大学に行く意味を見出せない人へ

生活

私は大学を中退しました。

このブログでも何度か伝えていますが、「理由」が曖昧だったからです。

将来何がしたいのかわからなかったし、大学に行く事でそれを見つけられる気がしなかったからです。

でも理由なんて後付け出来る。

大学に行ってる間に本当にやりたい事を見つけられたかもしれない。

将来何がしたいのかわからないからこそ大学に行くって選択肢もある。

大学を中退してもうかれこれ15年くらい経つけど、やっぱり今でも「行っておけば良かったなぁ」とは思わない。

仕事が無いわけでもない。

アルバイトでも生きていけるし。

裕福ではないが家族もあって、それなりに幸せにやっている。

共働きだけど納得出来る毎日を送っている。

ひもじいおっさんだと思うかい?

まだハゲてはいないけどな!

バカにするなら好きなだけしろ。

お前らが何を言おうが俺は俺の幸せに向かって進む。

それ以外は雑音だ。

今回は大学に行く意味を見出せない奴らにありがたい言葉をプレゼントしてやる。

まぁ、黙って読めや。

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夢中にならなきゃ面白くないぞ?

大学進学が決まった時はどんな気持ちだった?

望んだものが手に入ったような感覚?

学びたい事がありそうだった?

そっか。

良かったね。

私にはそんなもんありませんでした。

「受験からの解放」

それだけ。

結局行きたくなかったんだよ。

大学なんて。

でもそれ以外の選択肢を持ってなかった。

何をしたいのかもわからなかった。

だから周りの雰囲気に合わせて大学進学を選んだ。

正直、受かればどこでも良かった。

まぁ、辞める時に本気で親に頭を下げる事になるんだけどね…。

無駄に使わせてしまったお金は今後ありとあらゆる形で返していきたいと思っている。

「受かればどこでも良かった」って考えを持ってる状態で大学に行って何を学んだと思う?

大学中退っていう「結果」だけだよ!

親に迷惑をかけてるから偉そうに言っちゃいけないが、本当にそのくらいなもんだ。

他にも探せば出てきそうな気もするけど、結局何を学んでたのかわからなかった。

大学で学ぶ全てに興味がなかった。

でも漠然と「立派な人になる」って野望はあった。

「なんとかなる!」って思ってた。

ちゃんと人生をナメてた。

マジでダサかったなぁと今でも思う。

でもね。

そんなケ・セラ・セラ精神を持っていたからこそ中退を選べたのかもしれない。

「なんとかなる」って気持ちだけで、やりたい事なんてなかったなぁ。

「立派な人になる」の定義がよくわからないけどね。

大学に行く選択をしたおかげで我慢してる事ってない?

私は音楽でした。

「音楽なんかで食べていけないだろ」って思ってたり、言われてたりしたから、それがやりたくても選べなかったなぁ。

中退してから音楽をやる事になるんだけど、そこから今の生活までは本当にあっという間で記憶も定かじゃない。

そのくらい夢中になってたんだと思う。

楽しいとか辛いとかじゃなく、単に夢中になれるかどうか。

これ。

超大事。

大学にそれが無いなら辞めていいんじゃない?

探しても見つからないなら何を学んでもきっと面白くないよ?

大学にはお前が夢中になれるものが無いんだよ。

そんな状態で大学に行き続けて何が面白いんだ?

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人の価値って学歴なん?

たまにこんな事を言う奴がいる。

「〇〇大学を出れば将来は安泰だな!」

いまだにそんな事を言う奴もいるのだよ。

じゃあ俺は?

安泰じゃないって事か?

そもそも安泰って何?

就職先の事?

給料の事?

ん?

まるで人の価値は大学に行かないと得られないような言い分ですな!

んなわけあるか!

大学に行かないと生きていけない世の中なの?

んなわけあるか!

