圧倒的なイヤイヤ期に突入した我が子が最強にめんどくさい

生活

イヤイヤ期に突入した我が子は何を言っても「イヤ!」と言う。

好きな食べ物を出してもイヤ。

好きな場所に連れて行こうとしてもイヤ。

自分が今考えていること以外全てイヤ。

オムツを替えようとしてもイヤ。

テレビを見ていてもイヤ。

言われた通りにやってもイヤ。

イヤイヤイヤ!

この状態がいつまで続くのか。

こっちはお前のせいでイライラ期だわ。

育児本を読んで、「なるほどー」と子供の考え方で一時的に納得は出来ても、また目の当たりにするとイライラする。

なんでここまで言う事を聞かないのか。

一人じゃ何もできないくせに「イヤ!」とわがままを言う。

でも寝顔は天使。

可愛い瞬間があるのです。

許してしまう瞬間があるのです。

親も成長させられているのかもしれない。

でもイヤイヤされるとこっちはイライラ。

それは変わらない。

どうしたらいいのやら。

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イヤイヤ期に突入した時の親心。

親としてはイライラするのだよ。

「一番大変な時期ねー」って周りは言うけどこれからもずっと大変な気がするのだよ。

いつになればイヤイヤ期を過ぎるのか。

終わりが見えない大迷宮だ。

毎日違うことでイヤイヤ。

昨日と今日のイヤイヤポイントが違うのだ。

マジでどうかしている。

でも可愛いのだ。

この心情。

とても複雑。

失敗と成功の繰り返し。

毎日なにが好きで何が嫌いで何がイヤなのかさっぱりわからない。

毎日違うのだ。

毎日違うことを頭では理解していてもどうしても思ってしまう。

 

「昨日はこれで喜んでたろ。」

 

どうして今日は違うんだ。

それを毎日やる。

毎日毎日新しくイヤになるもの喜ぶものが違う。

わかっている。

どの育児本にもそう書かれている。

むしろイヤイヤ期があって当然。

自分の気持ちを全面に出して表現出来ている証拠だと。

言われてみればそうかもしれない。

その時は「なるほど君」が「うむうむ」と納得する。

でもその5分後には子供にイライラしてる。

逆に疲れる。

育児本の言う通りに出来ないことに逆にイライラする。

だから育児本は取りあえず、一旦、しまおう。

そして出来ている部分だけを見て少しほっとした時間を作ろう。

そうしないとこっちのイライラが増える一方な気がしてしょうがない。

育児本の使い方も考えねばならん。

どの子供に対してもまるで「こうなります。」と言われているような気がする。

 

「そんなに上手くいくわけねー!」

 

叫びたい。

そして逆にイライラしてしまう。

そんな時は育児本を全て否定するのではなく、「間違いない!」「いいじゃんここ!」「合ってる!」と思う部分だけを納得する。

気持ちが少し落ち着く。

そして、

 

次の日はまた違った部分でイヤイヤされるw

 

もう完全に繰り返し方がギャグである。

でもね。

そうなっちゃうんです。

計画なんて総崩れする時だってある。

毎日毎日失敗と成功の繰り返し。

いや、どちらかというと成功の方が少ない気がする。

それでも我が子が可愛くて仕方がないのだ。

イライラしながらでもすごいスピードで成長していく我が子を見ていたいと思う。

イヤイヤ期と今日も戦う事になる。

親はイライラ期。

重なり合って成長していく以外に方法が見つからない。

反省と反省の積み重ね。

つい怒ってしまう。

猛烈に怒り散らしてしまう。

 

勝手にしろ!バカヤロー!

