「落ち込みやすい」と言われても…。

メンタル

たまには落ち込む時だってある。

何もかもうまくいくわけがない。

わかっていても落ち込む時は落ち込む。

どんなに落ち込むことを予想して準備をしていようが同じ。

 

落ち込む時だってある。

 

そんな時、周りにいる幸せそうにしている人々を見るとなんだか腹が立ったりする。

「幸せそうにしやがって。」

口に出すことはない。

冗談交じりで「あんたは良いよなぁ!わはは。」なんてことはある。

でも真面目に「幸せそうにしやがって!」なんて言ったら自分がまるで「幸せでないと思っている」のを公表しているかのよう。

ダサい。

妬み。

それはしない。

 

落ち込んでいると、何もかも「自分だけが不幸なんじゃないか」って勘違いな思考回路に切り替わる。

 

この思考回路が余計に自分をダサくする。

妬むことはないにしろ、

 

「ダメだ。きっとうまくいかない。」

「やりたくない。」

「どうでもいい。」

 

超消極的思考になる。

出来れば落ち込みたくない。

でもそうなっちゃったなら仕方がない。

 

落ち込まない方法なんて考える必要はない。

 

絶対に無理だから。

だとしたら、

落ち込んでからどうするかを考えようと思った。

 

スポンサーリンク

落ち込んでからでもいいじゃないか。

諦めてみる。

私はどちらかと言うと、自分が真面目な方だと思っている。

自分の事を自分で評価するのはおかしいが、落ち込んでいる時くらい大目に見たい。

自分は間違いなく真面目な方。

だから「諦めない!」っていう姿勢に対して敬意を払ってきた。

これはもはや美学に近い。

 

負けを認めなければ負けたことにはならない。

 

そういうメンタル的な美学。

憧れていた。

だから諦めるっていう選択肢は自ら消してしまっていた。

 

でも、落ち込む時がやってきた。

 

その時も自分を真面目だと思っている私は「諦めない」を選択する。

諦めない選択をしても、更なる追い打ちがかかる。

何をやってもうまくいかない。

諦めてはいない。

でも次から次へとうまくいかない。

周囲に悟られないように「大丈夫!私なら出来る!」と言い続ける。

 

家に帰るとすごく落ち込む。

 

本当は諦めたいのかもしれない。

 

周囲に人がいる時は「強気」を貫こうとするが、

家に帰ってみれば本当の気持ちが顔を出す。

 

頑張っていることはなかなか諦められない。

自分で決めたことは曲げられない。

真面目だから。

 

一人になって良く考える。

落ち込みが追い打ちをかける。

 

「諦める」選択をするのは「自分らしくない」と勘違いしているような気がする。

 

それが本当に勘違いかどうかは少し先の未来になればわかる。

 

私は「諦める」選択を初めてすることになる。

 

余計に落ち込んだ。

 

でも、背負ったものが少し無くなった。

 

ちょっと体が軽くなったような気がする。

 

背負い過ぎて落ち込むこともあるみたい。

 

原因はわかっている。

私は強がる。

他人の前だと強がる。

だから基本的には負けを認めない。

意地っ張り。

それでいて真面目。

 

だけど今、すごく落ち込んでいる。

 

誰かといるならまだ強がれる。

強がる対象が近くにいるから。

だけど一人でいる時はそうはいかない。

気が紛れない。

なんなら落ち込む方向へ思考が向かう。

 

何かに失敗した時。

うまくいかなかった時。

 

なかなか認められない。

 

自分が敗北をしたこと。

 

負けた事を認めなければ負けてないっていう考え方がある。

 

確かにそうだと思う。

 

落ち込み具合に点数が付いているわけではない。

だから「敗北」と判断する材料はない。

何なら自分から見ても敗北したかどうかもわからない。

 

でも落ち込んでいる。

 

大きな失敗をした時。

予想と反して何もかもうまくいかなかった時。

 

それでも「自分は合っている!」「間違っていない!」って意地を張る。

 

だからまた失敗する。

 

敗北を認めないで強がる選択肢もある。

確かにある。

 

でも私は認めたいと思う。

 

今落ち込んでいる。

 

これは自分が想像したことではない。

本当は落ち込むはずじゃなかった。

今日も笑って過ごせるはずだった。

もっと楽しい一日になるはずだった。

そう予想していた。

 

だけど違った。

 

意地を張って、明日も同じ失敗をするかもしれない。

また落ち込んでしまうかもしれない。

 

予想とは違う結果が待っていた敗北感。

 

明日はどんな自分になりたいのか。

もう一度予想したい。

 

今日はもういい。

わかった。

あの時の選択が間違っていたんだろう。

あの時の発言や行動が間違っていたんだろう。

認めたいと思う。

 

私は何かを間違えてしまった。

 

