失恋なんて朝飯前だ

恋愛

私の今の生活があるのは、あの時の失恋や恋心があったからだと思っている。

恋をして、うまくいかなくて、傷ついて、でもまた恋をして。

多くの恋をしたわけじゃないけど、恋をするってのは相手の価値観を知ることになる。

その価値観を学んで、自分の中で経験にした。

傷つくし、「もう恋なんてしない!」とか思っても懲りずに恋をした。

気が付いたら恋する気持ちを自分のモチベーションにしてた。

私には今家族があって、子供がいて、妻がいる。

声を大にして家族にそれを伝えることはないけど、「あの時の失恋ありきの今です」と思っている。

初恋が実るなんて聞いたことはない。

マンガみたいな恋なんてしたことはない。

失恋する度に気が付いていったんです。

私は男だし、恋愛に関してはほとんど素人みたいなもので、相手に何をすれば喜ばれるのか、何て声をかければ笑ってくれるのかわからない時もあった。

で、今現在。

妻と同じ方向を向いて生きているような気がする。

って言うのも、

恋をしたり失恋したりを繰り返している時は「互いに向き合う」のに精いっぱいだったような気がするんです。

向き合ってる。

見つめ合っている状態と言うか。

それが今現在、私達は同じ方向を見ながら歩いている。

その状態がすごく居心地が良くて、自分らしいと思っている。

恋をして、見つめ合って、今は同じ方向を見て歩いている。

失恋ってなに?

結局同じ方向を見て歩けない相手だったってことなんじゃないだろうか。

一度は見つめ合って、そして同じ方向を見ながら手を取り合って歩いていく。

見つめ合ったけど違う方向を見て歩いていくのが失恋だとすれば、前に進もうとして成長している証拠なんじゃないだろうか。

恋人がいなくなったことで一瞬「全てを失った」と勘違いしてしまいがちだけど、失ったのは「相手と向かい合う時間」だけだと思っている。

言い方は悪いけど、「恋人」を失ったんじゃない。

ついさっきまでいた「見つめ合う対象」がいなくなっただけ。

失恋なんて朝飯前だと思うんです。

そう思う理由をもう少し詳しく説明させてほしい。

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失恋の理由なんて探さなくていいんじゃない?

失恋した理由なんて超簡単なんです。

「あなたと違う方向を向いて歩いていきたいから」ってだけ。

「一体私のどこがダメだったの?」みたいな話になることがあるかもしれないけど、自分のダメなところを探してその人に合わせて「もう一度!」みたいなことを言うのはやめた方が良い。

