すでにインターネットに支えられている

生活

肝心なところで救ってくれるのはいつも誰かが作った何か。

これだけインターネットの世界が広がっていると、人と人の繋がり方も変わってくる。

仕事も会社に出勤するんじゃなくて、家でパソコンとインターネット回線があれば成り立ったり。

勉強なら学校に行かなくても出来てしまったり。

なんならインターネット上に学校が出来てしまったり。

 

これまでの人の繋がり方や常識が変わりつつある。

 

認めたくない部分もあるけど認めなくては先に進めないような状況になってきている。

それを良しとする人もいれば本気で反対する人もいる。

どちらかというと私は賛成派で、

選択肢の幅が広がったと思っている。

 

ちょっと話は変わるけど、

自分がピンチになった時、救ってくれるのはいつも誰かの言葉だったり、誰かの温かみだったりした。

 

インターネットが無かった時は主に周囲にいる人達から得る。

友人や先輩や上司や家族。

そういった人の繋がりやそこから発せられる言葉や行動にすごく影響を受けた。

 

自分が落ち込んだ時。

 

励ましてくれるのはいつも一番傍にいてくれる人だった。

インターネットが普及して、その言葉や行動が直接人と繋がらなくても影響を受けるレベルに達している。

 

誰かが作った音楽。

誰かが作った言葉や映像。

 

そういったものに元気をもらう瞬間が私にはある。

会った事もない人からそれほどの影響を受けるくらいにインターネットが普及したんだと思う。

 

いつも窮地になると私を救ってくれるのが、誰かが作った何かや誰かが発した何かであれば、

単純にインターネットがあるだけでその選択肢が多くなったのだと思っている。

 

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インターネットと共に生きる覚悟。

情報量。

影響を及ぼすっていうのは悪い意味じゃなくて、

実際に世界で起きている「本当」が見えやすくなるのだと思っている。

「真実」が及ぼす影響は意外に大きい。

 

例えば大好きな芸能人が、大嫌いな芸能人との熱愛が発覚した時。

 

それが「真実」なのに結構落胆する。

インターネットとは直接関係ないけど、

真実ってそれなりの影響を及ぼすのだと思う。

 

インターネットは情報の量が半端じゃない。

調べること全ての答えを出して来るんじゃないかと思うくらいに情報が多い。

 

グーグル先生って呼ばれるくらい、

検索窓は世界中の人々の質問に答えられるようになった。

 

記憶力なんて無意味になりつつある。

 

学生の頃、せっかく覚えた多くの年号と歴史はたぶん、

全部インターネット上にあると思う。

 

それ以外にもたくさん。

 

本当にたくさん。

これまで暗記で乗り越えてきた壁をぶち壊してくる。

 

暗記の意味。

知識の意味。

 

そういうのが少し変わったような気がする。

そうなると学業の在り方にも疑問が生まれる。

 

どれが正しいのかはまだまだ模索中だと思うけど、

良くコメンテーターが言う、「情報を選ぶ力」は必要になりそう。

 

嘘か本当か。

 

調べた情報に対しての免疫みたいなものを強化していかなくちゃいけない。

インターネット上には幼い子供にとって、難しい情報や危うい情報が多々ある。

 

我が家にも子供がいる。

 

やっぱり難しい。

情報が無限にあるから余計に難しい。

 

嘘も本当もある。

同じ場所に、

同じようなデザインのWEBページに。

悪い奴も良い奴も中間の奴も、

皆インターネットが使える状況だから一緒になっている。

 

どれが本当でどれが嘘か。

悪意も善意もごった返し状態。

 

でもこれからの世界は、

「インターネットを使わずにはいられない」

に決まっている。

 

まずは親である私が選別出来ないと話にならない。

 

それが正しい選別なのかどうかもわからないけど、

「良い」も「悪い」も知っていないといけない。

 

忙しくなりそうな予感。

 

そういう「選別」の感覚的な知識は絶対に必要になる。

 

信頼感。

あまりインターネットを使わない生活をしていると、ネット上の世界を信頼しない。

便利なものがたくさんあるのにやる前から毛嫌いしているような感じ。

 

それはそれで良いと思う。

 

情報があり過ぎて、正直、「無駄」と「便利」が拮抗している。

ネットショッピングなんて必要な物だけを買って届けてくれるのならありがたいと感じる。

 