だから落ち込むことになった。

 

認めたい。

 

私は今、すごく落ち込んでいる。

 

本当は、認めたくないけど。

 

原因はわかっている。

 

「それ」が私が落ち込んだ理由だっていうのはわかっている。

 

わかっているけど、なかなか認められない。

眠れない日が続きそう。

 

いつも落ち込んだ理由はわかっている気がする。

 

「それはそれ!反省!また明日頑張ろう!」

 

って思えたらめちゃくちゃ楽なのかもしれない。

 

そうなれないから「落ち込んだ原因をどうにかしようと考えて」さらに落ち込んだりする。

 

人はすぐには変われないということなのかもしれない。

 

次の一手。

自分が落ち込んでいる理由。

なんとなくわかっている。

それをどうやって回復するのか。

恐らく真面目な方である私は「立ち向かう」姿勢で考える。

 

いつも「退く」選択はしない。

 

だから落ち込んでいる原因を徹底的に考えたりする。

どうやったら落ち込んだ気持ちを回復出来るのか。

強がりながら立ち向かう方向で物事を考える。

 

つまりリベンジに燃える。

 

いつも失敗すればリベンジに燃える。

何とか失敗を取り返そうとする。

 

それが新たな重しになる。

重圧になる。

 

次の一手が決まっているわけじゃないのに、

負けず嫌いで真面目な私は躊躇なく「リベンジ」を選択してしまう。

 

仕事。

人間関係。

普段の生活。

 

どれが原因で落ち込んだとしてもリベンジに燃える。

それが自分の良い部分で、誰かに誇れる唯一のポイントだとも思っている。

 

プライドみたいなものになっている。

 

それを失ったら取り柄が無くなってしまう。

だからリベンジをする。

 

でも、落ち込む一方。

 

回復しない。

 

たぶん次の一手が「リベンジ」だからなんじゃないだろうか。

 

そう思った。

 

いつも自分を守る手段だった「リベンジ」はいつの間にか自分を追い込む手段になっていて、

自分をいつまでも苦しめる原因になってる。

 

落ち込んだ時。

 

本当は次の一手は決まっていない。

「一手」という言葉が「攻め」を主張しているようで、

アグレッシブな選択を「しなくてはいけない」と思っていた。

 

たぶん、

「退く」という選択をしても良いんだと思う。

「尻尾を巻いて逃げる」という選択をしても良いんだと思う。

 

次の一手に決まりはなくて、

自分を守ってやれるのは自分しかいなかったりする。

 

「退く」と決めて、

それを頑なに貫き通すわけじゃなく、

どちらでも選択出来るようになりたい。

 

「どうでもいいや!」って思う自分もいれば、

「絶対に諦めない!」って思う自分もいれば、

「誰かの為に!」って思う自分もいれば、

「自分の幸せの為に!」って思う自分もいる。

 

いつも優等生じゃなくても、

常に「かっこいい選択」をしなくても、

 

笑って暮らせる人生を作れると信じてる。

 

それを作っていきたいと思っている。

 

落ち込んでいる場合だよ。

人の気も知らないで、

 

「落ち込んでいる場合か!」

 

と檄を飛ばす人がいる。

ありがたいことにその言葉で逆に落ち込んでしまう自分がいる。

 

「落ち込んでいる場合です。」

 

落ち込まないで「何もなかったかのように過ごせ」とでも言っているような感じがする。

人はそんなにすぐには変われない。

 

落ち込んでいることを

「なーんちゃってねー!」

なんて言ってすぐに切り替えられる人もいるかもしれない。

 

自分もそうなりたいとは思う。

すごく羨ましい。

でも今はそんな気持ちにはなれない。

自分にとっては、

 

「落ち込んでいる場合です。」

 

それで迷惑が掛かっているのなら別の場所で落ち込む。

迷惑をかけたいわけじゃない。

 

「落ち込んでいる場合か!」

 

と檄を飛ばしてくれるありがたみは感じるが、

言い方が少し悪いような気がする。

誰かにとっては「落ち込む必要もない」と思えることでも、

自分にとってはそうじゃなかったりする。

 

その逆もある。

 

今私が落ち込んでいる理由はどうだろう。

 

誰でも落ち込むような事じゃないのかもしれない。

 

むしろ「落ち込む」って普通なんじゃないだろうか。

全く落ち込まない方が異常だと言いたい。

誰でも落ち込む事があって、誰でも落ち込まない事もある。

 

落ち込まないとわからない相手の気持ちがあったり、

落ち込まないと考えられない未来があったり、

落ち込まないと見れない自分の姿がある。

 

無理やり「落ち込まない」を選択する方が損だと思うようになった。

 

そしたら落ち込んでいても、少しだけ笑える時間が増えた気がする。