仕事とは~今を働く全ての人へ~

仕事

今までこのあれんじブログでは、仕事に対する多くの記事を書いてきた。

それはこの世のほとんどの人が仕事をしているから。

どこまでを「仕事」と捉えるかは人それぞれだけど、「お金を稼ぐ事だけ」を仕事として捉えている人がいれば、「家事や育児」も仕事と考える人がいる。

私はこうしてブログを続けている中で多くの方々からコメントを頂き、その都度「仕事とは」を考えてきました。

もちろん今でも考えています。

きっとこれからも考えていくんだと思う。

今回まとめたいのは「私にとっての仕事とは」ですが、それが「あなたにとっての仕事とは」のヒントになると信じています。

信じるがあまりに、今を働く全ての人に届けたい。

と思いました。

このブログを通して学んできた「仕事とは」を一度、しっかり残したい。

どのくらいのコメントが寄せられるかはこれを書いている今はまだわかりませんが、多くの人の「仕事とは」の「ひらめき」になる事を願っています。

この記事がそういったコメントで成長していく事を期待しています。

「仕事とは」という大きなカテゴリーで更新され続ける記事であるべきだと信じています。

では、少し長くなりますが、お付き合いください。

私にとっての仕事とは。

あなたにとっての仕事とは。

今を働く全ての人へ。

あれんじブログなりの答えをここに残します。

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お金を稼ぐ。

今も昔も、仕事はお金を稼ぐ方法のひとつである。

時給、月給、年俸。

アルバイト、契約社員、サラリーマンに数々の専門職。

ここで全ての職業を紹介し始めれば読み切れない量になる。

ので、「想像以上にめっちゃあるでー」って認識でいてください。

多くの人が考える「仕事」とは、働く事で、そのほとんどが「お金を稼ぐ為にするべき事」である。

このブログでは過去に多くの仕事に対する記事を公開してきましたが、そのほとんどが「仕事=お金稼ぎ」という捉え方があるからこその悩みやストレスを題材にしている。

お金は生きる為に使える「最も便利なツール」で、この世にあるほとんどのモノと交換出来る。

だから多くの人が「お金」を求め、お金を得る為に働く。

「お金が全てじゃない!」って声が聞こえてきそうだけど、私がこれまで生きてきた世の中では「お金を多く持っている奴が圧倒的強者」でした。

まさに「お代官様」であります。

価値観は人それぞれだし、いちいちそれに対して反論しようとも思わないけど、長い物には巻かれよで生きてきた私の中で、お金は「力」である。

世の中にある求人誌を見る時はまず「給料」を見るし、多少キツイ仕事でも給料が高けりゃ許せたりする。

それが普通の考えかどうかはわからないが、「お金を求める」ってのは、もはや人間の本能になりかけているような気がしてしょうがない。

世の中には好きな事を仕事にしたり、子供の頃から続けてきた何かが結果的にお金を生み出すような人もいるが、そんな人はただただ羨ましい。

横目で妬ましく見ているだけです。

もちろん努力ありきの結果なんだと思うが、多少は才能もある。

私は大人になって、つくづく思う事がある。

この世には様々な才能の持ち主がいるが、「お金を稼ぐ才能が欲しかった」と。

学生の頃からやりたい事がハッキリせず、なんとなく流行りに乗りながら、のらりくらりと生きてきたが、大人になって「お金がめっちゃあれば」と想像したりする。

「金さえあればあんな事もこんな事も出来るじゃないか!」と。

もしあの頃に戻れるなら、「お金を稼ぐ事」に一生懸命になり、誰よりも勉強すれば、私の「現在」は多少「力」を持ち合わせていたかもしれない。

もちろん他の人よりも「お金を多く持っている」って意味です。

気が付けばお金を求めるがあまり、お金に縛られる毎日になり、ヨダレを垂らしながら給料を待つ大人になりました。

このブログを書き始めたきっかけも、よく考えれば「ブログってお金を稼げるらしいよ!」って話を鵜呑みにしたからです。

実際にやってみて、全然お金を稼げない現実にぶち当たっている最中ではありますが、ブログを更新していく内に、多くの方にコメントを貰っている内に、少しだけ、ほんの少しだけ、「お金以上の価値」を感じています。

