「真面目」をマジで考える時が来たら夢に近づいた気がした

メンタル

なんでも、いつでも真面目にやろうとするとすごく疲れませんか。

真面目っていうのはすごく良い。

でもずっと真面目で居ようっていう決断を真面目にやり過ぎると疲れるのです。

真面目でいようと決めた事に真面目に向かい過ぎるとなんかそれは本当の自分ではない気がするのです。

それならいっそのことですよ。

自分に対して真面目でいる方が良いんじゃないかと思う。

自分で決めたことに対して真面目でいようとすると、

 

「言った事は曲げねー!」

 

みたいな感じで漫画の主人公みたいな感じになって窮屈になる。

これ、結構キツイ時が来る。

私は気が付いてしまったのです。

世の中はそんなに甘く出来てない。

真面目な程バカを見る時もある。

真面目じゃない程バカを見る時もある。

どっちのパターンもある。

青春の真っ直ぐオーラ全開では通用しない時があるのです。

胸に秘めた熱い想いだけではどうしても跳ね返されてしまう場面が来るのです。

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いっつも真面目になんていられない。

どう頑張ったっていつも真面目になんていられない。

熱血漢だけでは通用しない。

言った事を曲げないと前に進めない時が来る。

そんな時こそ真面目に自分と向き合うべき。

世の中は多数決。

自分が悪だと思っていたこともそれが正義になる瞬間があるらしい。

それが多数決。

その時、自分にその多数決をひっくり返す力がなければどんなに真面目に向き合ったとしても跳ね返されてしまう。

無常。

自分がどんなに会っていると思ってもそれは世の中的には間違っている時がある。

共感を得たとしてもかき消されてしまう時があるのです。

無常だ。

ムカついて腹が立ってもどんなに言い張っても変わらない。

 

「自分が間違っているのか?」

 

と何回も自問自答した。

でも結果は覆らない。

それなら世の中と別の方向へ進むしかないのだろうか。

でも世の中と逆に進む事を望んでいるわけではない。

それこそ自分が言っていることを曲げてしまうことなのかもしれない。

それでも世の中の大半の人の票を得られればそれが正解な感じになるのです。

どうですか。

異議を唱えたくても唱えたところで何も変わらない。

でも漫画や映画では少しでも声を上げるべきだと言う。

それをしたところでどんどん逆の方向へ進んでいるような気がする。

世界の偉人はそれでも自分なりの正義を唱え続けた。

それに影響を受けて自分なりの正義を貫こうとする。

でも世の中は多数決で多い方に寄る傾向がある。

なんだこの感じ。

なんだ自分のこの無力さ。

虚しくなる。

ほとんどの事が思い通りになんて進まない。

進まないのです。

どんなに考えてもどんなに実行してもほとんどが自分の思い通りになんて進まない。

絶対にトラブル。

絶対に行く手を阻まれる。

絶対に躓く。

絶対に邪魔される。

しかも、何度も何度も。

思い通りになんて進まない。

どんなに自分が真面目でいようとも一向に自分の思い通りになんてならない。

どうやって夢を叶えればいいのかわからないまま。

夢を叶えたことが無いから。

だって思い通りに進まないんだもん。

諦めたくなるでしょ。

何度も何度も躓いて。

それでも自分が信じた道を貫くって…。

出来るんか。

 

「夢は諦めなければ叶うって本当ですか。」

 

疑いたくもなりますわ。

だって叶った事が無いんだもん。

精神論でまるで夢は誰でも叶うっていう感じで丸め込まれてもそれでも叶わない人の方が多いんじゃないだろうか。

サッカーでワールドカップに選手として出場するっていう夢を子供から持っているとしても、試合に出れるの11人。

倍率が割り合ってないから。

何倍だよ。

そりゃ夢が叶わない選手も出て来るでしょうね。

どう考えたって母数が合ってないからね。

それでも同じ夢を持っている人がいるわけで…。

現実的に考えると、

 

「諦めたわけじゃないけど夢が叶う前に死んでいく可能性の方が圧倒的に高い。」

 

こんな事実認めたくないわ。

でもたぶんそういうことなんだと思う。

真面目に夢について考えた事はありますか?

