いつも時代は急に変わる

小言

最近ドライブレコーダーが搭載されている車が多くなった。

ドライブレコーダーが付いていることで、もし事故を起こしてしまった時に「何が起きたのか」が映像として残される。

「証拠」として残すことが出来る。

「証拠が残る」が「監視役の存在」として誰かに安心を与えていたりする。

ただ「監視されている」と逆に不安になる人もいる。

今では街中のいたるところにカメラがあって、犯罪が起きると、その証拠や犯人の足取りを追う役目を担ったりしている。

私が高校生くらいの時、当時住んでいたマンションに監視カメラを設置するかどうかで住人達が話し合っていたのを覚えている。

その話し合いでは「賛成派」と「反対派」の意見があって、ちょうど半分くらいの意見の量だった。

でも、当時から20年近く経って、今はマンションだけではなくて、そこら中に監視カメラがある。

たぶん、私が街に出かければ、必ず一度はどこかのカメラに姿を捉えられていると思う。

そのくらい監視カメラが設置されているのが当たり前になった。

正直、私は監視カメラはあった方が良いと思っている。

むしろもっと増やすべきだと思っている。

最近ニュースで「煽り運転」が問題になっているのを見た。

この「煽り運転をした事実」だって映像として残してあったからこそひとつの「証拠」として運転者に突きつけられる。

こういった犯罪的な行為を取り締まる役目を担っている。

ついこの間まで監視カメラについて反対意見が半数くらいあったのに、気が付けば当たり前に。

時代はいつも急に変わる。

今回はAIの進化によって今まさに時代が変わりそうな雰囲気を伝えたい。

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自動運転から考えられる監視カメラの未来。

最新の車の装備には「安全装置」の一部として、自動運転システムが搭載されていたりする。

人が完全に手放しで運転出来るようになるには法律も含めて調整が必要になるが、正直、今の技術だけでも十分に自動運転が可能なレベルに到達している。

その理由は車に搭載されるカメラの性能にある。

夜でも雨でも周囲の状況を認識出来るだけではなく、更にレーダーを使って障害物との距離も正確に測れたりする。

人が目視で確認するよりも遥かに高性能な視野の広さを持っているだけでなく、カメラから入ってくる映像を車が認識して、前車とぶつかりそうになれば緊急ブレーキを発動したり、車線からはみ出しそうになれば車自らがハンドルを操作して車線内に戻してくれる。

こういった機能は「自動運転」の前に「安全装備」として認識されている。

つまり、自動運転は究極の安全装備に含まれるんだと私は思っている。

少し前まではカメラについて「監視されているようでなんか嫌な気持ちになる」っていう意見も多かったが、自動運転や車に搭載されるカメラの在り方から考えれば、カメラは「さらなる安全を生み出せる」機械です。

