。

それが恋愛をする際の見た目の部分。

好きな相手に会う時に自分の見栄えを良くする。

それも恋愛テクニックのひとつ。

勝負服。

勝負メイク。

必要だ。

だがいくつも勝負服はいらない。

いつも勝負メイクはいらない。

恋愛にドレスコードは必要ない。

誰もが「見た目だけで不味い料理屋」がある事実を知っている。

見た目に気を取られて肝心な料理の味を無視する。

2度目の来店はない。

本当に相手に好きになってもらいたいならリピーターにするしかない。

見た目だけの恋愛をお求めならどうぞ。

「次はおいしくなっているかもしれない」

そんなお人好しが多く存在してるわけがない。

見た目がダメでも本当においしい料理もある。

リーズナブルにする必要はないが、見た目も中身も本当においしい恋愛をしている方がいい。

隙の無い恋愛を心掛けた方がいい。

見た目のテクニックも乱用は禁物。

少しクセがある方が良い場合もある。

でもそのクセに気が付けるのはある程度のバランスを知っている人だけ。

初めからクセが全開だとバランスが良い人は近づかない。

入りづらい店を出すよりも入りやすい店を出す方が良いに決まってる。

多少クセがある方がハマる。

バランスを重視する中で多少クセがある方が魅力的に感じる事がある。

初めからクセが全開だと近寄りがたいが、あとからクセになるような場合もある。

スパイシーさ。

見た目はそうでもないのに食べてみたら結構スパイシーだった時。

その味がクセになる事もある。

恋愛においても中身を知るにつれて魅力的に感じる事がある。

正常のバランスを知っているからこそクセになる。

想像以上に評価が高くなる。

そういったクセを利用するのであれば上等な恋愛テクニックとなる。

本来の自分をより魅力的にアピール出来る。

どんなクセでも有効に使えるものか考えてみてほしい。

「実は○○な特技がある。」

「こう見えて実は○○な部分もある。」

それをどれだけ魅力的に感じさせられるか。

それも恋愛テクニックと言える。

素材の魅力をさらに輝かせるスパイス。

辛すぎて食べられないとおいしくないが、使い方によってはリピーターが続出。

好かれてしょうがない。かもしれない。

クセがあり過ぎると飽きる。

一度は本当においしいと感じたスパイス的恋愛テクニックも常に同じ味だとやっぱり飽きる。

むしろ馴染みの無い恋愛の方が飽きる。

そして自分の好みの恋愛を求める。

結局一番いいのは自分の口に合う恋愛。

慣れ親しんだ恋愛。

勢いでスパイシーな恋愛を口にしたとしても自分の慣れ親しんだ恋愛の方が落ち着く。

結局のところ、戻ってくる。

刺激的なのはいいことだが、あくまでテクニック。

素材の味に手を抜いてはいけない。

慣れ親しんだ味を忘れることは出来ない。

恋愛の基本は素材。

バランスの取れた恋愛を知っている上で刺激的なテクニックを使う。

それがたまらなくハマる。

常にスパイスが効いてる恋愛しか知らないと次第に弱点に変わる。

相手の恋愛観を知り尽くす。

好きな相手が求めている恋愛観がわからないとそもそも恋愛をする対象から除外される。

恋愛観というのは深層心理も加わりなかなか伝わりづらい。

お互いに魅力的だと感じる存在になる事を理想とするなら他人とはいえある程度歩み寄らないといけない。

話をしたりデートをしたり、同じ時間を過ごす中で発見した相手の恋愛観。

その恋愛観は自分とかけ離れていないか。

かけ離れたところに相手の理想があったとしても、大好きなら歩み寄らないといけない。

歩みより、互いが互いを魅力的だと感じる関係になるべき。

人を変える事は難しい。

大好きな相手に少しでも早く振り向いてほしいと願うなら、相手の恋愛観を深く理解し、それに近づく努力を怠ってはいけない。

それも恋愛テクニックと言えるだろう。

相手の理想になる事を第一の目標とする。

かけ離れ過ぎて「ついていけない」と感じるならすでに自分は相手にとって恋愛の対象ではないかもしれない。

それでもついていきたいと考えるなら、努力、あるのみ。

相手の事を想いどれだけ努力出来るか。それも立派なテクニック。

一番重要なテクニックと言ってもいい。

「まさにこれ!」と言っていい。

一番大切なこと。

相手を想い、努力する。

自分が相手にとって一番ふさわしい人になる。

それを努力せずに手に入れられるのなら、テクニックなんて必要ない。

すでに相手にとって最もふさわしい人なのだ。

ただ、大半の人は努力をして相手にふさわしい人になる。

大好きな人と一緒にいたいからこそ努力する。

そうやって恋愛を育んでいく。