夢って結構漠然としているんですよ。

サッカー選手になりたいっていう夢があるとすると、

 

「なんで?」

 

って感じになるわけですよ。

どうしてそうなりたいの?って感じで。

この時に大体の人が更に先の話をするわけです。

例えば、有名になりたい。

例えば、お金持ちになりたい。

例えば、ワールドカップに出たい。

ここだけで3つあるわけです。

もう3つに分かれるわけです。

3通り。

ありゃ。

まず1個にしませんか。

まずは1個にしよう。

真面目に夢に向かうのはわかる。

でも1個にしよう。

もし夢が「なんでもいいから有名になりたい。」だとしたら、

 

「なんとなくサッカーがうまかったからそれを選んだだけ」

 

かもしれないっす。

真面目に考えてみてほしい。

自分の最終的な目的ってどこにあるのか。

「サッカー選手になってワールドカップに出る事」なのか「誰もが認める有名人」になりたいのか。

「お金持ちになりたい」のか「自分が幸せを感じる生活がしたい」のか。

単純に「サッカー選手になりたい」っていうのは目標が明確ではない気がしてしょうがないのです。

だから真面目に取り組んだとしても、

 

「多数決的には自分はサッカー選手にはなれない。」

 

で速攻で終了っす。

それが世の中の評価です。

この感じ。

超現実的なんです。

だから真面目に自分の夢と向き合わなければいけない。

真面目に曲げてみよう。

もしサッカー選手になりたいっていう夢があったとして、その夢に大半の人が反対しているならどうだろう。

それでもやりますか。

反逆精神で頑張りますか。

諦めますか。

違う夢を探しますか。

でもサッカーで言うならたぶんですけど、

 

ワールドカップに出るレベルって幼少期から「将来有望」と言われてる。

 

と思うんです。

そうじゃないパターンもあると思う。

でも大体がそうなんです。

どんなに「自分は努力だけで頑張ったから」って言う人も間違いなく「将来有望」と言われたことはあるはずなんです。

選択肢としては何を選んでも自分の人生なので正解。

でもどこかで「本当は自分には…。」と思っている部分が少しでもあるなら曲げちゃえ。

その経験を活かして次のステップに行けばいい。

それが自分の夢の真相に近づく鍵だと思うのです。

誰でも諦めなければ夢は叶うっていうのはそういうことだと思うのです。

真面目に自分を曲げるのです。

それは真面目だと思う。

自分の人生に一生懸命になった瞬間だと思う。

残るのはいつも敗北や挫折。

なんだか成功したことっていうのは残らないように作られているらしい。

褒められたことっていうのはすぐに忘れるくせに。

間違えたことや恥をかいたこと、敗北や挫折はずっとトラウマのように自分を制御しているんです。

残っちゃうんです。

成功したイメージを持ったまま次のステップに進んでも失敗するんです。

挫折するんです。

何だこの現象は。

なんでいつも自分はこうなるんだ。

 

「ついてねー。」

 

で済ませられない失敗ばかりなのです。

でもたぶんこれはみんな一緒。

失敗に次ぐ失敗をして最大の成功はどうせ一回なんです。

花火みたいなものなんです。

真面目に考えてみてください。

絶対に今まで失敗したことや恥をかいた事の方が多いはずなんです。

成功がたくさんあってもそのほとんどを覚えていないはずなんです。

私たちはそうやって作られているんです。

だから真面目に考えないといけない。

全部知った上で真面目に考えなければいけない。

自分の夢を貫き通す真面目さだけではダメなんです。

敗北も失敗も真面目に考えなければいけない。

多数決でぶっ潰されてものけ者にされても真面目に考えなくてはいけない。

「真面目」を真面目に考える時期っていうのは必要なんだと思うのです。