あの日の青春は絶対に取り戻せない

生活

10代の記憶。

10代は長い。

10歳から19歳まで。

小学校を卒業して、中学校を卒業して、高校を卒業して。

とにかく長い。

長かった。

思い出してみると少しでも早く先に進みたいと思い過ぎて、やり残したことばかりだと感じる。

早く大人になりたいと思い過ぎて、青春という青春を経験する事もなく、ただ、なんとなく流れるように長い時間を過ごした。

 

「あの時こうしていれば。」

 

そういうのでいっぱい。

20代になればそれを取り戻す旅に出る。

30代になってようやく自分が少しわかった気がする。

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10代の後悔。

全力勉強。

この「勉強」とは学校の成績に直接繋がる学業ではない。

もちろん算数や国語や社会や理科の点数は高ければ高い程褒められたし誇らしかった。

ただ、大人になってその知識をフルに使うのかと言われれば少し疑問。

でも、「勉強をする」という姿勢は学業から学んだ。

大人になって思うのは、

 

「自分が本気で勉強出来る何かを見つけたかった。」

 

なんでもよかったんだと思う。

とにかく自分が「勉強したい!」って思える「何か」がほとんどなかった。

学校が終わればなんとなく遊んで、食べて、寝る。

それを繰り返す毎日。

だから10代が長く感じた。

たぶん嫌々やることが多かったんだと思う。

本気で勉強したい何かを見つけて、それに全力で立ち向かいたかった。

10代の時にしか出来ない勉強が、今思えば学校の外にもたくさんあった。

その勉強の価値がどれだけ高いか。

大人になってから気が付いた。

学校の授業が楽しく感じないからどうしても「勉強」が嫌いと勘違いする。

学校の成績が上がらないから勉強が苦手だと勘違いする。

 

自分が大好きな事や本気で目指す何かであれば間違いなく全力勉強していただろう。

 

自分が大好きなことに苦手も得意もなかったはず。

自分は10代の頃。

それに出会えなかった。

 

全力で、本気で、打ち込める何か、勉強出来る何かがあれば少しは違ったかもしれない。

 

これからそれを取り戻せないわけじゃない。

取り戻したいとも思う。

でもそれは10代の後悔があるからこそ。

 

「今は今で満足している。」

 

戻ってこない時間をどこかで納得しようとする。

無理やり納得しているんだと思う。

 

私の10代は絶対に面白くなかった。

 

でも、

その空白を埋めるように生きるのってどうなのだろう。

 

全力異議。

10代は流されて生きてきた。

自信がなかったというのもある。

相手の才能や持っている能力が自分より高ければその人に従う。

自分よりも力を持った同級生や先輩や先生や親のアドバイスは絶対だと思っていた。

 

だから全力で流された。

 

部活をサボること。

勉強をしないこと。

先生に逆らうこと。

授業をボイコットすること。

 

部活を頑張ること。

勉強を頑張ること。

先生に逆らわないこと。

授業をちゃんと受けること。

 

どれもこれもその時の感情で流された。

そうする時もあればそうしない時もある。

 

「絶対に間違っていることに異議を唱えることもなく、それに従う。」

 

そんな生活が長く続くといろんなものを見失う。

自分が何をしたいのかわからなくなる。

その時に覚えたのは本当に一つだけ。

 

「手の鳴る方へ。」

 

全力で、自分自身に異議を唱えることが出来なかった。

同級生の様子を見て、先輩の様子を見て、親の様子を見て、先生の様子を見て。

自分がやりたい事はいつも後回し。

そうやっている内にわからなくなる。

「それでいいのか自分!」という自問自答もしない。

異議を唱えることが出来なくなっていく。

だから従う。

従い続けると指示があるまで待機するようになる。

結局自分にはなにもない。

どんどん自信が無くなっていく。

他人の評価ばかりが気になるようになる。

周囲の人とどれだけうまくやっていけるかしか考えなくなる。

自分が本当にやりたいことはなんだったのか。

 

多少傲慢だとしても、満足するまで異議を唱えればよかった。

納得するまで異議を唱えればよかった。

 

それが出来なかった。

 

