「良い」自分ルールの先には最高の自由が待っていると信じている

メンタル

法律っていうのは少しずつ変わっていく。

自分ルールも少しずつだけど状況によって変えていかなくちゃいけない。

例えば、
そのルールが「後輩には絶対におごらなくてはいけない」だとする。
この場合、
正直お金が無くてもそうするのかどうか聞かれると怪しい。
だからお金が無い時のルールを変更する。
「ただし財布に1万円以上入っている場合」を付け足したりする。

自分ルールは守りたいんだけど、
その状況で自分ルールを発動すると逆にめんどくさくなったりする時もある。

「この人はいつもおごってくれる人だ。」

と思われていたに違いない。

自分ルールを変更した事を知らない後輩からご飯の誘いがあった。

申し訳ないけど財布の中には少しのお金しか入っていない。

 

「今日はおごれんのです。申し訳ない。」

 

と言うと、
逆におごられる展開になり、
面目丸つぶれになる。

 

「今日くらいは払いますよ!」

 

とか言ってくる。
なんだか申し訳ない。

それはそれで成り立ってはいるんだろうけど、
これまで続けてきた自分ルールを変更すると馴染まない。

法律も同じだと思う。

飲酒運転はそもそも絶対にダメなんだけど、
その罰則が重くなったばかりの時はまだ多くの人に認識されていなかった。

それが今となっては重い罰則があることは百も承知。

そもそも飲酒運転はダメだけど、
もっと「ダメだよ!」っていうのが広まった。

馴染むのに少し時間がかかるらしい。

 

せっかく決めた自分ルール。

 

馴染むまでしばしの辛抱を。

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ルールはいきなり馴染まない。

ちょっと我慢して続けるべし。

仕事の後の「もうひと頑張り」が自分のルールだとする。

今日学んだことをどこかに残しておく時間。

今日後悔したり失敗したことを残しておく時間。

成功したことも喜ばれたことも残しておく。

ノートに書くでもブログに書くでも構わない。

自分でルールとして作っておく。

それが終わったらビールでも飲めばいい。

その内ルールを守らないとビールが飲めない体になる。

 

かもしれない。

 

今の自分にとって少しでもメリットがあるルールであれば、
それがまず自分に浸透するまで続けてみた方が良いと思う。

そのルールによって自分が変わればジワジワと周りも変わったりする。

前日に改めて失敗したことが次の日に活かせるかもしれない。

お酒の量を減らせるかもしれない。

そのルールを守らないとなんだか自分が嫌な気持ちになる。

そうなってしまえば馴染む。

そして習慣化したルールは自分にとって「良い事」を継続し始める。

それをやらなきゃなんか気持ちが悪くなる。

 

知らない間に作られた自分のダメなルールが一つ無くなる。

 

帰ってその日の反省もせずにビールを飲んで「忘れよう」とするルール。

ダメなルールを良いルールで塗り替える。

辛抱辛抱。

 

ダメなルールこそ馴染むのが早い。
変な習慣は自らの意志でしかカット出来ない。

継続は力なり。

ダメなルールこそ自然に出てしまう。

自分ルールとは言ってもダメな部分はそもそも習慣化し過ぎていて見えない。

食事の時に肘をついて食べるとか。

食事の後に歯を磨かないとか。

すぐに誰かの悪口を言うとか。

今挙げたものが別に悪いって言ってるわけじゃなくて、
「直さなきゃ」って自分で思った時がルール発動のチャンスだと思っている。

誰かに言われて気が付くこともある。

むしろそういうことばっかり。

 

せっかく言ってもらえたのに、
「悪いところじゃないから!」
と一蹴し続けていると、
知らない間に誰の話も聞かない習慣が出来上がってしまう。

 

そのおかげで誰かからもらえる多くのチャンスを逃している可能性だってある。

「せっかく指摘してもらえたんだから!」と思ってそういった部分を直していくルールを作る。

そのルールは超単純。

 

「指摘してもらったことは即改める。」

 

全てに納得するわけじゃないと思うし、実際に納得出来ない指摘もあると思う。

でもそれは「誰に言われたのか」でだいぶ違う。

めちゃくちゃ憧れの人に言われたら聞く。

でも同年代の友達に言われたら聞かない。

同じことでも。

 

だからこそのルール。

 

自分から自然に出て来るダメなルールで誰かを困らせているんなら直していった方が魅力的な人になれるような気がする。

どうせ自分らしく生きていくんだけど、
出来るなら多くの人に好かれたいと私は思う。

素敵な人になれるルールを作らなきゃいけない。

結局ルールは必要だ。

ルールが無ければ社会はとてつもなく変形する。

「これは犯罪だ!」っていうのが無くなると自由も無くなる。

 

自由はいつもルールの上にある。

 

ルールが無ければ自由なんて感じられない。

一人一人自由に対する考え方が違うのはわかってる。

それなら今ある社会のルールに準じた自分のルールを作る。

その上には自分にしか表現出来ない自由だって作れる。

 

「自由がほしい!」っていう奴に限って自分ルールが曖昧。
ダメなルールで溢れてる。
継続出来ない。

 

自分の良いルールに従って辛抱して頑張った人こそ、自分だけの自由を手に入れるんじゃないかと思っている。

むしろそう信じたい。

結局ルールっていうのは誰かを縛る為にあるんじゃない。

社会を作るだけじゃない。

法律を作るだけじゃない。

 

一人一人の自由も作っている。

 

だから自分ルールも徹底的に作り上げていかなくちゃいけない。

良い自分ルールを守って、自分だけの自由をめいっぱい楽しみたい。

メンタル
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心優しきあなたにお願いがあります。

お見苦しい点が多々ある私なりの文章をここまで読んで頂き、本当にありがとうございます。改めまして、執筆者のdaimaruです。

この度、DONGURILOGという日記サービスを共同運営させて頂く事になりました。

シンプルに伝えると、「みんなで日記を書くスペース」になります。

かれこれ数年このブログを続けて思った「ひとりで更新し続ける難しさ」を解消しつつ、多くの価値観を共有しながら楽しめる場所です。

まだ始まったばかりのチャレンジではありますが、多くの方に使って頂きたいと思っています。

ここまで私が書く、しがない文章を読んで頂き、目もお疲れかと存じますが、どうか、最後に、私の渾身のワガママを聞いて頂けないでしょうか?

無理なお願いをしているのかもしれません。

でも、「日記を書く」には多くのポジティブな効果があります。今日一日を振り返るだけで多くの気付きがあります。

じらしてすみません。

一緒に日記を書いて頂けないでしょうか?

私は多くの人と日記として記録を残す毎日を過ごしたいと思っています。

そしてそれがきっかけで多くの人が救われる瞬間があるんじゃないかと思っています。

私が求めているのは募金や署名ではありません。

シンプルにあなたが持つ価値観や考え方です。

本来「日記を書く」は一人で行う趣味的な存在なのかもしれませんが、それを多くの人と同じスペースで書く楽しさを大声で主張したい。

「うおー!」です。

是非一緒に、DONGURILOGで、日記を書きましょう!

自分の為になり、誰かの為にもなる。

そんな最高のスペース作りにご協力ください!宜しくお願いします!

あれんじ

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