 

と何度言ったかわからない。

いや、むしろ毎日だ。

時に手を出してしまう時もある。

いや、頻繁にある。

ぶん殴るわけじゃないけど叩く。

それでイヤイヤが無くなるわけではないことはわかっている。

子供として当然訪れる時期。

わかっているけどそうなってしまう。

だから、

 

すごく反省する。

 

申し訳ない気持ちで自分がダメだと思ってしまう。

それは夜。

子供の寝顔を隣で見た時。

天使みたいな寝顔を見て思う。

 

自分はなんてことを…。

 

反省する。

何度も何度も反省する。

そしてその反省を活かそうとする。

でもまた同じような事を起こしてしまう。

反省する。

反省に反省を積み重ねていく。

どうして自分はこうなんだろう。

合っているのか間違っているのか判断材料が無い育児。

反省の毎日。

でも思ったのだ。

 

正解などないが反省しているというのは間違いはわかっているということ。

誰かに「それでいい」「思い通りにやるべきだ」と認められるだけで少し気持ちが晴れる。

大事なのはやっぱり人として大切にする部分。

それに反していると反省する。

自分がどういう人間なのかが浮き彫りになる。

育児。

奥深い。

完成している人間であれば反省はしないのかもしれない。

だとしたら私はまだ未完成。

完成するのか。

もし完成するのなら。

親として成長しているのか。

親として成長する為の反省なのか。

何と。

何と奥深いのだ。

だとしたらですよ。

子供に感謝だ。

自分を人間として完全体にしてくれているのかもしれない。

それにしても、反省の毎日だ。

しつこいくらいに。

大変9に喜び1でもバランスは取れている。

イヤイヤ期の中でも子供は屈託のない笑顔を見せる。

心から喜んでいる瞬間がある。

その顔を見るとすごく嬉しい。

心から嬉しくなる。

幸せな気持ちになる。

大変だと感じている毎日を吹き飛ばしてくれる。

大変が9に対してこういった瞬間は1だ。

バランスの悪さが神。

でもその1で親は回復する時がある。

幸せを感じる時間がある。

 

「よかったぁ。」

 

そう思えた時間がすごく幸せだ。

その5分後にはイライラすることが起きるのだが一旦リセットされてる感はある。

そうやってバランスを取っていくものなのだと思う。

あの1が2だったら。

こんなに幸せな気持ちにはならないのかもしれない。

イヤイヤ期という地獄のような期間。

それに耐えうるだけのとびっきりの喜びが必要なのだ。

それがどんなものであっても子供はいつもと変わらずイヤイヤ期。

それに振り回される親。

それでも傍にいてほしいと子供に対して思う。

絶妙なバランスなのかもしれない。

愛情っていうのはイライラさせるし幸せな気持ちにもさせてくれる。

どこかで納得するしかない。

どんなに注意しても、どんなに失敗しても。

子供が全てうまくやれるはずがないというのはわかっている。

何度も同じ失敗をするし言って聞かせてもも「聞いてんのか?」と思うこともある。

生まれてまだまだ2年から3年。

わからなくて当然なのにどこかで大人と同じような対応を求めてしまうことがある。

それを暴れて嫌がる子供。

それを強制的に納得させようとする親。

親は大人。我が子は子供。

わかっているのに「我が子」っていうだけで甘やかしたり厳しくしたりする部分がある。

ある意味愛情とは差別的な要素もあるなと思ってしまう。

 

「自分の子供だから」

 

それだけで結構複雑な思いをする。

でもそれが無いと特別な愛情を注げない。

自分の子供、他人の子供。

私は同じように接することが出来るだろうか。

 

…。

 

出来ないのです。

だからとんでもなく怒るしとんでもなく褒める。

 

ほっとけないのです。

我が子をほっとけないのならイヤイヤ期をほっとけるはずがない。

だからどこかで納得させるしかないんです。

 

これはOKでこれはNG?

 

と自分の物差しで納得させるしかない。

それしかないのにどこか「完全な子供」「理想の子供」を意識してしまうのです。

愛情が強すぎて「個性」と呼べないこともある。

愛情が強すぎて「個性」にしてしまうこともある。

どれもこれも「我が子」だから。

なんとも言えない痛みと癒しを味わいながら毎日を過ごしていく。

自分が本気で納得出来るものなんて少ししかない。

でも納得しないと先に進まない。

「うちはこうなんです。」

このセリフに全く自信が持てない。

迷ったまま明日になる。

また今日も壮絶な一日の幕が上がる。