今でも人生の大迷宮で迷っている

生活

たまに「考えていること」と「今やっていること」がごちゃごちゃになったりする。

友達の話を聞きながら晩御飯の事を考えたり、

それが何でなのか考えたり、

その原因を考えたり、

解決方法を考えたり、

無理やり気持ちを盛り上げてみたり、

逆に相談してみたり、

何も考えられなくなったり、

 

いつもと違う思考回路になっている。

 

すごく気持ちが悪い感じがする。

そのまま放っておくわけにもいかない。

集中出来ない。

 

どこか上の空になる。

 

ぼーっと何かを考えてみたりする。

特別な事を考えているわけでもなく、ただ、なんとなく何かを考えている。

そんな感じ。

 

仕事をしている時は仕事の事だけを考えて集中した方が効率は良い。

それなりの結果や充実感も感じる。

 

でも上の空のまま仕事を終えると、仕事が進んでいなかったり、大した充実感もない。

単純に今日一日が終わる。

そんな感じ。

 

私はこの状態になると、目の前にある「やらなくてはいけない事」が手につかない。

頭に入って来ない。

 

思い出してみると、

頭の中で「今やっている事」と「考えていること」が繋がっていないと上の空になる。

その時は何をしても「頭に入って来ない」ような感じがする。

 

まさに今、そんな感じ。

本を読みながら違う事を考えていると「文字を読んではいるけどストーリーは頭には入ってこない」みたいな感じ。

 

今、私は頭と体がバラバラに動いている。

たぶん、迷っているんだと思う。

 

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人生は大迷宮。

毎日迷子になる。

生きていると多くの選択をする。

今日一日の過ごし方。

実は自分で選択している。

 

朝起きる。

学校に行く。

仕事に行く。

食事をする。

寝る。

 

別に決められているわけではないのに、それを決まり事のようにこなしていく。

でも本当は自分でそれを選択している。

 

起きなきゃ。

学校に行かなきゃ。

仕事に行かなきゃ。

食事をしなきゃ。

寝なきゃ。

 

別に誰かが決めたわけではない。

本当は自分で決めていたりする。

 

それが「普通」だと思っているから迷いはない。

だから選択しているような感覚もない。

 

でも、

まだ眠い。

学校に行きたくない。

会社に行きたくない。

お腹が空いていない。

まだ眠くない。

 

と思うと、

「普通」だと思っていたのに選択肢が出てくる。

 

もうちょっと寝ようかな。

サボっちゃおうかな。

休む理由はあるかな。

ダイエット中だし。

遅くまで起きていようかな。

 

その後どんな選択肢を選ぶのかはわからない。

その選択肢によって、誰かの評価が変わったり、自分の目標が変わったりする。

 

一分一秒先も選択している。

ずっと進むべき道を選び続けている。

今何をするべきか。

どうしたいのか。

 

私は毎日「眠いから会社に行きたくない」と思う。

それでも結局行く。

本当は迷っている。

 

毎日一度は迷子になっている。

 

ゴールは自分で作る。

私には圧倒的に強い目標が無い。

何が何でも叶えたい夢が無い。

だから迷うのだと思っている。

 

会社で一番の成績を取るのが目先の目標で、それを誰よりも強く思っているのであれば、

朝起きるのも、会社に行くのも迷わない。

 

即決。

 

いくぞ!やるぞ!となる。

 

だけどそうではない。

 

まだ、自分の将来像にも迷いがある。

 

それだと一分一秒先の選択も迷うようになる。

自分がどうありたいのか。

未来の姿を想像しない限りこの迷いは無くならない。

人生の大迷宮のゴールは自分で決めないといけない。

 

ゴールが無い迷路が面白いわけがない。

 

ゴールがあるから選択をする決断も進む足も早くなる。

どうせこれからも選択を続けていく。

その中でなんとなくゴールを決める。

そのゴールに向けて逆算した時、

 

今目の前にある選択肢はどちらを選ぶのが良いのだろうか。

 

ここで初めて選択肢がわかりやすくなる。

正解が導きやすくなるのだと思う。

 

人生は果てしない大迷宮だけど、ゴールは自分で設定しなくてはいけない。

 

じゃないと、

楽しめない。

ゴールが無ければ辿り着いた時の達成感もわからない。

ゴールが近づくワクワクやドキドキもわからない。

 

