イライラし過ぎてなにも出来なくなってしまったら

メンタル

もう面白い事を言われても全然笑えねー。

それはね、とてつもなくイライラしているからなんだ。

と自分でもわかっている。

そんな時は何も手に着かない。

仕事なんて集中して出来るわけがない。

でもそのイライラを表に出すのってなんかダサい気がする。

ダサい気がするっていうのは周りの目があるから。

ここ!

この部分!

「誰かが見ているかもしれない」を何とか出来ればイライラを解消する術はあるぞ。

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イライラして何も手に着かなくなったら。

そのヒントは育児本の中にあった。

ちょっと順番に説明させてほしい。

イライラはピークを迎えると時間と共に下がってくる。

イライラのピークを迎えるとさすがにそこからは徐々に何もしなくても下がってくる。

でもある程度下がってこないと何も手に着かない状態が続く。

なにも集中出来ない。

好きな事をしていてもイライラしている。

しかも!

イライラする時って一人でいる時に限ってない。

基本的に誰かに何かをされるか、何かを言われるかしないとイライラしない。

一人で何もしないで部屋にいたところでイライラなんてしない。

あえてイライラしたいなら何かをしている時とか何かを思い出した時。

だからほとんどの場合人前でイライラする。

基本的に「イライラモード」は人前で起こる現象になる。

そうなると、「大人だから」という理由でなるべく冷静でいようと考える。

これがイライラのピークを長引かせる。

なぜならイライラを解放する方法が無いから。

解放出来ないイライラはピークを迎え、ある程度下がってくるのを待つしかない。

その時間は何も手に着かないし集中出来ない。

イライラMAXモード開催中。

それだとなんか時間がもったいないというか解消する方法を持っていればうまく「いなせる」んじゃないかと考えた。

というか様々な方法を試してきたけどどれも安定して結果を出せなかった。

なぜならどの方法もある程度の時間を要するから。

そしてイライラしているからそんなことを考えられない。

無理。

超イライラする。

爆発しそうだ。

でも我慢。

ワナワナと手が震えるほどにイライラする。

でも我慢。

この我慢でストレスも溜まる。

クソ。

クソが。

結局イライラのピークを迎えると解放する方法なんて思いつかない。

思いつくわけがない。

育児本の中にあった子供のイライラ解消法。

我が家には子供が二人いる。

だからたまに育児本を手に取る機会がある。

そこに書いてあったのだ。

 

子供はイライラしても5分後には「なにもなかったかのようにスッキリしている」のはなぜか。

 

これは超気になる。

なんでぇ!?

って思うでしょ。

なんで5分後にはケロっとしているのか。

子供はイライラを我慢しないから。

 

騒ぐ、泣く、叫ぶ、暴れる。

 

をどんなところでも構わず爆発させる。

それでイライラとかストレスを解放させる。

だから5分後にはそのイライラが無くなってケロっとしている。

子供が少し羨ましいと思った。

でもちょっと思ったことがある。

大人が外で、人前でイライラを爆発させるとどんな事を思われるか。

 

子供っぽいなぁ。

 

って思われることが多い。

これだねー。

ってことはイライラやストレスをその場ですぐに爆発させるのが子供だと思ってるってこと。

だから大人になるとそれを我慢してピークを迎えて何も出来なくなる。

我慢。

まさに大人。

それが大人の対応です。

そりゃピークを迎えれば次第に落ち着いてくることでしょう。

でもその時間がすごくもったいない気がするのです。

長くかかる時なんて何時間もかけて落ち着きを取り戻すわけです。

もったいない気がしてしょうがない。

出来ればイライラしても5分で立ち直りたいものです。

しかも子供に出来て大人に出来ないわけがない。

むしろ本当はすごく簡単なはず。

すごく単純なはず。

そう思ったのです。

育児本を読んでそう思ったのです。

イライラのピークを迎える前に開放する。

イライラのピークを迎えると何も手に着きません。

でもピークを迎えて何も手に着かなくなるまでわかりません。

これはマジです。

どう頑張ってもそうなります。

でも大人です。

イライラのピークを迎える前に何とかする方法を考えた方がいいに決まっている。

 

私はイライラのピークまで放っておくことがまだ子供と同じだと考えたのです。

 

ピークまで放っておいたら解放するしかないんだもん。

そうなる前に何とかする方が体力的にも精神的にも優しいのではないかと。

自分に優しくしているっていうことではないかと。

だってピークを迎えれば解放するしかなくなるのです。

でもピークを迎えるまでそれがわからない…。

 

本当に?

