自分の貴重な時間を投資した努力に無駄なんてあるわけがない

小言

世の中には努力しても努力しても結果が出ない人がいる?

努力しても努力しても努力しても結果が出ない人がいるだろうか?

 

私はいないと思う。

 

努力っていうのは将来的に得たい結果の為に行う。

それを頑張って頑張って続けて結果が出ないわけがない。

むしろ結果が出ないなんてことはあってはいけない。

努力はいつだって何かしらの結果を生むと思っている。

 

結果が出るスピードは努力の方法や努力の量で変わるとは思うけど、

何の結果ももたらさないなんてことはあってはいけない。

 

単純にアルバイトをするとしても、

頑張って働いた分だけの収入を結果として得ることが出来る。

 

誰もが努力の結果を知っているはず。

 

もっと仕事を頑張れば給料が上がるかもしれない。

頑張って得たスキルを何か別のことに活かせるかもしれない。

そこで出会った人と更なる飛躍をしていくかもしれない。

 

私は努力から生まれる副産物も含めて「結果」だと思っている。

「なんとかなかった。」と思う瞬間があるとすれば、その時に役立った「もの」こそ副産物だったりする。

それを実感したことだってある。

 

なんとなくだけど知らない間に無理をしてでも築いてきた人間関係に救われたことがある。

 

内容は単純に仕事の為に人間関係を築いてきただけ。

努力の方向は仕事にしか向いていなかった。

だけどそこから知らない間に人間関係も生まれて、

ピンチになった時、その人間関係に救われた。

 

努力の結果は目指す方向だけに現れるわけじゃない。

 

一つの事を目指して努力しているつもりでいるかもしれないが、同時に生まれる副産物も紛れもない結果だと思っている。

 

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努力は裏切らない。

努力は最強の投資。

単純にサッカー選手になりたくて、その為の努力をする。

どんなに才能が無かったとしても、

努力をすればするほどスキルは磨かれる。

 

それと同時にサッカーの知識や情報も得られる。

 

それにまつわる仲間や人間関係、自己主張、様々なものを手に入れられる。

そもそもサッカー選手になりたいっていう目標は得られなかったとしても、

それは結果が出ていないっていうことではない。

 

「サッカー選手になりたい」と思ってやってきた努力は目標には手が届かなかったとしても自分の力になっている。

 

それを結果が出ていないと思うのはあまりにも浅はかのような気がする。

その時に得た人間関係やスキル、知識によってサッカー選手でなくても、大好きなサッカーに携わる仕事をするようになるかもしれない。

当時のチームメイトは今だに支え合えるような仲間になっているかもしれない。

 

そもそも結果なんてわからない。

 

だから結果が出ないと嘆いてもしょうがない。

それに絶対に結果は出ている。

「サッカー選手になれなかった」だけ。

それ以外で様々な力が「サッカーに対する努力」によって得られている。

 

まさに自分への投資。

自分の寿命という時間を努力に投資する。

上手な投資の方法があるかもしれないけど、

こんなに確実に結果を出せる投資はない。

 

近い将来、

絶対に自分の力になる。

それが自分の寿命を使った自分の努力への投資。

 

裏切るわけがない。

何かに向けて一生懸命頑張った努力。

毎日毎日頭を抱えながら、考えて、考えて、行動して、失敗して、反省して、それでもまた頑張った時間は絶対に無駄じゃない。

 

目標を定めて頑張ってきた努力の時間が裏切るわけがない。

 

時間投資の鉄板。

そのくらい裏切らない。

 

私は、

「努力する意味なんてあるの?」

って言われたら胸を張って言う。

 

「ある!」

 

努力の意味が無ければ誰も努力しない。

時間の投資先はまず努力に決まっている。

 

それが真っ先に出来ないから目標へ辿り着く速度遅いんだと今でも思っている。

 

努力への投資は時間。

時間を失うリスクにビビッてちゃ努力はそもそも成り立たない。

努力しなきゃ結果なんて出るわけがない。

 

努力に費やした時間は損をしない。

費やした分だけ結果がついて来ると信じたい。

 

