迷った時に必要な決断までのプロセス

メンタル

「本当にこのままでいいんだろうか。」

誰だってこの先どうするのが正解なのかなんてわからない。

そりゃ迷う。

迷いながらも進んでいく。

で、迷えば迷うほど歩みは遅くなる。

様々な「やらなければならない事」もほったらかしに。

気が付きゃダメな奴になってる。

周りから見たらね。

迷ってるだけなのに色んなとこに影響が出始める。

困ったもんだ。

私も今迷ってる。

色んな事に迷ってる。

放っておけば迷う時間で一日が過ぎてしまう事もある。

それを繰り返していれば永久に迷子だ。

そろそろ迷子の自分にも飽きてきた。

だからここに「迷子にならない自分の決断」をまとめておきたい。

多くの人の役に立てるとは思ってないけど、誰かのヒントくらいにはなるだろうか。

今は迷っているけど、どうせいつかは決断する。

「じゃあ今すぐ決断しろや!」とか、そんな野暮な事は言いません。

だからダラダラ読んでみてください。

さて、じゃあ、まとめていこう。

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まず最初にやるべき事。

先に言っておくけど、全く、ほんの少しも迷わない奴がこの世にいるとすれば、そいつは異常だ。

人はたとえ一瞬だとしても、必ず迷う。

絶対に迷う。

で、決断する。

私はそう信じている。

仮に全てに対して一瞬も迷わない奴がいたら、そんなのとは仲良くなれない。

決断が早い人はいるけど、迷わない人はいないと思っている。

今迷っているのは何?

仕事?人間関係?欲しいもの?進路?

たぶん、迷っているのは、「いくつかの選択肢があるから」だと思う。

でも現実的にはその中から一つしか選べない。

そんな状況だ。

例えば、携帯を初めて持つとして、いくつかのキャリアから一つを選ばなきゃいけない時、何を基準に選ぶ?

