「なんの才能もない」とか言う奴はとにかく「ダシ」を取れ

メンタル

ダシが旨けりゃ料理は美味い。

有名なラーメン店。

皆が求めているのはなにか。

そのほとんどがそのお店でしか味わえないスープ。

スープの美味しさはダシの取り方次第。

美味しいダシが取れればスープも美味しくなる。

ダシこそ、お店が持つ味の決め手と言える。

 

そのくらい大切。

 

素材は良いものを使う方が美味しい。

小麦に野菜に肉類。

名がついているブランドものを使えばそれなりに美味しくなる。

より多くのお金が必要になるかもしれないが、美味しいものは作れる。

そもそも備わっている味のレベルが高いから。

美味しくなる環境で美味しくなるように育てられている。

 

素材の良さは「才能」みたいなもの。

 

生まれながらに持ち合わせている味。

一方、ダシはどうだろう。

 

店主が様々なラーメン店で修業してようやく辿り着いた味かもしれない。

多くの素材に挑戦して、失敗に失敗を重ねて辿り着いた味かもしれない。

何年も諦めずに続けた努力で手にしたものかもしれない。

 

簡単ではない。

 

有名店となればそれはわかりやすく味に出る。

わざわざ遠くから、多くのお客さんが訪れる。

そのスープに心底惚れ込んでいる。

それほどに美味しい。

途切れることのない行列を作り、毎日毎日「美味しい」を届ける。

大した宣伝もせず、味だけで、上り詰める。

あまりに美味しいスープだから、勝手に有名になる。

誰もが紹介したくなる。

 

決めてはスープ。

 

ダシ。

 

人だって素材という才能を凌駕出来ると思う。

 

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人をラーメンに例えるなら。

才能を活かすも殺すもダシの取り方次第。

素材がどんなに良くても、ダシの取り方が下手なら美味しいスープは作れない。

でも美味しいダシが取れれば、素材が悪くても美味しいスープが作れる。

素材は才能。

ダシは努力と修行の積み重ね。

学ぶ姿勢と諦めない心。

 

「誰にも負けないくらいの美味しいダシを必ず取れるようになる。」

 

努力と修行と学ぶ姿勢と諦めない心があれば才能を超えられる。

 

才能は覆らない。

持って生まれたもの。

才能はどんなに努力をしても「変え」られない。

 

でも、「超え」られる。

 

「才能が無いから。」と言って諦めてしまったことはこれまでたくさんある。

数えきれない。

でも誰よりも美味しいダシが取れればその才能を超えられたはず。

才能に目が行き過ぎて、努力を怠り、気が付けば「自分は才能には勝てない」と思い込んでしまっていた。

 

違うパターンもある。

才能があってもそれを活かせない人。

誰よりも優れた能力を持っているのにも関わらず、結果を出せない人。

 

才能に頼り過ぎて努力を怠る。

才能はあるが努力はしない。

 

ダシの取り方を知らないまま高級食材を扱っているお店のようなもの。

確かに美味しい。

美味しいが、多くの人が驚き、もう一度食べたいと思い、行列を作るようなお店ではない。

 

「素材」が美味しいお店。

 

そんなお店はたくさんある。

地元の素材をふんだんに使う。

イベリコ豚やブランド牛を使う。

そんなお店は有り余るほどある。

才能に頼り過ぎている。

 

スープは普通。

 

素材がどんなに良くても、スープが普通じゃ有名にはなれない。

多くの人に感動を与えられない。

 

逆に、使っている素材は平凡でも、毎日行列を作るラーメン店がある。

 

スープが絶品だから。

 

超単純な話。

ダシの取り方が上手い。

多くの失敗を繰り返し、それでも諦めず、誰もが舌を巻くような美味しいスープを作り上げたから。

 

素材という才能を活かすも殺すもダシの取り方次第。

 

「才能がある」なんてほとんどの人が気が付いていない。

例えば、多くの牛の中に一頭だけブランド牛が混ざっていたら「自分はブランド牛だ!」と自分で気が付くだろうか。

 

自分の才能にはなかなか気が付かない。

 

それは全ての人が同じ人間社会の中で生活をしているから。

毎日の生活を繰り返していく中で、周りの人と比べ、様々な経験をし、うっすらと気が付き始める。

 

ちょっと脚が速い?

ちょっと肩が強い?

ちょっと成績が良い?

ちょっと料理が上手?

ちょっと話をするのが上手?