が、しかし、私は今でも、働くのはお金を稼ぐ為だし、お金は力だと思っています。

お金持ちを目の前にするとなんだか「キラキラ」しているように見えるし、恐れおののく自分がおります。

「こいつ、めっちゃつえーじゃん。」

ギラッギラのスーツに、ギラッギラの腕時計に、ギラッギラの高級車でお金持ちをわざとらしく体現しているような奴を見ると、「どんな仕事してんの?」と思う。

それはやっぱり無意識に「仕事=お金を稼ぐ」って考えを持っているからなんだと思う。

私のこの気持ちが大きく変わらない限り、仕事とは、まず、「お金を稼ぐ為」にある。

このイメージが大きく変わるなら、きっと、新世界に辿り着けるような気もするが、知らない世界の事は想像出来ない。

ちーん。

生活を支える。

「仕事=お金を稼ぐ為」とは言っても、その「仕事そのもの」には様々な種類がある。

家事や育児を仕事と捉える人がいると冒頭に伝えたが、よく考えれば、「家政婦」や「保育士」の仕事もあって、結果的に「お金を稼ぐ」に繋がる。

「金。金。金!かねー!」とお金の話ばかりをしていると、仕事がお金の為だけに存在しているようなイメージになる。

が、そうでもない。

ここではその理由をあれんじブログ的に伝えたい。

例えば、私の今の生活リズムから考えると、まず、住んでいる家。

生きていくには家が必要。

マンションやアパートは集合住宅になるから管理費や修繕積立金などが存在する場合もある。

まぁ、家賃って事です。

その家賃が細かくどんな事に使われているかはわからないが、管理人さんがいたり、たまに壁を塗り直したり、共有部分でトラブルがあると、それを直す為に使われるお金なんだろうと思っている。

で、そういった部分が誰かの仕事になっている。

私自身としては、「ただ住んでいるだけ」なのにも関わらず、意外に多くの人の仕事となっているのです。

そして私は会社へ行く為に電車を使う。

会社から交通費が出ているが、一月に一度は定期券を買う。(と言うより会社からは定期代しか出ない)

そのお金がどんな事に使われているかと言えば、電車のありとあらゆる事だ。

駅員さんの給料。

電車の整備代。

線路の整備代。

これまた全部はわからないが、多くの人の仕事になっている。

私が毎日のように利用している電車に支払うお金が多くの仕事に使われているる。

休みの日にはスーパーに買い出しに行く事もある。

私が買うのは我が家に必要な分の食糧だけ。

が、スーパーにはそれよりも遥かに多い食料品やその他の製品が陳列されている。

大根がスーパーにあるのは「大根を作る仕事をしている人」がいるからで、トイレットペーパーがスーパーにあるのは「トイレットペーパーを作る会社で仕事をしている人」がいるからで、肉や魚やパンにもそれを作る専門の人が作って、仕事としてスーパーに品物を売っているから。

そして、スーパーがそれらの商品を買って、売る。

または売れた分だけを作った人にお金で支払う。

こんな事をわざわざ普段の生活の中で考えた事は無いけど、私がただ「スーパーに行って品物を買う」という超普通な行動の中に多くの仕事が折り重なって、今でも稼働している。

で、例えば、肉を作る仕事をしている人がいなくなったら…。

スーパーから肉が消える。

肉を作っている人は一人じゃないからきっと他の肉を作る人や海外から仕入れるんだろうけど、もし全部無くなったら、我が家が困るだけじゃなく、多くの料理を提供する仕事をしている人達が困る。

