話を「盛る」には「情熱盛り」と「騙し盛り」が共存している

生活

なんでそんなに話を盛るのかと聞かれるとちょっと困る。

盛った方が面白いと思っているからであって別に誰かを傷つけたいわけじゃないのよ。

 

そっちの方が面白いかなぁー。

 

くらい簡単に解けてしまう問題なのです。

だから話を盛るっていうのはすごく正直に話をする人にとってはそれをする意味がマジでわからないらしい。

そんな事を言われても困る。

話を盛る時に悪気などない。

むしろそういう性格としか言いようがない。

そういうタイプとしか言いようがない。

スポンサーリンク

話を盛る何がいけないのかわからない。

こればかりは盛っちゃうんだからしょうがないじゃないか。

良く考えてみてほしい。

世の中盛られてるものばかリだ。

盛らなきゃ生きていけないのだ。

増し増しでいきましょうよ。

話を盛るのをダメだと言われるとパワープレイに出る。

盛るっていうのは大事な事です。

盛るって大事です。

髪の毛ぺったんとしてるのと盛ってるのとどっちが豪華か。

カレーがお皿の真ん中にチョコンとあるのとどっさり盛られてるのはどっちが豪華か。

豪華。

 

そういう演出なんです。

 

むしろ盛らないと真実はいつもつまらない事ばかりじゃないか。

人生には夢が必要だ。

夢はめちゃくちゃ盛られているくらいの方が追う側はワクワクするもの。

 

話を盛るのはワクワク感を出す為でもあるのです。

 

盛らないとダメです。

盛れるところは全部持っていきましょう。

なんでも盛っていいんです。

嘘じゃない。

盛ってるだけです。

大袈裟にしてるだけ。

その方が絶対に楽しいはず。

なんでもアホみたいに盛った方がいい。

むしろみんなそうした方がいい。

みんなが盛ったら聞いてる方も、

 

「盛られてるな。」

 

ってわかるはず。

むしろ、

 

「今日は一段と盛ってますねぇー!」

 

くらい返事も盛ってきてほしい。

盛るって大事。

大切にしたい。

楽しいから。

嘘と盛るの住み分け。

なんでも盛るような人はだいたいこの言い訳をします。

まるで当たり前のように、

 

「嘘じゃないからいいじゃん!」

 

と言います。

でもこれは本当はそういうことが言いたいのではありません。

 

「なんでもない事も楽しくしたい!」

 

これです。

これが本質です。

「嘘じゃないからいいじゃん!」っていうのは盛る事を否定された時の逆襲。

本当は何でもない事も面白おかしく話して聞いている人に楽しみを与えたいのです。

そしてそれが自分にとっての楽しみになるのです。

嘘じゃないんだからいいじゃん。って思ってません。

むしろ楽しんで欲しいだけ。

エンターテイナー。

おちゃらけたい。

つまらない毎日をつまらなく話してもつまらない。

つまらない毎日を面白おかしく話す方がまだマシだと勝手に思っている。

そんなひょうきんな奴なのです。

何とか話を盛るということを許してほしい。

もしその中に嘘があるのだとしたらそれは指摘してほしい。

話を盛り過ぎて嘘か本当かわからなくなる時があるのです。

そんな時は、

 

「それは嘘でしょ。」

 

と言ってもらいたい。

話を盛る側もなるべく嘘をつかないように気を付けるべき。

盛るのはいい。

でも嘘はダメ。

その住み分けがあって初めて「楽しい」のだと思う。

そら正直にすべてを話して楽しめるのならその方がいい。

盛るという選択肢を持つこと。

急にかしこまった感じになります。

例えばビジネスの場面。

強豪がどこも同じような成果を上げている類似の商品を持っている。

どんぐりの背比べ状態。

そんな時でもビジネスとしては何とか勝ち取らなければならない。

でも嘘をついてしまえば結果的に評判は下がる。

嘘をついてはいけない。

でも同じような商品の中から選ばれるにはどうすればいいのか。

どうやったら勝ち取れるのか。

正直に話をするというのは大前提。

 

「盛る」はプラスアルファとして選択するべき。

 

もう商品が良いのはわかっている。

どの会社から仕入れても大体の結果は同じ。

もう一歩だ。

もう一歩踏み込みたい。

よし。

盛ろう。

何を盛るのか。

話を盛ろう。

嘘をつくのではない。

 