初恋。

10代になると恋もする。

多くの恋をしてしまう。

どうしても好きになってしまう。

その人の全てが正解だと思ってしまう。

恋に染まる。

染まってしまうくせに本当の事はいつも言えない。

10代なんて大して中身を見ることもなく、見た目やちょっとした行動や発言や噂で恋をする。

だからいつも好きになる人はみんな一緒。

でも好きになってしまったんだから仕方がない。

仕方がないのに本当の気持ちは言えない。

 

ライバルだらけ。

 

みんな大体同じ人を好きになる。

流されやすかった性格もある。

だから自分は「好きじゃない!」と隠し続ける。

意地を張る。

超好きなくせに。

 

その人と目が合えば耳を赤くして、わかりやすいリアクションをする。

でも誰かに気づかれそうになると隠す。

その繰り返し。

好きな気持ちを隠しながらもその人を意識して生活していく。

それがすごくめんどくさい。

 

「好きなら好きって言っちゃえよ!」

 

とライバルに言ってるわりに自分も好きなのだからめんどくさい感情が湧く。

むしろわからなくなる。

 

人を好きになった事がないから何もわからない。

 

攻略方もなにもない。

初恋。

 

あんなものは絶対に実らない恋だと今でも思っている。

大して甘酸っぱくもない。

 

素直になれない。

何がしたいかもわからず、流されまくって、初恋も叶わない。

自分がバラバラ。

散らかったピースをどこにはめれば元通りになるのかもわからない。

心と体がバラバラで迷子。

感情を押さえられなくなって色んなものを投げ捨てる反抗期。

そんな状態でどんなに的確なアドバイスをもらったとしても、それが正解なのかわかるはずがない。

結局わからなくなって、反発する。

 

「うるせー!」

 

自分でもよくわかっていない部分の指摘をされて、「そうなのかぁ。」とはならない。

なるはずがない。

だから反発する。

人としてどんなに合っているアドバイスだとしても、それを「ダサい」と言う。

どう考えても「かっこいい」のに「ダサい!」と言う。

素直になれない。

 

自分を見失い過ぎて素直になれない。

 

もし素直になれたら、自分が本気でやりたいことが見つかったのかもしれない。

もし素直になれたら、良い意味でも悪い意味でも他人に流されず、納得出来るまで自分を貫けたのかもしれない。

もし素直になれたら、初恋が実っていたかもしれない。

 

10代はすんなり素直になれない。

なんだか難しい時期なんだと思う。

今でも、

 

あの時素直になれていたら。

 

そう思うことがたくさんある。

もう戻ってこない。

だから埋めていかないといけない。

20代になってもそれにはまだ気が付かなかった。

素直になれなかった自分に気が付かなかった。

だから10代で足りなかったものを探す旅が20代。

30代は素直になれなかった事に気が付く。

だからそれを埋めようとする。

 

10代の後悔を二度と経験しないように足りない部分を埋めていく。

 

40代になると頑固になる。

素直になるんじゃなくて、結局頑固になる。

 

良く考えたらずっと素直になれないでいる。

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結局時間は取り戻せない。

多くの後悔で作る土台。

青春は取り戻せない。

あの時の苦い思い出全てが後悔。

 

自分は「絶対に後悔しない!」っていう強い人間ではない。

 

たぶんこれからもそういう人にはなれない。

自覚あり。

 

結局後悔を積んでいくしかない。

後悔しない生活を続けられないのだから後悔しながらそれを積み上げていくしかない。

 

何度も同じ後悔をする。

 

自分は同じ後悔を二度としないような賢い人間ではない。

 

だから何度も同じ失敗をして、同じ後悔をする。

でもそれを積み上げていくしかない。

何度も同じ失敗をすると恥ずかしい思いをする。

その恥ずかしい思いが後悔になる。

 

後悔しないとわからない人。

 

だから後悔しない器用な生き方はそもそも出来ない。

 

器用に生きることを諦めた。

後悔してもしょうがないと思うようになった。

結局10代は帰ってこない。

20代も30代も40代も帰ってこない。

 

それを積み上げて、次の10年を迎えに行くっていうのはどうだろう。

 

もうすぐ私の娘が10代に差し掛かる。