そうじゃなきゃ世の中がおかしくなる。

この世は、好きなだけサボって結果が出るようには出来てない。

そんなことあっちゃいけない。

 

努力の入り口に根拠なんていらない。

何かに対して一生懸命頑張るっていうのは単純に興味があるだけかもしれないし、誰かを見返したいっていう想いから生まれたりする。

それが知らずに努力に変わっていることもある。

たくさん失敗して、たくさん後悔して、それを改善したくて努力を始める場合もある。

 

切っ掛けはいつも身近にあって、

何に対して努力を始めるのかはわからない。

 

初めは誰かにやらされたことだとしても、後々興味を持って、自ら努力をし始める場合だってある。

努力の入り口に根拠なんていらないと思っている。

 

自分が生きている社会の中で「良い」も「悪い」も含めて何かしらの影響を受けて始める。

 

親から勧められようが、友人から勧められようが、自分で勝手に始めようが、

「努力をする」っていうのは変わらない。

 

努力の入り口はなんだっていい。

どんな想いを持っていたとしてもそれが紛れもない努力であれば、

自分の力になっている。

 

目標に辿り着かなかったとしても、何かしらの力や知識や経験になっている。

 

努力は裏切らないっていうのはそういうことだと思っている。

無理矢理プラス思考にしている感じがするかもしれないけど、

そうじゃない。

 

ボクシングの世界チャンピオンを夢見て毎日トレーニングをしてきたとする。

途中で挫折したとしてもその時の努力は自分の中に確実に残っている。

人生という貴重な時間を投資して得られたのは、身体能力だったり勝負に対する緊張感だったり、体の仕組みだったり、ボクシングの知識だったり。

 

それを将来活かすか活かさないかは自分次第であって努力を否定するものではない。

 

その努力の始まりなんてなんでもいい。

 

「努力した」っていう事実は絶対に体のどこかに残るものだと思っている。

 

「努力すると結果が出る」はみんな絶対に知っている。

人は努力をすれば自分に何らかのプラスになる事を知っている。

何かに一生懸命取り組むことで得られる経験値を知っている。

一日で結果が出ない事も知っている。

子供の頃から習い事をしたり、勉強をしたり、

友達と遊んだり、授業を受けたり。

 

そういった毎日の中で頑張ったことは自分の能力になることを知っている。

 

知っているのに「すぐに目標に辿り着かない」という理由だけで「結果が出ない」と思ってしまう。

 

それは努力をしたけど「目標に辿りつかなかっただけ」であって「結果が出ていない」わけではない。

 

勉強して、テストの点数が上がることを知っている。

筋トレをすれば筋肉が付き、力が増すのを知っている。

自分の時間を「努力」に費やせば間違いなく結果が出ることを知っている。

 

知っているのに「目標に辿り着かないだけ」で「努力なんて意味がない」と思ってしまう。

目標に辿り着きたいのは誰でも同じ。

だから努力をする。

それがシンプルな理由だったりする。

 

かと言って目標に辿り着かなかった結果だけを見て、「努力には意味が無い」と決めてしまう。

 

すごくもったいないと思う。

 

自分の貴重な時間を捧げて、何かに一生懸命向き合って、問題を解決していけば必ず自分の力になっているのに、それすら忘れてしまっている。

 

努力は絶対に裏切らない。

 

何かに一生懸命前向きに立ち向かった経験は目標に近づくだけじゃなくて、

その他の副産物をたくさん生み出す。

 

その副産物も努力の結果だと認めてほしい。

 

メジャーデビューを目指して一生懸命練習したギターは「弾ける」ってだけで結果だと思う。

サッカー選手を目指して一生懸命練習したリフティングは「20回」出来るだけで特別だと思う。

チャンピオンを目指して一生懸命練習したボクシングは「強い」ってだけで尊敬に値すると思う。

 

何かに一生懸命立ち向かって、目標に辿り着かなかったから、「努力は無駄」だと思ってはいけない。

努力は絶対に無駄じゃない。

 

自分の貴重な時間を投資した努力に無駄なんてあるわけがない。