だって単純にもう向いている方向が違うんだから。

もう違う方向を向いている状態で「もう一度見つめ合いたい」って言われても相手の気持ちは切り替わってたりする。

もうあなたがいない場所を歩き出してるんです。

それなのに「戻って説明してほしい!」って言われているようなもの。

もう相手は違う方向を向いているんだから「ダメな理由」を聞かれても困る。

一方的に相手が向きを変えただけの話なんです。

例えば友人と二人で歩いているとして、一方は右に行きたいのにもう一方は左に行きたいとする。

その時に「こっちに美味しい料理屋さんがあるんだ!だからこっちに行こう!」って言ったとしても相手がそもそも「お腹空いてない」って話なんです。

「しょうがねぇ。付き合ってやるか。」って思うこともあるかもしれないけど、「本気でお腹が空いていなくて、尚且つ違う事をしたい」って強い意志を持ってたら断る。

私ならそうする。

でも恋愛ってのは少し複雑で、優しい気持ちがあればあるほどその気持ちをストレートには伝えないものなんです。

だからなんとなく「傷つけない理由」を探したりする。

その理由に納得出来なくて「どうして!?なんで!?」って知りたくなるかもしれないけど、単純にもう向いている方向が違うんです。

理由はどうあれ、そこなんです。

向いている方向が違う。

「他に好きな人が出来た」も「夢を叶えたいから」も「好きじゃなくなった」も「会いたくなくなった」も全部「向いている方向が変わった」ってことなんです。

捨てられたわけではなく、ただあなたと向き合うのをやめたんです。

失恋の理由なんて探しても、本当の事じゃなければ余計に迷うだけ。

振り返って戻って来るパターンもあるんだろうけど。

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恋人がいる安心感なんてまやかしです。

人によっては恋人がいることで安心感を得られる場合がある。

「私には恋人がいる!」とか「一人じゃない!」とか。

誰かと比べて「恋人がいる」ってのをステータスだと思ったりする。

あれはまやかしです。

人の価値ってのは「恋人の有る無し」では決まらない。

安心感があるのはわかるけど相手はそもそも他人です。

自分ではない。

だから恋人の存在が「自分の価値」を高めてくれるわけじゃない。

頑張っていることがあって、目指していることがあって、一生懸命毎日を過ごしている姿の方がよっぽど魅力的です。

そんなの誰が見てもわかります。

「彼女がいる」「彼氏がいる」がそんなに価値が高いことだろうか。

むしろ他人から見れば「別に気にならない範囲」なんじゃないだろうか。

自分の価値っていうのは自分で気が付いて、意識して、努力して、それを積み重ねていくことで上がっていく。

恋人の存在なんてのはそこにくっついて来るオプションみたいなものだと思うんです。

だから恋人がいるからと言って安心している場合でもないし、恋人が出来たからと言って恋愛に明け暮れて良いわけでもない。

自分の価値ってのは恋人とは関係なく、自分で持ち上げていくもの。

積み重ねていくものなんです。

そもそも恋人なんていなくても今までうまくやってきたはずなのに、恋をして、依存することで「あなたがいなくちゃ」って思ってしまうのはもったいない。

もっともっと頑張っていたはずなんです。

その頑張ってる姿に惚れる人がたくさんいるはずなんです。

恋をして頑張って、恋人になって安心して、失恋したら「全部終わり」なんてそんなわけがあるか。

そもそも恋人なんていなかったはずなのに。

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失恋の可能性がゼロになることなんかない。

恋人がいたとして、今はすごく幸せだとして、それでも失恋の可能性はゼロにはならない。

どんなに「最高の恋愛だ!」とか「運命だ!」って思っていても失恋をする可能性はある。

それでも自分の人生はずっと続いていく。

常に失恋をする可能性を考えながら生活してほしいってことじゃなくて、「絶対は本当に無い」ってことです。

そして幸せの形って「恋愛をする」だけではなくて、人それぞれが思い描く理想を実現していくことだと思うんです。

不幸もまた同じで「失恋をする」だけではない。

もし、失恋をしてめちゃくちゃやる気が出なかったり、ものすごい喪失感に襲われているとしたら、考えてみてほしいんです。

失恋に「あなたが幸せになれない」って決める要素はひとつもないよ。

恋人がいなくなったか、恋に「一旦」終止符が打たれただけ。

「頑張れ!」とかそういうことが言いたいわけじゃないです。

実際に起こったことに対して自分がどう捉えて、これからどう歩んでいくのかの方がずっと大事なんです。

「失恋したけど幸せになる権利を奪われたわけじゃない」って私は思います。

恋愛も恋人もすごく大事にしてたからこそ失恋のショックが大きいのかもしれない。

ただ、恋をした瞬間から失恋する可能性があるんです。

「もう恋なんてしない!」って決めたとしてもまた恋をする可能性だってあるんです。

「失恋がありえない」ならめちゃくちゃショックを受けても良いと思う。

でも「ありえる」のにショックを受け過ぎちゃいけない。

可能性で考えるのなら、恋愛以外で「幸せだ!」って感じる瞬間はたくさんある。

失恋はさっきまでしていた恋に一旦終わりが告げられただけであって、それ以外のあなたの魅力や可能性はわんさか残ってるって話です。

自分の中にある様々な要素の内のたったひとつなんです。

それが失恋。

大したことない。

幸せになれないって決まったわけじゃない。

頭の上に鳥の糞が落っこちてきただけ。

洗ってしまいましょう。

頑固な汚れでも落とした方がいい。

私は頭に鳥の糞が乗っかっている人に魅力は感じない。

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失恋なんて朝飯前だ!

失恋に対してなんのダメージを受けない人がいるんだとしたら、それは真剣に恋をしていない証拠です。

真剣に恋をしたからこそ失恋のダメージも喪失感も大きいんです。

相手が好きとか嫌いとか以上に、恋人がいることに対しての安心感や優越感を感じている方がダメージが大きかったりする。

信じられないくらいでっかい鳥の糞が頭に落っこちてきた。

たくさんの恋をして「失恋耐性」を持とうとする人もいる。

その内「トキメキ」を感じなくなるかもしれない。

「好きって?」って疑問を持ってしまうかもしれない。

でもね。

どれもこれも恋なんです。

100回恋をしようが1000回恋をしようが「失恋」の可能性はいつもある。

たった一度の恋だとしても「失恋」の可能性はあるんです。

失恋なんて、これから先の自分の人生の奥深さと比べたら朝飯前なんですよ。

未来の可能性は無限です。

失恋したって人生は素晴らしいし失恋しなくても人生は素晴らしい。

私はそう思えるような人になりたい。

失恋しようが失恋しまいが、あなたの魅力はいくらでも引き出せます。

そういう可能性を持ってるんです。