「出る杭は打たれる」のはなんでだろう。本質に迫りたい。

小言

出る杭は打たれる。

随分昔から言われてる事だけど、簡単に説明すると、「アイツ最近調子に乗ってんなー」と思われる人が「出る杭」で、その他の人がそいつに思い知らせる意味で「叩く」みたいなニュアンス。

個人的にはそんなイメージを持っている。

ただ、「調子に乗る」って結構色んなケースがあると思うんです。

「目立つ対象」全てに対して「出る杭」と言うのか、それとも「誰かにとって都合の悪い目立ち方をしている対象」のみを「出る杭」と言うのか。

どっちのケースもあり得るとは思うんですが、私の場合は「誰かにとって都合の悪い目立ち方をしている対象」が出る杭として意識されているように感じます。

テレビやラジオで聞いたり、週刊誌を見たりしてもそう感じる。

大衆心理的に打ちたいところを見つけて皆で打ちに来る。

学生であれば対象がクラスメイトや先生になって、社会人になれば同僚や上司に対していになる。

今回は、改めて考えるタイミングもなく、なんとなくメディアやコミニティを通じて誰かが叩かれているのを遠目で見て感じる「出る杭は打たれる」をまとめます。

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当事者は「出る杭は打たれる」と感じるか?

私はメディアやコミニティを通じて誰かが打たれているのを見たり聞いたりして、「うわー。出る杭は打たれるなぁー。」と思う。

よく考えると、これって私自身の感想なだけで、実際に叩かれている本人と同じ気持ちにはなれないのです。

まるで他人事のように「出る杭は打たれる」って言葉を使っています。

では打たれている本人はどう思ってるのか。

わからない…。

杭として激しく飛び出た事が無い私にはわからないのです。

だから想像になる。

すごく反省しているかもしれないし、逆にすごくやる気になってるかもしれない。

もし、「ちくしょー!もっと頑張って結果を出して認めてもらえるようにする!」と思ってたら、自分の人生を生き抜く燃料になっているかもしれない。

打たれていると感じるのではなく、「注目されている」と思ってるかもしれない。

「出る杭は打たれる」と思ってるのはいつも外野の私達だけなのかもしれない。

打たれている本人は、「出る杭は打たれる」とは思わないんじゃないだろうか。

そこまで飛び出せる力や度胸があるのが…逆に凄いと感じるのは私だけだろうか。

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杭が出てれば気になる人はいるだろう。

そもそも「出る杭は打たれる」という表現は、他の杭は平坦にちゃんと並んで整っている中で、一つだけが妙に出っ張っている状態が気に入らないって事です。

そりゃ気になるでしょうに。

私なら気になって平らにしたくなる。

整えたくなる。

そんな気持ちと複雑な人間関係や価値観の差を例えて「出る杭は打たれる」としたのだと思う。

もし、あまりに芸術的な杭の出っ張り方をしていたら…。

ずっと眺めていたいと思うかもしれない。

芸術的過ぎて…。

どちらにしても、自分の目が届く範囲の中で一箇所だけ杭が出ているなら、気になるだろうなって話です。

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打っても凹まない杭がある。

さっきも少し説明したけど、他人には「打たれまくっているように見える」けど、本人はそれを燃料にしているパターンがあると仮定して、それを杭に例えるなら、そこには打てども打てども凹まない人がいるわけです。

打っても打っても逆に飛び出して来るような存在。

世界中にこれだけの人がいるんだからそういった人も少なからずいるはずなんです。

私の記憶にはそういった人が何人かいます。

坂本竜馬にサンボマスターに堀江貴文。

スティーブジョブズに孫正義も。

打たれても打たれても凹まないどころかどんどん伸びてくる人。

考え方が特殊なのかもしれないけど、時代を変えたり作ったりする人はいつも「出る杭は打たれる」を経験しているのかもしれない。

本人は「打たれている」とは感じていないだろうけど。

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人々が出る杭に合わせるパターンもある。

強靭な精神力と行動力で打てども打てども凹まない杭は、時に多くの人の憧れになったりする。

打たれる内容が極悪だったら憧れにはならないけど、何かに対して一生懸命になって、それを貫こうと努力を続ける姿は感動を呼ぶんです。

「素直にすげーな。」って。

多くの人が心を動かされれば、出る杭を打つのをやめ、応援したり、協力したりするようになる。

出てる杭の方に合わせる人々が増える。

革命っていつも出る杭から生まれるような気がする。

私の場合は、出る杭には一度反応して叩こうとするけど、多くの人が「すげーな。」と言い出したタイミングで手の平を返すように応援や共感側に回るタイプです。

「だせーな。」っていつも自分で思っています。

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みんなそれぞれ杭を打ち合ってる。

今日もどこかで出る杭が打たれています。

ありとあらゆる場面で「誰かにとって都合が悪い対象」が打たれる。

明日も打たれるでしょう。

明後日も、これからも。

もしかしたら誰かが打ち返す場面もあるかもしれない。

いつだって私達は互いに杭を打ち合いながら進化してきたんです。

杭を打つのをやめていたら、人類としてこれだけの成長はなかったかもしれない。

スティーブ・ジョブズがいなければ、スマホが生まれる事はなかったかもしれないんです。

だからこれからもバチバチやっていこう。

次は誰が革命を起こすんだい?

いつも私は蚊帳の外。