無駄な時間と無駄じゃなかった時間

小言

テレビで映画やドラマを観ている時にひとつ気が付いた事がある。

それは「次の展開が気になるように」作られている事実。

私はせっかちなタイプの人間です。

だから自分が思う「知りたい」への欲求を速攻で満たしたくなる。

CMなんて最悪で、リアルタイムで放送されているのに飛ばしたくて仕方がない。

だからいつも「またCM!?」とか文句を言ったりする。

でも、よく考えたら、それがテレビ側の都合であり、収益源であって、CMがなきゃドラマを作ることも映画をテレビで放送したりも出来ない。

気が付いたら、視聴者の私はCMがあるのが当たり前で、その時間もテレビはつけっぱなしで、結局待ちながらCMも見ちゃったりする。

それがテレビ側の狙いだとわかっていても。

私は思った。

知らない間に「当たり前」になっている部分で、自分の大切な時間を無駄に消費している瞬間があるかもしれない。

そもそもドラマも映画もダイジェスト版にすれば内容は10分程度で説明出来そうなもの。

登場人物への思い入れは弱くなるかもしれないけど、作品が一番伝えたい事は文章としても伝えられる。

と思っている。

そんな事を言ったらテレビ番組が全てタンパクになってしまうかもしれないけど、最近小説をドラマ化とかマンガを映画化とか、よく聞く。

つまり原作を読めば…。

その作品のファンであればドラマ化されても映画化されても観るのはわかる。

でも私はせっかちです。

CMを飛ばしたい時間、放送されるのを待ちわびる時間。

違う方法でその欲求は満たせるのかもしれない。

結局「いかに短時間で自分が知りたいと思った欲求を満たせるか」を考えてしまう。

今回言いたいのは、せっかちさんの私が「その時間、無駄じゃない?」って思うこと。

それと無駄じゃなかったこと。

行列や渋滞。

限定品の発売や、人気な飲食店。

テレビでも取り上げられるくらいの行列を目にすることがある。

なんなら並び過ぎて店側と客がもめている様子も見る。

「こんなに並ぶとは思わなかった」って気持ちで行列に並んでいるのならまだわかる。

転売を目的とした仕事であるならまだわかる。

大きく儲ける為であれば並ぶかもしれない。

でもそれ以外の場合。

正直、せっかちな私には苦痛でしかない。

そのイライラを店員にぶつけたくなるかもしれない。

限定品が欲しいのなら、転売目的の人から買ってもいい。

別の手段として。

最近はネットでもあまりに非現実的な値段にはならなかったりする。

競争が激しくなったからだとは思うけど、「高いけどこのくらいなら出してもいいかな?」って値段設定になってたりする。

せっかちな私は…買うだろう。

自分が遠いところまでいって、さらに行列に並んで、何時間も待って買うくらいなら、割増料金を出して一瞬で解決する方を選んでしまう。

転売を促進したいわけじゃないけど、それによって時間を有効に使える人もいると私は思っている。

買占めはさすがに並んでいる人が可哀そうだけど…。

店側としてみれば、「売れればそれで良い」んじゃないだろうかと思うのです。

「行列を作った」っていうプレミア感を出せればそれで良いと思うのです。

それから渋滞。

予測出来ない事故やその他の理由で渋滞になってしまったならわかる。

だけど連休の初日とか、「道が混むとわかっている状態」で渋滞に巻き込まれるって意味がわからないのです。

「どうしてもその日じゃなければならない」っていうのはわかるけど、時間を変えるとか、混まない時間を狙って行動するとか…。

別の方法もあるんじゃないだろうか。

せっかちな私はその時間を本当に無駄だと思ってしまうのです。

渋滞を避けられるなら頑張る。

その分空いた時間で休んだり、睡眠を取ったり、別の楽しみを見出したい。

行列や渋滞に巻き込まれている時間も自分の大切な時間を消費しているんだから。

時給に換算したらいくらだろう…。

なんかもったいないと思ってしまうのは私がせっかちさんだから?