「うちの商品で決まれば今後更なる飛躍が望めるかもしれない!」

 

盛るのです。

今持っている商品だけではなく、今後は更なる飛躍を目指している。

どの企業もきっとそれは同じ。

同じだけど、商品の事だけじゃなくてもっと違う飛躍の部分も話す。

盛る。

どんぐりの背比べの商品以外の部分を盛る。

盛る。盛る。

どの会社さんでも同じような商品がある中で選ばれるにはそれ以外の部分を盛る。

自分の今後のサポートを盛る。

会社の極秘情報だけど「こんな商品を開発している」とか。

極秘でもないんだけどね。

極秘じゃないのに極秘っぽく。

嘘じゃない。

本当に開発してるし。

でもそれをまるで極秘っぽく。

自分達しか知らないっぽく。

そうだ。

 

これは特別感。

 

特別感を出すには盛るのです。

同じ醤油ラーメンでもうちはメンマがどっさり盛り。

同じ醤油ラーメンでもうちはネギがどっさり盛り。

同じ醤油ラーメンでもうちは麺の大盛が無料。

隣に同じラーメン屋が並んでたらどっちを選ぶのか。

盛られてる方!

世の中の大半は盛られている。

そういう選択肢を持っていなきゃいけない。

馬鹿正直だけを提示しても情熱しか伝わらない。

情熱は盛る方へシフトする。

盛るのは情熱を持っているからだ。

ビジネスの場面でもそう。

ラーメンの場面でもそう。

情熱があり過ぎて盛る方へ向かっているだけ。

「盛る」は溢れ出した情熱がそうさせた結果なのです。

盛るっていうのは熱いのです。

暑苦しい程に熱いのです。

噴き出した情熱が結果的に多くの喜びに変わるなら盛るのも悪くない。

問題は、

 

盛ると嘘の見えづらい間にあるのです。

 

盛るを嘘だと思われる瞬間がある。

問題はその境界線の部分。

盛るのは善です。

でも騙すは悪です。

人々が思う境界線が一番重要なのだと思う。

その情熱を逆手にとって「騙す」方へシフトする奴がいる。

まるで情熱を持っているように見せかけて騙す。

問題はそういう情熱が無いのに「盛る」奴。

それは「盛る」じゃない。

 

「騙す」

 

それを盛ると勘違いして使われてしまっていること。

そんなのダメに決まってる。

 

騙す為に「盛る」。

と、

情熱が溢れ出した「盛る」。

 

これ、全然意味が違うんです。

言ってしまえば反対側にいるくらいに違う。

むしろ、情熱が溢れ出した「盛る」は正直。

正直過ぎて盛ってしまった。

もう一つは騙す為に盛った。

騙し盛りの存在。

叩かれるのは我々「情熱班」ではない。

騙し盛り班だ。

騙し盛りというのは、

 

初めから盛ってくる。

 

話の冒頭からもう盛っている。

はなっから盛ってくるのです。

でも我々「情熱班」は違う。

真っ直ぐ話をしていく中で情熱が溢れて盛ってしまうのです。

だからそもそも正直者なのです。

普通に話をしても「あんまり楽しそうにしてないなぁ」って感じてもっと一生懸命伝えなきゃと思って盛る。

騙し盛りは違うのです。

下心です。

情熱盛りは、

真心です。

こんなに真心の「盛り」なのに。

騙し盛りの存在があるせいで否定されるのです。

騙そうとなんて思っていない。

ワクワクを与えたいだけなのに。

騙し盛りの存在があるから。

そして騙し盛りの存在が目立つから。

だから「情熱班」は困っている。

「情熱班」は迷惑している。

騙し盛りをする人と情熱が溢れて盛ってしまう人では「人柄」が違う。

全く逆の存在。

でもそれを受け止める側からすると、

 

「結局盛られている。」

 

という同じ評価なのです。

困った。

我々情熱班は困っている。

この問題をどう解決すればいいのか。

情熱が溢れ出すと盛らずにはいられないのだ。

いられないのです。

それなら騙し盛りを凌駕する盛りを見せるしかない。

熱狂。

熱狂盛りを見せつけるしかない。

それが定食屋のメガ盛り定食だ。

そんなに盛られても食べられない。

食べられないけどなんか嬉しい。

 

そこまでするのか!?

 

ってくらいに盛る。

それが熱狂盛り。