人間以上に視野が広いんです。

すでに存在する機械とカメラを合わせたり連動させたりすることで、今後は更に安全な社会を作ることが出来るんじゃないかと思っています。

それを最初に感じさせてくれたのが車に搭載され始めた「自動運転技術」であり、それを支える「カメラの性能」でした。

「運転しないで目的地へ」の時代はもうすぐそこまで来てる。

きっと一気に変わる時が来る。

AIと監視カメラの軍事利用。

カメラの性能が向上した事によって、より遠くのものをはっきりと捉えられるようになった。

宇宙から地球を見下ろせる衛星からの映像もより鮮明になった。

カメラだけでなく、位置情報を伝える衛星の機能も向上している。

GPSを使った位置情報もグングン正確になりつつある。

そこで最近ではカメラとAIを組み合わせた機械の軍事利用も開始されている。

戦闘機にカメラとAIを搭載し、自動運転で目的地まで飛び、攻撃目標をカメラで捉え、爆撃する。

リモートコントロールとして人が目で捉えた対象物をラジコンのように操作して爆撃するような戦闘機はすでにあった。

なんと、それを完全に機械が自動的に行うように開発している段階らしいのです。

つまり、自動的に目的地に行って、対象物に攻撃をするまでを全てカメラとAIが判断して実行する。

完全無人の軍事設備を作ろうとしている。

カメラの性能も、GPSの性能も、AIの進化も、私達が知らない所でどんどん進んでいる。

もし、街中の監視カメラに人を捕まえる機能が追加されたとしたら、犯罪を捉えたカメラが対象者を捕まえる時代がもうすぐそこまで来ている。

AIとカメラが軍事利用され始めたってのは時代が変わる合図なのかもしれない。

技術的革新の不安。

実際に今どこまで開発が進められているのか詳しくはわからないけど、軍事設備に対しては賛否両論。

私はその賛否両論を今なら「反対派」として手を挙げる。

誤爆の可能性を考えてしまうからです。

でも先の未来では「賛成派」として手を挙げているかもしれない。

それはあの時マンション内に監視カメラを付けるかどうかの話し合い結果のように、今では当たり前のようにあるものが初めて設置されることに対しての「不安」がそうさせているんだと思う。

「もしかしたら…」を考えてしまう。

軍事利用として、武器として使われるカメラとAIが本当に正確かどうかがわからないから不安なんです。

「誤爆」が起きれば大問題になる。

罪のない人々を巻き込む恐れがある。

だから「不安」なんです。

ただ、これまでヒューマンエラーとして起きていた事故は仕方がないとされてたのにも関わらず、機械が相手になると100%を求めようとするのが人です。

誰でも失敗はするけど、機械では一度も許されない。

今後自動運転の技術進化が益々進み、交通事故が明らかに減少していく様を見れば、多くの人が機械とカメラとAIの性能の高さを実感する。

実際に交通事故が誰が見ても「減った」と感じるまで不安は消えないんだと思う。

だからこそ自動運転は段階的に車に搭載されていく。

まずは車線をはみ出さないように。

そして前車との車間距離を自動で保てるように。

ぶつかりそうになれば急ブレーキを自動でかけるけど、あくまで最終的な判断やハンドル操作は人が主体です。

そういった機能を段階的に車に搭載していくことで、まずは人が「自動運転」を実感し、より安全であることを知る必要がある。

その段階が過ぎればいよいよ自動運転までの距離は短くなる。

人が運転する車よりもカメラやレーダー、そしてAIが組み込まれた機械が運転する車の方が安全だと感じる時期が来る。

最近ではタクシーも自動運転の開発に協力し始めている。

運転席に人を乗せてはいるが、何も操作せずに、目的地を入力するだけで自動でそこまで行けるようなシステムだってすでに存在する。

まだまだ実用化にはクリアしなくてはならない課題はあるけど、もうそこまで来ている。

「人よりも優秀である事実」が立証されれば、今抱えているAIやカメラ、自動や無人への不安は少しずつ取り払われていくと感じる。

その時にはすでに大きく時代は変わっているような気がするんです。

いつも時代は急に変わる。

初めて車が作られた時、それが道路を走るのは「危険だ」と言っていた人がいる。

初めてカメラが作られた時、魂を吸われると言って「恐れていた」人がいる。

初めて飛行機が作られた時、「怖くて」乗れなかった人がたくさんいる。

最初は誰だって否定的になる。

最初は誰だって不安になる。

でもそれが「安全である」とか「便利である」と認識されればすぐに当たり前になる。

そうやって世の中は進化してきた。

今回のAIやカメラの性能、そして自動運転を含めた軍事設備の開発も、きっと当たり前になる。

これだけAIの時代だと言われているんだからみんなそういった時代が来ることは薄々気が付いているんです。

みんなが薄々気が付いているんだとしたら、間違いなくそれは次の時代で当たり前になっている。

初めてスマホが市場に現れた時、まだまだガラケーを持っている人が大勢いた。

だから店頭に並ぶ携帯もスマホの方が少なかった。

でも気が付けばスマホばかりになって、今となっては当たり前。

携帯と言えばスマホになった。

時代ってのはいつも人々が薄々気が付き出してから一気に変わる。

結局いつも、急に変わるんです。

小言
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過小評価され過ぎアーティスト

過小評価され過ぎなアーティスト、「楽屋シンジ」さん。

この方、作ってる音楽は素敵なのに評価が低い。

むしろ誰にも評価されてない。

あまりにも残念なので応援したい。

ポップな音楽だから多くの人にそれなりの評価を貰えそうなのに圧倒的に露出が少ない。

なのでこのブログを通してお勧めしたい。

もったいないなぁとつくづく思う。

「楽屋シンジ」さんのYouTubeチャンネルを貼っておきますのでとにかく一回聴いてチャンネル登録してあげましょう!

みんなで!

あれんじ

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