焼肉屋なんかどうだ。

肉が出せなくなる。

そりゃ困る。

店が潰れるかもしれない。

肉を作る仕事が無くなるだけで、それに精通する多くの仕事が同時に無くなったりする。

仕事が無くなれば、お金を稼ぐ方法も無くなる。

普段の生活では「自分の仕事」が中心になるから他の仕事の事なんか考えないけど、実はどれもこれも「超ニッチ」な分野で、一つの事に精通している。

で、どの仕事も多くの「ニッチな仕事」と繋がりを持って成り立っている。

牛を育てる仕事があれば、牛のエサを作る仕事もある。

みたいな感じで。

私が書いているブログも一緒。

誰かがインターネット回線の整備をしてくれているから安定して発信する事が出来るし、携帯電話の進化があったからこそ多くの人が検索をして訪れてくれる。

パソコンがあるからこそ文字を入力する事が出来るし、Googleがあるからこそ検索機能が主流になった。

私はただただ記事を書くだけなのにコメントで「為になりました。ありがとう。」と言われる機会がある。

泣けるくらい喜んでいる。

泣けるくらいありがたい体験が出来るのも、環境を整えてくれている多くのニッチな仕事をしている人達のおかげ。

そう考えると、仕事ってのはお金を稼ぐ為だけのものではない。

そんなちゃっちーものではないのです。

仕事とは、私達の生活を支えてくれている重要なモノである。

今日もニッチな誰かの仕事無しでは我が家の全てが足りない。

テレビだって無い。

ベッドも無い。

そもそも家も無い。

ガスも電気も無い。

この世の誰かの仕事が無けりゃ我が家は原始時代だ。

現代人らしい便利な生活を支えてくれているのは全てそんな人達の仕事のおかげだと思っている。

私のめっちゃ普通な生活を支えてくれている多くのインフラ的な仕事をしている人へ言いたい。

素直に、いつもありがとう。

仕事はお金を稼ぐ為だけのものではない。

むしろ感謝。

今日一日の私の支出。

そのほとんど全てが感謝である。

電車という安くて便利な乗り物に乗せてくれてありがとう。

コンビニでコーヒー。一息リフレッシュをありがとう。

毎日のご飯。全ての素材のおかげで料理が作られる。

それをお金を出して買う。

食べる。

そんな環境を整えてくれてありがとう。

今日も私の生活を支えてくれてありがとう。

私はそれを直接言えないから、お金を払うのだ。

で、そのひとつひとつが仕事になってる。

仕事は、今日も私達の生活を支えている。

人との繋がり。

今日も様々な仕事が私達の生活を支えていて、個人的にはコンビニで食べ物がいつでも買えるだけで超感謝すべき環境になっている。

お弁当一つを例に挙げても、それが完成してコンビニのお弁当ゾーンに並ぶまでを考えると、野菜を作る人から、肉を作る人から、容器を作る人から、それを料理する人から、それを詰める人から、それを運ぶ人から、それを売る人まで、多くの人が別々に働いている。

別々に働いているのにも関わらず、最後には一緒になる。

そのどれもこれもが仕事になっていて、ひとつ手前の仕事の人にひとつ先の仕事の人がバケツリレーのように繋いでいく。

最終的に私がレンジで温めて、割り箸をパキっと割って、口に「あーん」と運ぶまでにどれだけの仕事を通って来たのだろう。

正直に言います。

わかりません。

そんなの知りません。

きっと私が考えているより多くの仕事が繋がり合って最終的にお口に「あーん」に辿り着くのだろう。

いちいち想像しないっす。

普段は普通に買って、普通に「いただきまーす」で胃の中にインです。

が、改めて「仕事とは」を考えた時、お弁当一つでも多くの仕事が繋がって作られている事に気が付くんです。

てことは、他のモノでも一緒。

多くの仕事が繋がって完成している。

そして、仕事をしているのは「人」です。

私がお口に「あーん」までにどれだけ多くの人が繋がっているか。

私はコンビニでお金を払ってお弁当を買っているだけのように思えるけど、実はそれは最後の「消費」の部分であって、言ってしまえば「クライマックス」です。

みんな私の「あーん」の為に仕事を繋げている。

野菜に絞ってみれば私の「あーん」までどのくらいの時間が掛かったか。

「種」っす。

一番最初は「種」なんです。

育てて、売られて、加工されて、詰められて、運ばれて、並べられて、私が選ぶ。

で、お口に「あーん」です。

もちろんどれも商売だし、どれも仕事です。

私の「あーん」は一番最後。

だから消費者。

ただ、ここまで多くの仕事と多くの人の繋がりがあったからこそ私まで届いたのです。

仕事って、意識しないと気が付かないけど、人との繋がりが不可欠。

私が今日食べるお弁当に入っている人参を見て、「誰が作ったのかな?」なんて考えません。

考えませんが、確実に人が作ってます。

てことは繋がっています。

仕事とは、人との繋がりです。

じゃなけりゃこんなに簡単に美味しいお弁当は食べられないのだ。

腹が減ってるのに野菜から栽培してたら志半ばで餓死だわ。

人との繋がりと仕事の繋がりが、今日も私の「腹減ったぁ」の時間を短くしてくれている。

生きがい。

仕事には「野菜を育てる」みたいな専門的なモノがたくさんあって、プロのスポーツ選手に憧れて、それを目指して、実際にそうなれる事もあれば、それを多方面からサポートする専門の仕事もたくさんある。