本当にわからないのだろうか。

 

実は後になって「これがイライラの始まりかな?」と思う節が見つかったりする。

今後はそうならないように「その前」に対策を打てるように考える。

結局イライラを解放させないといけないところまで我慢するからどうしようもなくなる。

結局イライラのピークまで気が付かないから解放するか時間を費やすかになる。

 

でも私は大人になったから。

 

やっぱりその前に対策していく方がいい。

 

イライラのピークまでそれに気が付かないならそうなってしまったら次はそうならないように対策する。

 

そうするしかない。

「イライラを爆発させることで解放出来るからいいや!」

は子供と同じです。

それでもいいならそれはそれでいいと思う。

でも冷静に判断し、決断し、行動していくのが求められている大人の形だとするのなら、そうしたいのです。

「わしゃずっと子供じゃけえ!」

って言ってる場合ではない。

 

イライラのピークを迎えてしまうのは自分の対応が失敗しているから。

 

失敗を繰り返し続けるのはただの馬鹿野郎だ。

イライラのピークを迎えてしまうのは間違いなく失敗。

すでに敗北なのだ。

「わしゃずっと子供じゃけえ!」は負けを認めていると一緒。

失敗を隠そうとする子供みたいな行動と一緒。

認める。

 

イライラのピークを迎えてしまった時点で私は敗北している。

だからピークを迎える前に解放しなくてはいけない。

そうならないように対策を立てておかないといけない。

「イライラしない」を諦める。

生きていればイライラしない事などない。

イライラしない方法を探しているならそんなものはない。

私は諦めることにした。

イライラしない方法なんてこの世には存在しないと認めた。

むしろイライラすることがほとんどだ。

だから絶対に今後もイライラするだろう。

諦めた方がいい。

イライラしないなんてあり得ないと認めた方がいい。

どうせなら諦めた方が楽だ。

諦めた方が逆にイライラへの考え方も変わる。

一人でずっと生きていくわけではないのだ。

生きている以上誰かと何かをする。

それならイライラもする。

絶対にイライラしないなんてあり得ない。

だから私はイライラしない自分を諦めたのです。

だからこそ対策が必要であると考えたのです。

イライラしたいとも思わないが、イライラしないとも思わない。

これだけイライラするとその方が楽な気がしてきたのです。

でも対策は諦めない。

諦めたのは「イライラしない」ってこと。

必要なのは自分専用の対策。

残念ながら絶対にイライラする。

そうなると対策をするしかない。

それも自分だけの為の対策。

イライラすることやイライラするタイミングなんて人それぞれ。

だから自分がイライラしそうな時の対策が必要。

これまでイライラのピークはなぜ訪れたのか。

またはこれからイライラのピークが訪れればそれがなぜなのか。

まずはちゃんと自分と向き合わなくてはいけない。

分析しないといけない。

イライラの原因となった相手を何とかするよりも自分を何とかする方が簡単。

イライラのピークを迎えないように自分をコントロールしていかないといけない。

それは自分を大切にすること。

自分を大切にしたいからこそコントロールしたいのだ。

イライラがピークアウトした自分はすごく可哀そう。

すごく辛そう。

だからそうならないようにコントロールする。

誰かに何かを伝える時も、何かをする時も、自分を大切にしてあげたいと思う。

上司の一言でイライラする。

その時に自分がどんなことを伝え、どんなことをすればイライラはピークに達しないのか。

友達の行動でイライラする。

ピークアウトする前に自分に出来ることはなにがあるか。

 

子供が言うことを聞かないし大暴れ。

 

子供にはそうさせてあげることが一番とわかった今はイライラはピークアウトしない。

そういう準備や知識が必要だとわかった。