 

うっすらと気が付き始める。

初めから突出している才能に出会えることなんて滅多にない。

人として多くの経験を積み重ねていく中で気が付くもの。

天職と呼ばれる仕事にありつける人と同じような確率。

才能との出会い。

才能開花への努力。

それがなければ「自分の才能」に気が付かないまま人生は進む。

もし運よく若くして自分の才能に気が付いたとしても、更なる壁がある。

 

上には上がいる。

 

だがそれはナンバーワンはいつも一人だからであって才能を否定する事実ではない。

才能があったり目指すものが決まり始めると、自然に、「今、自分はどのくらいの位置にいるのだろう」と想像する。

そしてその順位で現実を突きつけられる。

自分よりも優れている人に出会うと「才能がない」と思い込む。

挫折のようなもの。

 

だけど、そもそも「ナンバーワン」には一人しかなれない。

 

「才能はあって当たり前。」

 

才能がある人達が競い合っているのだから才能を持ち合わせているに決まってる。

そしてうっすら自分にもその才能がある事に気が付いている。

でも上には上がいるから「才能が無い」と決め込む。

 

才能があるなんて当たり前、さらにそこからの努力でナンバーワンを目指せるかどうか。

 

ラーメンのレシピなんてネット上にいくらでも転がっている。

ダシの取り方も動画で、順序良く、誰でもわかるように詳しく解説している。

それでも行列が出来るような素晴らしく美味しいスープを作れるお店や人は一握り。

 

どうして?

 

自分にはまだ足りないものがある。

それを努力して、学びながら見つける。

見つけて、さらに努力して、練習して、チャレンジして、失敗して、繰り返して、勝負する場所を見つける。

 

誰もが認める自分にしかない出せない味を作る。

誰もが認める自分にしかない特殊な技術を持つ。

 

誰にでも才能はあるのにそれを「さらに上がいる」からと諦めてしまっている。

別に才能そのものを否定されたわけでもないのに。

 

才能を絞り込む作業。

勝負する道が決まればその道中に自分より才能がある人がわんさかいるのは当然。

問題はそこから最高のダシを取れるようになれるかどうか。

それが自分だけの技術になり、特殊能力と呼ばれるようになる。

 

スキルになる。

 

それなのに、ざっくりと大きく切り取って、

 

「上には上がいる。自分には才能が無い。」

 

と思い込んでしまっている。

まだチャレンジ出来るのに諦めてしまっている。

どうすればそういったスキルを会得出来るのか。

 

才能を絞り込む作業が必要。

 

ラーメンには多くの味がある。

どの味が一番得意なのか。

どの味を極めたいのか。

麺にも多くの種類がある。

どの材料を使うのか。

スープとの相性はどうか。

具材だって同じ。

 

ざっくり、

「美味しいラーメンを作る才能」

なんてきっと存在しない。

 

美味しいダシを取る為に世の中にある様々な材料からどれを選んで、どの味にして、どの麺にして、どの具材を使うのか考えながら、味を確かめながら、何度も何度も挑戦しなくてはいけない。

 

総合的に「美味しいラーメンを作る才能」になるかもしれないが、どう考えても多くの素材の中から選ぶ作業をサボらない人の方がダシについて詳しく知っているし、良い感覚を持っている。

 

多くの経験や努力や失敗を重ねて、才能を絞りこんでいく。

 

勝負する部分を見極める。

 

それが最高のスープになる。

 

生まれていきなり「味噌ラーメンで勝負しよう!」と気付くわけがない。

たくさんの料理を食べて、たくさんのラーメンを食べて、興味を持って、研究して、気付く。

その過程を短縮する才能を持ち合わせているなら「天才」と呼ばれるかもしれないが、ほとんどの場合、努力や経験の先にこそ自分だけのスキルがある。

 

どんなに美味しいラーメンを食べても「負けた。」と考えるわけではなくて、「まだ自分ならもっともっと美味しいラーメンが作れる!」って思っている人が有名店にまで上り詰める。

 

「自分には才能が無い。このくらいでいいや。」

 

有名店の店主にそんな人はひとりもいない。

 

才能を超えろ。

世の中には才能が有り余る者がうじゃうじゃいる。

才能で満ち溢れている。

でも私達が生きているのはそういう世界なんだから仕方がない。

 

「自分には才能が無いからなぁ。」

 

と言っている場合ではない。

才能はある。

才能が有り余るような者がこれだけわんさかいるのだから自分にだってなにかしらの才能は必ずある。

あって当たり前の世界で勝負していくことになる。

だったらダシを取れ。

 

ラーメンに見習え。

 

ダメな者ほどダシを取れ。

「才能が無いなぁ。」と思ったらダシを取れ。

むしろ才能が無い者はより多くのダシを取れ。

丁寧に丁寧にダシを取る。

その作業の連続。

 

将来そのダシはきっと才能を凌駕する。

人に感動を与えるものになる。

 

ダシが旨けりゃ料理も美味い。

 

俺は諦めない。