常に注目されている仕事や、多くの人が憧れる仕事もあるけど、世の中には「それ以外」の仕事の方が圧倒的に多い。

プロのスポーツ選手になり、生きがいを感じている人もいれば、「野菜を育てる」に生きがいを感じている人だっている。

仕事に生きがいを求めようと足掻いている人もいる。

「生きがい」に出会えるまで転職を繰り返す人がいたり、生きがいを感じられる仕事に就けるように勉強を続けている人もいる。

生活を維持する為に仕事をしている人だって、仕事以外の部分で生きがいを得られるように「今は働く」を選択していたりする。

本人が「何に生きがいと感じるか」によるが、私は、「生きがいの為にお金を稼ぐ」という選択肢もあるんじゃないかと思っている。

生きがいを仕事の中で見つけるのではなくて、「別の所にある自分の生きがいを守る為に仕事をする」っていう生き方。

そんな人は働く事を「仕事」とするんじゃなくて、「お金を稼ぐ手段」として仕事を捉えているような気がする。

って考えると、多くの人が生きがいの為に仕事をしているんじゃないだろうか。

働く事そのものに生きがいを感じて仕事をしていようが、働くとは別の所に生きがいを感じて仕事をしていようが、どちらにしても「生きがいの為に仕事をしている」わけです。

憶測ばかりでチンプンカンプンな感じになるけど、私は「人は生きがいを求めるもの」だと思っている。

それが仕事そのものだろうが、恋愛だろうが、趣味だろうが、「生きがい」は見つけられると信じている。

で、その「生きがいを感じる瞬間」を味わい続ける為に「お金を稼ぐ」が必要になる。

多くの人はその「お金を稼ぐ行為」を仕事と呼ぶかもしれないが、私はそう思わない。

例えば俳優を目指している若者がいて、「俳優を仕事にしたい」と考えているとする。

が、そもそも自分が食べていけなければ「俳優になる」って夢を叶える事すら出来ない。

だから、恐らく働くのです。

手っ取り早くアルバイトか。

生活する為のお金を稼ぐ為に。

で、いつからかお金を稼ぐ事を「仕事だ」と感じる。

そうなると、自分の中で「俳優でお金を稼ぎたいのに今は別の仕事をしている」っていう矛盾が生まれる。

そもそもアルバイトはお金を稼ぐ為の手段として選んだのに、「お金を稼がなければ仕事ではない」って感情が精神的なバランスを崩す原因になったりする。

「生きがい」と「仕事」を結び付けられなくなるから。

アルバイトはお金を稼ぐ手段のひとつ。

ただそれだけ。

それだけなのに「俳優じゃない…」ってのが辛くなったりする。

「俳優になる」ってのは生きがい。

「生きがい=お金を稼ぐ」になってしまうとそれが出来ていない今が凄く辛くなる。

でも今後、アルバイトをしながらその中で生きがいを見つけて俳優とは別の道を突き進むかもしれない。

未来なんて誰にもわからない。

ただ、自分がワクワクする生き方をするには、「仕事」と「お金を稼ぐ為の手段」は別として考えるべきなんじゃないかと私は思っている。

むしろ、生きがいに向かって突き進む瞬間こそ「仕事」なんだと信じている。

多くの人が「生きがい」や「やりがい」を持って、それを夢や目標にして、毎日を生きていく、その中で「お金を稼がなくていけない」ってのは当然なんです。

そんな当然の事を生きがいに出来る人はそんなにいない。

いるはずがない。

だって好き嫌いは十人十色なんだから。

「お金を稼ぐ手段」を仕事と考えると、本当の自分とのギャップで辛くなったりする。

夢を追いかけた事がある人はそのギャップを必ず経験している。

それで何度夢を諦めた事か。

だからもっとシンプルに考えるべき。

仕事はお金を稼ぐ手段ではない。

「生きがい」です。

生きがいこそ仕事なんです。

生きがいがあれば「お金を稼ぐ手段」など簡単に乗り越えられたりする。

アホで単純な私の過去を例にしよう。

大好きな人とのデートが待っている日。

