転校兄弟

人間関係

父が転勤を言い渡された日。

単身赴任は選ばなかった。

 

「引っ越さないか?」

 

当時、父と母がそんな話をしていた記憶がある。

私が高校生になる頃に転勤は無くなる。

それまでに3回の引っ越し、そして転校した。

小学校で2回。

中学校で1回。

引っ越しをする度に新しく友達を作らなくてはいけない状況になる。

転校生というのは注目される。

わざわざ休み明けの集会の際に体育館の前の高台に立たされ、紹介される。

その時、周囲の同級生たちの品定め感は特別胸が苦しくなった。

自分が望む注目ならまだしも、知らない学校で、

 

「新しいお友達です。みんな仲良くしましょう。」

 

といきなり放り出される。

教室に戻れば、机が用意されていて、荷物の置き場所を教えられる。

その際に「世話好き」な生徒が寄ってくるなり色々と指導してくる。

 

「このロッカー使って、席はあそこね!」

「どこから引っ越してきたの?」

「結構背が大きいね!」

「名前は?」

「いいなぁ。」

 

何度か転校した経験があるとは言え、辛い。

それでも男の子だから強がってみせる。

家に帰って、

 

「やっていけそうか?」

 

と聞かれれば「たぶん。大丈夫。平気。」と答えるので精一杯。

あの時、どうして強がってしまったのか。

 

「本当は辛い。」

 

が言い出せない日々。

それでも何とか友達を作り、徐々に馴染んでいく。

転校の度にこれから先どうなっていくのかがわからなくなる。

これまで培ってきたもののほとんどがリセットされるストレス。

一度目の引っ越しは「注目される喜び」を感じたが、2度目以降は苦痛でしかなかった。

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転校の代償。

登校理由があるようで無い。

転校して数日。

今日も学校にいく。

まだ「友達です!」と胸をはって言えるような関係を作れていない。

それでも学校へ行く。

行かなくてはいけない場所だと思っていた。

行かないことが「異常」なのだと思っていた。

行かないことが「弱い」と思っていた。

だからどんなに「行きたくない!」と感じても学校へ行く。

 

友達を作りに?

勉強をしに?

話をしに?

遊びに?

 

友達はまだいない。

教科書も揃ってない。

話をすれば方言が出てしまう。

休み時間も何をしたらいいのかわからない。

 

学校に行く理由はなんとなく。

目的があるようでない。

ふわふわした日々。

「転校生」という異質への質問にただ答える毎日。

サッカーしよう。

ある日誰かが誘ってくれた。

休み時間になると、

 

「サッカーしない?」

「いいよ!」

 

サッカーは得意な方だった。

そのおかげで友達が出来て、環境にも早めに馴染めた。

 

「たまたまサッカーが得意だった。」

 

それだけの事が、本当に、心から良かったと思った。

 

当時、勉強が出来るよりも、英語が喋れるよりも、スタイルが良いよりも、髪の毛がさらさらよりも、顔の作りよりも、

 

サッカーが出来る奴が偉かった。

それでも新しい学校生活に馴染むまでには時間がかかった。

お兄ちゃん。

私にはお兄ちゃんがいる。

お兄ちゃんは3つ年上。

お兄ちゃんはサッカーが得意ではない。

 

新しい学校には馴染めなかった。

 

真面目で、私がいつも後を追っていくのを嫌がっていた。

その割に面倒を見てくれることもあったお兄ちゃんが学校に行かなくなった。

 

転校する前は友達もたくさんいて、毎日誰かと放課後に遊びに行っていた。

遊び過ぎて帰りが遅くなって両親に怒られているのを頻繁に目撃していた。

それが転校でひっくり返った。

塞ぎ込んで、毎日辛そうだった。

なんとかしたいけど何も出来ない日々が続いていた。

毎日のように両親がお兄ちゃんのことで話していた。

 

「どうしてあげるべきか。」

 

その後、結果的に違う学校に行くことになる。

それからお兄ちゃんと話をすることも少なくなっていった。

高校受験。

私が高校受験を控えている頃。

お兄ちゃんは3つ年上だから大学受験になる。

選んだ学校は、最後に引っ越しをする前の場所だった。

ずっと我慢していたんだと思う。

東京~長崎。

飛行機じゃないといけない。

 

私は実家から通える高校へ。

なんとなく毎日が過ぎていって、あるべき姿に収まった感じがしてた。

でも本当はそうじゃなくて、あの日以来家族が向かう方向が大きく変わってしまったのだ。

受験の結果が私にそう思わせた。

 

それから4年。

大学を卒業するまで一度もお兄ちゃんに会うことはなかった。

1年に1回くらいは電話で少し話をする機会があった。

もう方言だらけで何を言っているのかわからなかったし、なんかすごく寂しかった。

遠いところにいるのが言葉のニュアンスだけでわかってしまう。

 