そこには個人差が絶対にあるんよ。

最安値を選ぶ。

家族や友達と一緒。

元々好きなキャリアを選ぶ。

口コミサイトを見る。

などなど。

どこに重点を置くか。

さすがに人それぞれなんでね。

私なら最安値。

そうと決まればまず最初にやるのが「情報集め」だ。

様々なキャリアの基本料を調べたりする。

でもね。

それだけじゃ決まらなかったりするんよ。

基本料を調べるだけのはずがその中で条件によって別の契約が必要だったり、オプションが付いてきたり、数年間の縛りがあったり。

結局どこのキャリアを選んでもそこまで大きな差が無いと感じたり…。

せっかく多くの情報を集めたのに、違う迷いが出てきたりする。

携帯キャリアで例えてみたけど、なんかどれもこれも似たような状態になったりする。

結果的に「携帯が持てりゃいいんでしょ?」と自分に言いたくなる。

で、また迷う。

結果、迷う。

少し先の未来を想像してみる。

迷いから解放される為に、「もしこの選択肢を選んだらこの先どうなるか」を想像してみる。

迷った時あるあるだ。

いくつかの選択肢があると、それを選んだ場合の少し先の未来を想像してみる。

ああ、これ、アホな奴は出来ないと思う。

先の事を考えてなさそうだし…。

子供ってあんまり迷わないよね。

大人になるにつれて色んな経験をすると、なんとなく少し先の未来が想像出来るようになったりする。

「やりたい事」の前に「やらなきゃいけない事」が来たりするし…。

だから考える。

どうしたら「やりたい事」が効率よく選べるか。

迷う。

ところが子供は「やりたい事を優先」だ。

デパートの中におもちゃコーナーがあれば「道が混む前に帰りたい」とか「店が混む前に買い物を済ませたい」っていう親の考えをフル無視。

全力でその場に留まろうとする。

親の考えを伝えたところで到底理解出来ない。

強制的に親に抱きかかえられ、搬送される子供を何度も見たことがある。

子供はアホだ。

アホというか大人ほど先の事を考えて行動していない。

だから歯止めが効かなくなるほど好きな事に没頭出来る。

大人になると、たまに子供が羨ましくなったりする。

だって迷わないんだもん。

でも私は大人です。

だから結局、迷う。

先の事を考えて、迷う。

しょうがないよ。

大人になった証拠だな。

一旦離れる。

あまりにも迷って、先の事を考えて、結局決断出来ない事があるとする。

急いで決断する事でもなけりゃ一旦放置したりする。

その間に迷ってたはずの何かを忘れたりもする。

そうなれば「今迷うべきではなかった」って事なんだろう。

迷ったり考えたりする事から少し離れてみるだけで決断に至る時もある。

あまりに迷って、二進も三進もいかないなら、思い切って放置してみてもいいかもしれない。

少し前に迷っていた事も、一旦忘れて普段通りの生活をしているうちにスパッと決断出来るかもしれない。

まぁ、後になっていきなり不安が襲いかかってくることもあるけどね。

「やばい。どーしよ。」

そうなりゃまた迷うだろう。

結局決断なんてのは「制限時間」がなきゃ出来なかったりする。

時間の縛りがあるからこそ迷うのかもしれない。

残り1分で「赤」か「青」のどちらかを選ばなきゃ人類滅亡だとか言われれば決断するだろう。

大人だしさ。

ところがそこに時間的制限が無ければ…。

「迷ったんで一旦離れまーす。」

でいつもの生活に戻るのも選択肢の一つだ。

「やる」「やらない」の2択で迷っていたところに「放置」という3択目を追加。

別に優柔不断なわけじゃない。

納得出来る決断をする為。

これまで身近な人に「お前は優柔不断だなぁ!」って言ったりしたけど、実は「自分の決断に納得したいから」だつたのかもしれない。

そう考えると、「なんか悪い事言ったなぁ」と思う。

次に誰かの迷ってる場面に出くわしたら、「時間に余裕があるなら一旦離れる選択肢もあるよ」と言ってやろう。

そしたらそいつは「じゃあやる!」とか言いそう。

結局無駄なアドバイスに…。

人の気持ちってのはいつもわからない。

だから「今は放っておく」って選択肢があってもいいと思うんだよね。

また迷う。

あの時は一旦放置した迷ってた事が、時間が経つにつれて決断をしなければならない時期に差し掛かる。

まだ決断まで至っていない事ならもう一回そこで迷う。

例えば友達からの誘い。

数ヶ月後の予定だったから放置してたけど、もう一度確認の連絡が来て改めて迷う。

人によっては数ヶ月で状況が変わることもあるだろう。

簡単に決断出来るかもしれないし、余計に迷うかもしれない。

結局後回しにしても、迷うのだ。

私の場合、「こんな事になるなら何もかも初めから断っときゃ良かった」と思うタイプ。

実は「自分の思い通りに選択したいだけ」なのかもしれない。

ところがそれを選択する事で少し先の未来が想像出来ちゃうもんだから迷ったりする。

で、時間制限が無いならめんどくさいから一度お蔵入りにする。

また掘り出して、結局迷って、挙句、断る。

「友達に迷惑を掛けてしまうから」って理由で無理やり決断する事もあるけど、結局「こうしとけば良かった」って思ったり。

ここまででわかる自分なりの迷いの真相は、

他人や未来の事を考えて行動するするのが大人だと思っているから、「自分の都合で全てを選択したい」っていう子供みたいな主張が「出来ない」ってオチです。

だから迷ってる。

「大人として」や「社会人として」や「人として」ってのと、「本当の自分は」がぶつかり合って、迷う。

何でもかんでも好き勝手に自分の思い通りで選択していいなら迷わんのですよ。

そんな事してたら周りの大人達にどう思われるかなんて普通に生きてりゃ想像出来る。

だから迷う。

結局、迷う。

自分勝手な選択と、社会や大人としての選択で迷ってるんだよなぁ。

迷わない人生などない。

そこで、私は一つ、仮説を立てました。

「迷わない人生などない」

自分勝手に選択する今を選ぶのも、社会人として、大人として、今を選択するのも結局自分。

で、うまくバランスが取れなくなると、迷いが大きくなったように感じる。

「社会人の自分」と「本当の自分」のどっちに偏ってもきっとアンバランスなんだと思ってる。

もちろん性格には人それぞれ違いがあるから、中には「自分勝手な選択ばかりする奴」もいる。

その周りにいる私はそいつが「明らかに嫌われている」のを目の当たりにしてるわけで…。

そう考えると「嫌われない方がお得かな?」と考える。

で、迷う。

「自分勝手な選択ばかりする奴」に迷いが無いのかと言われると、本人曰く、それなりに迷いがあるらしい。

って事は、結局どっちを選んでも迷いが無くなるわけじゃない。

私は悟りました。

どうせ迷いが無くならないなら、「決断の早さで勝負しよう」と。

最初にも言ったけど、迷ってる時間は手につかない事が沢山ある。

手が止まるって事ね。

無駄な時間だとは思わないけど、迷ってる時に「前に進んでるぜー!」と実感した事はない。

だから決断を早くする。

それによって迷ってる時間を短くして、余った時間を「自分勝手な選択」に充てようと思っている。

それが正解かは未来でしかわからないけど、結局迷いは無くならないのだ。

せっかくの人生なんだから出来る限り自分勝手な選択をしたいじゃん。

だから決断を早くする。

迷ってる時間を極力減らす。

それが私の決断だ。

「迷う」を受け入れ、「迷う時間を短くする」って事。

メンタル
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心優しきあなたにお願いがあります。

お見苦しい点が多々ある私なりの文章をここまで読んで頂き、本当にありがとうございます。改めまして、執筆者のdaimaruです。

この度、DONGURILOGという日記サービスを共同運営させて頂く事になりました。

シンプルに伝えると、「みんなで日記を書くスペース」になります。

かれこれ数年このブログを続けて思った「ひとりで更新し続ける難しさ」を解消しつつ、多くの価値観を共有しながら楽しめる場所です。

まだ始まったばかりのチャレンジではありますが、多くの方に使って頂きたいと思っています。

ここまで私が書く、しがない文章を読んで頂き、目もお疲れかと存じますが、どうか、最後に、私の渾身のワガママを聞いて頂けないでしょうか?

無理なお願いをしているのかもしれません。

でも、「日記を書く」には多くのポジティブな効果があります。今日一日を振り返るだけで多くの気付きがあります。

じらしてすみません。

一緒に日記を書いて頂けないでしょうか?

私は多くの人と日記として記録を残す毎日を過ごしたいと思っています。

そしてそれがきっかけで多くの人が救われる瞬間があるんじゃないかと思っています。

私が求めているのは募金や署名ではありません。

シンプルにあなたが持つ価値観や考え方です。

本来「日記を書く」は一人で行う趣味的な存在なのかもしれませんが、それを多くの人と同じスペースで書く楽しさを大声で主張したい。

「うおー!」です。

是非一緒に、DONGURILOGで、日記を書きましょう!

自分の為になり、誰かの為にもなる。

そんな最高のスペース作りにご協力ください!宜しくお願いします!

あれんじ

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