あの日、私はアルバイトをハイテンションで、誰よりも軽快に、誰よりも素敵で爽やかで、妙に気持ち悪い笑顔で頑張れた。

明らかにいつもと違うのだ。

まぁ、「生きがい」というよりも圧倒的に胸が躍る瞬間なだけだったけど。

「仕事をお金を稼ぐ手段にするな。生きがいに準ずる自分の行動を仕事とせよ。」

これは、私が今後「楽しく生きていく為に」考えた大切な想いです。

もし、「お金を稼ぐ事」があなたの生きがいなら、なんと、類まれなる才能か。

私は、その才能を持っていません。

とても残念です。

だから今日も、生きがいを仕事として、生活を維持する為のお金を稼ぐ為に働く。

生きがいでお金を稼ぐ事が出来ない私でも、生きがいを感じながら生きていく方法。

完全にストレスフリーになる方法ではない。

ただ、生きがいを持って生きていきたいだけ。

ワガママな私の抜け道です。

「人として生きる」もの。

私の存在はアメリカの大統領と比べれば、小さな存在かもしれません。

アメリカの大統領になればお金を稼ぐ為に必死になる毎日を過ごす私の生活なんざ、相当にちっぽけなのかもしれません。

そんな事言わないかもしれないし、そんな事思っていないかもしれないし。

そもそもアメリカの大統領を目指した事のない私にわかるはずもない。

たぶんこれからもわからない事ばかりです。

でも、大統領を「仕事」としている人もいる。

実際にいるんです。

何の為?

わからん。

器の大きさがデカ過ぎて想像すら出来ない。

いきなりですが、私にとって、「仕事」とは、「生きる」です。

お金を稼ぐ手段を仕事と考える人がいて当然だし、それも仕事。

家事や育児、生活を支える何かだって「仕事だ!」と言われればその通り。

人との繋がりを意識して行動する事も仕事になると思うし、生きがいに準ずる行動そのものだって仕事になり得ると思う。

じゃあ、それなら、仕事って即ち、「生きる」って事じゃん。

と私は思っております。

人間は「生きる」って仕事をしています。

今何かを目指して頑張る毎日も仕事。

なりたい自分を目指して夢を追いかける今も仕事。

「こんなはずじゃなかった」と後悔する毎日も仕事。

ストレスまみれの人間関係の中で過ごす毎日も仕事。

仕事仕事仕事。

全部仕事。

どうせ、私達はこれからも生きていく。

これからも生きていく事が人としての「仕事」です。

もし、「あなたにとって仕事とは?」と問われるのなら、最終的に「人として生きるって事」と答えます。

「仕事が嫌だ!」とか「仕事を辞めたい!」とか「仕事がツライ!」って思う瞬間があったら、もっと視野を広げてみるといい。

その想いすら「人として生きるという仕事」になるから。

その先にきっと自分らしい「働き方」があるんだと思います。

どうせ私達はこれからも「人として生きるという仕事」をしていくんです。

だったら「何をして生きていく?」を改めてゆっくり考えてみてもいいじゃないかと思うのです。

道に迷うのも人として生きる仕事なのです。

人として生きる事が「仕事」なら、「働く」なんてのはちっぽけな問題だ。

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心優しきあなたにお願いがあります。

改めまして、執筆者のdaimaruです。

かれこれ数年このブログを続けて来て、思った事があります。

「ひとりで更新し続けるのって寂しいやん」

って事で読んで頂けた方々の感想やら文句やらもブログとして掲載していきたいと考えております。

この下にコメント欄を作ってありますので是非、何か、頂けたら幸いです。

あと、お手数ですが誤字脱字やらも見つけたら報告ついでに一言もらえると私は全力で直します。

数年更新し続けると読み直すのがさすがにおっくうなのです。

どうか、ご協力ください。お願いします。

あれんじ

どうか感想をください。