だけど店頭に並んでいる商品との値段の差があまりにもかけ離れている時がある。

「便利だから。」となんでもかんでも買ってしまう可能性も。

 

ネットショップ上でもおんなじ商品なのに値段が違うとか。

 

あれはやめて欲しい。

 

正直詐欺に近い。

だから最近は総合的なショッピングサイトではなくて、

「いつも利用しているお店のショッピングサイト」を利用するようにしている。

 

これは単に信頼性の問題だと思う。

 

総合的なショッピングサイトより実際に行ったことがあるお店が信頼出来るのは間違いない。

 

だって同じ商品で値段が違うってこともそんなにない。

いつも行っているっていうだけで少し安心。

 

少し前までは楽天やAmazonの総合ショップ的な感じがメインだったけど。

また一つ先に進んでいるような気がする。

 

情報を探すのにも、「誰」が言っているのか。

「どんな人」が載せた情報なのか。

っていう部分が重要視され始めている。

 

これも信頼感。

 

一般の人が「医療」についてアドバイスしていると思うとやっぱりちょっと…。

そういうのもすぐに反映され始める。

 

インターネット上の情報は猛スピードで成長している。

 

早くて追いつけない。

 

でも食らいついていかないとあっという間に置いていかれそう。

 

良いものになると信じる。

インターネットはまだまだ発展途上。

だからこそ情報が溢れかえっているし、それを利用して悪いことを考えつく人もいる。

でも成長速度がめちゃくちゃ早い。

絶対に対策されていく。

 

多くの人が便利な物として受け入れ始めている。

 

無くてはならない物になりつつある。

生活の基盤になる日も近い。

だからこそセキュリティを強くする必要がある。

世界規模で使われているのだから当然。

 

全世界の多くの人が安心で便利な使い方をしたいと考えている。

 

多少の犠牲はあれど、それを機に圧倒的なスピードで対策されていくのだと思う。

全世界が繋がっているのだからきっと、もっと良い物になっていくのだと信じたい。

 

これから共に生きていかなくてはいけないのに、犯罪ばかりが目について、インターネットが怖い存在だと感じる瞬間がまだまだある。

 

それを無くしていかなくてはいけない。

 

アプリやソフトフェアのアップデートばかりをしている場合ではない。

私達のインターネットへの考え方も同時にアップデートしていかないと追いつけなくなる。

 

インターネット全体もそうだけど、その中で行われる細かな事も、全て人が作ったものなのだから。

お互い認め合いながらうまく付き合っていくしかない。

ご近所付き合いみたいな感覚で、共有し合っていかないといけない。

 

地域と同じように、多くの人の目が行き届くのであれば犯罪だって予防出来たりする。

 

その目を私達が持たないといけない。

 

必ず良い物になると私は信じている。

それに協力する程知識はない。

 

「協力する方法」すらネットで調べる。

 

気が付けばネットの虜になってるけど。

 

車や自転車みたいなもの。

乗り物が嫌いな人がいる。

だからそういう人は自転車に乗らないし、車の免許も取らなかったりする。

 

ただ、あった方が便利に使える場面もある。

 

結局価値観になってしまうからなんとも言えないけど、

始めて自転車に乗ろうとすると乗れないのに、

練習すると気が付いたら普通に乗れるようになっていたりする。

 

練習した頃のことなんて人生の中ではほんの一瞬の出来事で、

「そういえば練習したなー」程度の記憶になる。

 

インターネットも同じだと思っている。

 

いらない場面もある。

駅前に住んでいるとか。

自転車を使わない距離に必要なものが揃っているとか。

 

結局気が付けば、そこにある物になっていて、

使い方によっては危険だし、便利にもなる。

車もそう。

自転車もそう。

インターネットもそう。

 

社会があるのならルールも整う。

「インターネット」って言葉からイメージしちゃう部分もあるけど、

人との繋がりが疎かになっているわけではないと思う。

 

現に私はインターネットを使って、

音楽を聴いて、感動して、明日も頑張ろうって思う瞬間がある。

誰かが録画した映像で大笑いして幸せな時間を過ごさせてもらっている。

ネット上のレシピを見て、料理を作って、子供が喜んでくれる時がある。

遠くの土地にいても現在地が確認出来て、道に迷う心配も無くなったし、それで少し安心したりする。

 

私はすでにインターネットに支えられている。