自分なりのゴールを決めた方がきっと楽しいのだと思う。

 

切っ掛けなんてなんでもいい。

いきなりゴールを決めようと思ってもそうはいかない。

自分に向いているものがわからない。

世の中にいくつの選択肢があるのかもわからない。

まだ知らない道がたくさんある。

 

選ぶ道は無数にある。

 

その道のどれを選べばいいのかわからない。

だからどんな選択肢があるのか調べることから始めてみようと思っている。

自分が熱心に打ち込める「何か」を探すのも一時的なゴール。

多くのものを見たり、聞いたり、調べたりしていく内に、大きなゴールに近づいていくのかもしれない。

 

そのゴールに到達することがあればそこが中継地点になって、さらに多くの選択肢が目の前に広がるのだと思う。

 

今考えていることが全てゴールになり得る。

そのゴールに向かう途中でまた新しいゴールを設定したりする。

私にはまだ、自分の人生最大のゴールがわからない。

だから小さなゴールを決めて、そこに向かいながらまた違うゴールを探すしかない。

その内人生で最大最高のゴールを設定出来るかもしれない。

 

切っ掛けなんてなんでも良い。

ゴールが決まらないのなら「ゴールを決める」ゴールを設定すればいい。

 

「言ってる事がコロコロ変わるな!」

 

って言われても別に構わない。

人生は大迷宮。

そもそも迷うように作られているのだからコロコロ行先が変わってもいいと思う。

 

私は子供の頃の夢から数えたらたぶん100回は変わっている。

 

その都度選択している。

それでもまだ迷っている。

ゴールの数が多いことが「悪い」と言われるのなら、きっとそれを言う相手も迷っているのだと思う。

迷わないままゴールに直進していくような人は「相談」を受けるような環境にはいない。

今もどこかで自分の目指したゴールに一直線に進んでいるんだと思う。

 

だとしたら、私の周りには迷っている人がいっぱいいる。

 

みんな迷っている。

安心している場合ではないが、

私は今日も迷子になっている。

 

誰かが選んだ道。

全世界の人が同じ人生の大迷宮の中にいる。

だから先人たちが通った道が必ずある。

あまりにもゴールを設定出来ない私は、まず誰かが通ったであろう道を選ぶようになる。

誰かに指示をされればその通りにやってみる。

誰かにアドバイスをされればその通りにやってみる。

成功することがあれば失敗することもある。

そうやって経験していく内に、「この時にはこの選択だな」と選べるようになってくる。

 

感覚的なものだから説明は出来ないが、誰かの真似だと言われても、結局は自分の選択肢になっていく。

 

全く同じ選択をしているようで、道は途中で分かれていく。

気が付いたら、自分だけが選ぶ道を歩むようになるのだと思っている。

多くの人が小学校に行く。

義務教育を経て、その中で同じような事を学びながらも将来は別々の道を歩む。

どこかで自分なりの選択をして、ゴールを設定したのだと思う。

 

あれから何年も経って、

私はどこにゴールを設定したいのだろう。

 

「卒業」というみんな同じゴールに辿り着いてからその先は別々。

無限にゴールがある。

 

大迷宮への入り口に立った時。

 

誰かに設けてもらったゴールが無くなる。

これから先は自分の選択でゴールを決めながら進んでいかなくてはいけない。

 

ところが、

私はまだ迷っている。

 

思い通りにいかない人生の大迷宮にイライラしながらもその都度選択を余儀なくされる。

誰かにゴールを決めてもらった方が楽なような気もする。

でもそれで「楽しいか?」と聞かれると「そんなことはない!」と答える。

わがままだから誰かと同じような道でも途中で方向を変えたいと思ってしまう。

 

私の性格的に、誰かと同じでは「嫌だ。」と満足しない部分がある。

 

だから迷いながらも進んでいくしかない。

 

自分で選んだ選択が「間違っているかもしれない」っていう不安を常に感じながら、

大迷宮をさまよう。

 

迷って、迷って、迷って、

迷って、迷って、迷って、

迷って、迷って、迷って、

 

迷うものが無くなった時。

 

超スピードでゴールへ向かって走り出せるかもしれない。

 

いつかこの漠然とした将来への迷いが無くなるのだと信じている。