常に最初の一手であり、最後の一手。

それが相手にとって最もふさわしい人になる努力。

その努力の中に細かいテクニックがあることを忘れてはいけない。

不器用な人でも大好きな人と一緒にいられるようになる。

それは相手に振り向いてもらう為に必死に努力をするから。

その努力を見て少しずつ相手の印象も変わる。

変わっていく様を見て、相手も好きになる。

それが恋愛。

そもそも初めから両想いであればテクニックなんて必要ない。

そんな二人がいるのなら冷めた目で「おめでとう」と言ってやれ。

努力せずに掴む幸せな時間など想像も出来ない。

本気で相手を大切にしたいと思うのは相手に振り向いてもらいたいと努力をしたからこそ。

恋愛にとっての最強のテクニックは努力。

結局努力。

相手に楽しんでもらえる努力。

相手にもう一度会いたいと思ってもらえる努力。

楽しい時間を過ごす努力。

恥ずかしい想いも、悔しい想いもする。

その想いを乗り越えられるのは相手の理想になった時。

相手にとって最もふさわしい人になれた時。

報われよう。

細かいテクニックなんて忘れよう。

恋愛テクニックは常にシンプルだ。

相手に好きになってもらう努力だ。

相手の事を深く理解し、それにふさわしい選択をしていく。

その選択を続けていく。

そして相手も自分の事を好きになってくれる。

努力は嘘じゃない。潜在能力。

偽ってない。頑張って得たもの。

小手先じゃない。自分にしか出来ないこと。

相手にとって理想である選択を続けていく。

間違えても取り戻す。

好きな気持ちが努力のスキルをどんどん高めていく。

好きな気持ちが小手先ではない本物のテクニックになる。

自分にしかわからない最高のテクニックになる。

理想の相手と付き合う事がゴールではない。

こんなに努力をしたのは付き合う為だけじゃない。

これだけ相手の事を想っているのは付き合う為だけじゃないはず。

相手との幸せな時間を過ごし続ける為。

これからもずっと幸せな時間を共有する為。

その為に今相手にとってふさわしい人になる努力をしているのだ。

あまりに努力をし続けて付き合う事をゴールにしてしまいがち。

それはもったいない。

付き合う事が出来たのなら相手にとって理想の相手になれた、または近づいた。

現時点にあなたが最高の相手だと判断されたのだ。

だとしたらその先もずっと幸せな時間を作り続けていこう。

今相手の事を想うこと、相手の理想でいることはその時間を作る手助けをしてくれる。

相手を理解してあげられる。

だからこそずっと一緒にいたいと考える。

その時間を作る努力は相手の事を好きになった瞬間に始まっている。

努力というテクニックは幸せになるテクニックと同じ。

誰もが認める幸せは必ず努力の先にある。

もし努力をして得た幸せな時間を笑うやつがいるなら「不幸な人なんですね」と言ってやれ。

腹が立つならもっともっと幸せになってやれ。

努力もせずに幸せな時間など訪れない。

理想の相手を想う努力で勝ち取ったのだ。

幸せだって勝ち取れる。

勝負をしているわけではない。

それでも敗北を感じる人がいる。

敗北を感じる人がいるなら勝負なのだ。

誰も敗北感を感じない最高の幸せを手に入れるしかない。

誰も勝利も敗北も感じない域に辿り着くしかない。

もうそれを達成するテクニックは持っているはず。

そしてこれからも持ち続けていくはず。

理想の相手に振り向いてもらえたなら。

そこまでの努力全てが恋愛テクニック。

テクニックなんてものはいつでも努力の先にある。

努力せずにする小手先がテクニックなら誰もがすでに幸せだ。

でも実際はそうではない。

理想の相手を射止める努力も出来ないのにテクニックなんて使えない。

恋愛テクニックなんていつの時代もシンプルなはずだ。

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過小評価され過ぎアーティスト

過小評価され過ぎなアーティスト、「楽屋シンジ」さん。

この方、作ってる音楽は素敵なのに評価が低い。

むしろ誰にも評価されてない。

あまりにも残念なので応援したい。

ポップな音楽だから多くの人にそれなりの評価を貰えそうなのに圧倒的に露出が少ない。

なのでこのブログを通してお勧めしたい。

もったいないなぁとつくづく思う。

「楽屋シンジ」さんのYouTubeチャンネルを貼っておきますのでとにかく一回聴いてチャンネル登録してあげましょう!

みんなで!

あれんじ

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