何度か母親は会いに行っていたが、「すごく活き活きとしていた!」と言っていた。

良かったけど、

それはそれでなんか寂しかった。

 

今、私たち家族が住んでいる家では「活き活き」出来ないのが残念で仕方なかった。

帰ろう。

お兄ちゃんが大学の卒業と共に帰って来るらしい。

また同じ家に住める。

その時はちょっと嬉しかった。

というよりも安心した。

4年前よりは自分の事を少しは話せるようになった。

だからあの苦悩した時間を一緒に埋めたかった。

 

「住んでいた寮の片付けがあるから!」

 

と両親はその手伝いに長崎へ。

私も大学生。

その帰りを実家で待つことになる。

 

数日後。

驚愕の事実。

 

恋人の存在と妊娠の同時報告。

 

帰っては来るが、別々に住む。

 

複雑な気持ちになる。

そうなると帰ってくる理由は単純に子育ての協力と支援。

 

結局伝えられなかった空白の青春の想いは冷凍保存。

今もまだ伝えられていない。

 

家に帰って来てほしかった。

15年後。

今では私も実家を出て、仕事に就いている。

お兄ちゃんとは互いに働き盛りというのもあって、相変わらずゆっくり話せていない。

今、お兄ちゃんには子供が3人いる。

全員男の子。やんちゃ。

あの時の第一子は中学生になる。

ちょうど私とお兄ちゃんが接点を持たなくなった「あの時期」に差し掛かる。

今、お兄ちゃんはどんなことを考えているんだろうか。

仕事が忙しくて思い出している時間もないのだろうか。

 

お盆や年末年始には実家に集まる。

その時にゆっくり話でも出来ればいいが、なにせ男の子が3人。

で、やんちゃ。

そんな時間はない。

椅子に腰を掛けている時間もない程にバタバタしながら時間が過ぎていく。

 

私も二人の子供を持つ親になった。

 

2人でゆっくり話す時間が作れないでいる。

あの時埋められなかった青春の記憶。

冷凍保存してあるけど忘れてしまいそうだ。

今となってはもう話す必要もないかと思っている。

 

互いに顔を合わせる時間があれば、それだけで十分なのかもしれない。

 

というよりも実はもう埋まっているのかもしれない。

お互い必死で埋めようと生きてきた結果が今なのかもしれない。

 

きっと、無理して埋めなくていいのだ。

あの時「ついて行く!」を選択した理由。

まだ10代に差し掛かる前の自分。

 

「転校した後に新しい学校で友達をどうやって作るか。」

 

そんなこと考えない。

その時に「ついて行く!」を選択した理由は単純。

 

「家族が離れ離れになってしまうのが寂しいから。」

 

それだけ。

だから父親からの「ついて来るか?」に対して、その返事は「もちろん!」であった。

そんなの当たり前だ。

家族が離れ離れになるのが寂しくない子供なんていない。

「ついて行きたい」に決まってる。

まだわからない。

あの時父親が単身赴任を選んでいたらどうなっていたのか。

またちょっと違う人生の歩み方になったのかもしれない。

テレビで誰かが言ってた。

 

「人は平たんな道など歩めない。」

 

結局どんな人にも波はあって、それが高い波だったり低い波だったりするらしい。

だから「あの時こうしていれば」と思ったところでまた別の波があったのだろう。

自分が今、親になってみて、正直な話、私は単身赴任を選ぶと思う。

兄弟で寂しい想いをしたから。

我が子に転校はさせたくない。

それだけの理由で単身赴任を選ぶ。

「ついて来るか?」

とも聞かない。

そういう「もの」にする。

それが叶わないなら仕事を辞める。

地元が地元じゃないような、部外者感覚は寂しいもので、帰る場所が定まらないよう感じ。

出来れば「私たちはこの場所で生きていく。」っていうところに家があるといい。

我が家の子供たちはまだ小さい。

だからもう少し大きくなる前にそれを決めたいと思っている。

あの転校を境に、私たち兄弟は大きく変化し始めた。

 

そして気持ちが離れ離れになってしまった。

 

それだけは嫌。

今わかっているのはそれだけ。

兄弟は家族であって、ずっと仲良しでいて欲しい。

ずっと支え合っていけるような存在でいてほしい。

大きな波は一緒に乗り越えていってほしい。

親になっても大したことは出来ない。

ただ、願うばかりです。

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過小評価され過ぎアーティスト

過小評価され過ぎなアーティスト、「楽屋シンジ」さん。

この方、作ってる音楽は素敵なのに評価が低い。

むしろ誰にも評価されてない。

あまりにも残念なので応援したい。

ポップな音楽だから多くの人にそれなりの評価を貰えそうなのに圧倒的に露出が少ない。

なのでこのブログを通してお勧めしたい。

もったいないなぁとつくづく思う。

「楽屋シンジ」さんのYouTubeチャンネルを貼っておきますのでとにかく一回聴いてチャンネル登録してあげましょう!

みんなで!

あれんじ

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