目的が無い飲み会。

会社に勤めている人は経験したことがあると思う。

しょうもない会社の飲み会。

もちろん個人的な意見。

取引先との関係を保つ為にそういった席につかなくてはいけない瞬間はある。

ちゃんとした目的があればどんな席でも「実績を残してやる!」って気持ちも沸いてくるけど、社内の反省会的な飲み会…これ、私は嫌い。

仕事で失敗した事を飲み会まで開いて、その失敗とは関係の無い人も巻き込んで開催。

みんなでワイワイやるのが好きな人ならまだしも、そうじゃない人も巻き込んでやるのはおかしい。

でも参加しないと「あいつノリ悪くない?」って言われる。

「行きたい人」と「行きたくない人」がいて当たり前なのに、なぜか足並みを揃えようとする。

「仕事」ならわかるけどそりゃもうプライベート。

足並みを揃えなければならない瞬間は必ずある。

でも社内の誰かの反省会みたいな飲み会は仕事ではない。

なんならお金も出ていくだけ。

誰が儲かるかって…お店だけ。

お金を払って好きでもない上司の昔話を聞いている時間…。

苦痛である。

せっかちとか関係なく、私は苦痛です。

それなら家に帰ってyoutubeでも見ながら一人で缶ビールを飲んでいた方がまだマシ。

過去に起きたことを引きずって先に進めない自分。

誰にでも少なからずトラウマみたいなものがあると私は思っている。

深く傷ついたこと、すごく怒られたこと、めちゃくちゃ悲しかったこと。

誰だって一つや二つは心の中に持っているんだと思う。

そんな私にテレビや雑誌やラジオで聞いたことのあるような事を誰かが言う。

「時間が経てば…」とか「自分だけじゃない」とか「乗り越えられない試練は無い」とか「過去は変えられないんだから前を向け」とか。

そんな時いつも思う。

「それが出来ないから先に進めないんだけど。」

私は今でもそれなりのトラウマを持っている。

そのトラウマのおかげで「自分らしくない時間」をたくさん過ごしてきた。

正直無駄だと思っていた。

気持ちの整理が出来なくてずっと悩んだりする。

そのトラウマの原因がどんなものであっても、自分の記憶の中から消すことは出来ない。

消したつもりでもいきなり蘇ってきたりする。

そして眠れなくなったりする。

本当は忘れたい。

でも忘れられない。

私はある時思ったのです。

もしかしたら、これって、本能的に実は大切にしているんじゃないかって。

もう悩みたくないから「忘れよう!」と何度も思った事。

「こんなに辛いのはあいつのせいだ!」ってずっと誰かのせいにしてる事。

「絶対に許さない!」と思い出すだけで怒りがこみ上げて来る過去の出来事。

今でも忘れられない失恋。

心から「あの時は申し訳ない事をしたな」と後悔していること。

「あの時こうしていれば…」と思っている変えられない過去。

全部忘れたくても忘れられない。

今でも思い出す。

勝手に思い出してしまう。

そもそも、「過去に起こったことは変えられないのに忘れようとしている」という矛盾。

催眠に近い。

もう変えられないのなら忘れるのは恐らく無理。

私はそういう性格。

それなのに出来ない事をやろうとしている自分。

それなのにその時間が無駄だと思っている自分。

もしかしたら違うのかもしれない。

本当の正解はわからないけど、

「トラウマになる程の衝撃があった過去の出来事の上に立って今もなんとか生きている自分はめちゃくちゃすごい。そんなに頑張っている自分をもっと大切にしてあげたい。」

って考えた。

忘れられない過去やトラウマを持って生きている自分をもっともっと褒めて、もっともっと大切にしてあげなくちゃいけないと思ったんです。

「自分すげーな!」って称えてあげなくちゃ。

だって過去は消せないんでしょ。

だから忘れたいけど思い出してしまうんでしょ。

だけどそのトラウマや過去を心から大切になんて出来ない。

嫌なことだし。

それなら、

それを持って今を生きている自分を超絶褒めて、もっともっと大切にしてあげないといけないと気が付いた。

誰よりも自分を自分で褒めちぎってやりたい。

称えまくっても構わない。

「めちゃくちゃ頑張ったね」って。

「本当に凄いね」って。

自分の事は自分が一番よくわかってるはずなんだから。

そう思えた今、あれは無駄な時間じゃなかったと初めて思える。