どんなに良い大学に行っても、どんなに良い会社に勤めても、辞めていく奴はいるんだよ。

「なんか違うなぁ」って感じる奴はいるんだよ。

面白くない未来が見えちゃったんだよ。

だから辞める。

その人には価値が無くなるの?

んなわけあるか!

人生の安泰ってのが何なのかさっぱりわからんが、心が潤ってない人生に興味なし。

人の価値なんて学歴じゃ決まらない。

学歴は学歴でしかないのだ!

学歴を有効に使える奴が手に入れれば良いじゃんか。

そこに魅力を感じない人は違う所に価値を求めるんだよ。

この世には勉強が好きになれない奴もいる!

俺だ!

そんな俺に向かって「人の価値は学歴」だと!?

認めるかボケ!

それを認めちゃったら社会に面白い事が何一つ無くなるわ!

だから絶対に認めない!

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行きたくなったらまた行けばいいじゃん。

大学って、いつでも行けるんだよ。

別に今じゃなくても良いじゃんね。

ワクワクする未来の為に学びたい事がそこにしかないと思ったら、その時に行けば良いじゃん。

なんで高校を卒業したらすぐに行かなくちゃいけないの?

なんでそんなに「いつ大学に行くか」にこだわるのか。

さっぱりわからない。

「学びたい事が出来たら大学に行く。」

これのどこにダメなところがある?

誰か教えてください。

大学に行きたくなった時に大学に行っちゃダメですか?

学びたい時に学んじゃダメですか?

へ?

別に良くない?

本来それが「一番正しい大学に行く理由」なんじゃないのか?

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意欲がなきゃ学べない。

大学に限った事じゃないけど、「学ぶ」ってのは意欲があってこそだ。

私の場合は今こうしてブログを書いてるわけなんだけど、「ブログ書きてー!」って言ってるだけじゃ出来ないわけ。

サーバーが必要だとか、ドメインが必要だとか、多くの人に見てもらうにはとか、いくつか学ばないと出来るようにはならない。

お金を出して作ってもらうにしても、「どこにお金を払うのか」は自分で調べないといけない。

自分で情報を集めて精査する。

それが学ぶって事なんだと思ってる。

大学に行っていても「何がやりたいか」が決まってなけりゃ学ぶ意欲も生まれないんだよ。

諸君!いいか?

学びってのは興味だ。

興味こそ意欲だ。

ごちゃごちゃ考えなくても意欲が湧いてくりゃ勝手に学ぶんだよ。

意欲はなんとなくで生まれる感情かね?

誰かに与えられて生まれる感情かね?

自分にしか生み出せない感情じゃないか?

そうは思わんか?

学業に対して意欲がある奴が本当に羨ましいな!

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やりたい事が無いなら。

大学に行こうが、そうじゃなかろうが、お前らは社会で生きていく。

年を重ねりゃ勝手にそうなる。

私のように学業に意欲が無い奴でも一応社会では生きていける。

将来何がやりたいかも定まっていないなら漠然と「社会を学ぶ」ってのはどうだろう。

社会を学ぶって超大雑把なわけさ。

ちなみに私は社会学部社会学科という超大雑把な学業を専攻し、中退。

大雑把過ぎて何を学んだらいいのかわからなかった。

ところがおっさんになってちょっとわかる部分もある。

社会なんて大雑把なんよ。

生きてる今が社会。

明日も社会。

我々が生きている世界そのものが社会なんよ。

大雑把でしょ?

だから自分の人生を一生懸命生きる事にした。

それが社会を学ぶって事。

シンプルに、将来の自分を想像して、なりたい自分になる為の今を生きる。

逆算しろ。

未来は今の積み重ねで出来ていく。

「なんとなくの毎日」で作られる未来なんてずっと「なんとなく」だ。

さっさと気付け。

お前は何に対して毎日を積み重ねてるんだ?

大学に行くよりよっぽど重要だろ。

いや、大学に行くなら尚更重要だろ。