素晴らしい「ゆとり世代」に心を動かされた「氷河期世代」

仕事

ゆとり世代の事をどう思ってるのかそれ以前の人達に聞くとまぁ舐められてる。

ちなみに私はゆとり世代よりも前の人間。

まさに昭和。

でも職場にはゆとり世代と呼ばれる年代の人達もいるわけです。

そうではない人達に対してイメージを聞くとあんまり良い話にはならない。

でもすごく頑張っているというか凄い才能の持ち主もいるもので。

 

「ゆとり世代だから。」

 

と甘く見るとそれ以外の世代も簡単に追い抜かれたりする。

学生の間はゆとり世代と言われながら生きてきた人達も大人になれば個人戦になる。

個人戦になっても「ゆとり世代」を持ち出して突っついてる場合じゃない。

もうゆとり世代は個人戦に突入してる。

その中にはとんでもなく仕事が出来る奴がいる。

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ゆとり世代の革命児。

ダメな事をすれば「ゆとり世代」と言われる。

すでにハンデ戦。

それをバネにして逆に活躍しちゃう奴。

革命児。

大人になったら個人戦。

自分はゆとり世代ではないから学生の頃にどんな生活をしていたのか、どんな考え方を持っている人が大多数だったのかはわからない。

むしろずっと集団というよりも個人を尊重している教育だったのかもしれないし逆に放置されているような感じだったのかもしれない。

でもゆとり世代が大人になり、我々と一緒に仕事をしているとたまにすごい才能の持ち主に出会う事がある。

年齢を聞けば「ゆとり世代」だというのはわかる。

でも明らかに自分よりも能力があって、考え方も秀逸で努力家である。

正直に言うと悔しいのです。

別に見下したりされているわけでもなく、ほとんど完璧に癖の無い人。

悪いところが見つからない。

でも「ゆとり世代」と言われている。

大人になれば個人戦。

学校や教育の範囲を超えて、個人としてやるべき事とやりたい事へ向かう。

その時の力は世代なんて関係ない。

その力が強ければ強い程前に進む力も強くなる。

失敗や反省を繰り返して来たのだろうと思う。

年下なんだけどね。

自分よりも経験が豊富なのではないかと思うのです。

自分が情けなくなるじゃないですか。

結局自分は「何をどうしたいか」が重要なんだと思う。

世代全体で舐められようが何を言われようが、自分がやりたい事、目標がはっきりしている人はすげー強い。

もうすんげー強い。

会社を興して、雇用を生んで、国に貢献している。

たぶん本人は絶対にゆとり世代であることを意識しているし、散々言われてきたのだと思う。

でも自分の目標は絶対に失わないのでしょう。

東証一部に上場。

ゆとり世代の革命児と呼ばれてもおかしくはない。

自分の目標に辿り着く為にせっせとこつこつ努力を積み重ねていく。

これは世代とかそういうことじゃなく、もうその人のすばらしさなんだなって思いました。

恐れ入りました。

気さくなのに真面目、ふざけているのに一生懸命。

結果を残しながら凄いスピードで進化していく力。

だめだ。

こりゃまだ同じフェイズで話が出来る相手ではない。

そう感じてしまう就職氷河期世代の私。

就職に囚われない発想にはついていけるはずもないのです。

でも教えられたのは「自分がどうしたいのか、目標に向かう力は強い。」ってこと。

何もかも与えられ続けると何が欲しいのかわからなくなる。

これまでの人生を振り返ってみると様々な事を与えられていることに気が付く。

そこに勝手にある感じ。

だからなんか身が入らないというか自分が本当にやりたいことを見失う。

むしろ与えられたものの中から選ぶっていう感じ。

自分が本当にやりたい事を探す手間が省かれている。

自分がやりたい事なんて必死に見つけないと見つかるわけがない。

勉強も食事も仕事も、与えられたことしかやらない。

そういう生活をしているといざなにも与えられなくなると「自分が何をしたいのか」わからなくなるかもしれない。

それでも与えられ続けるものだからそれを一生懸命こなしていく。

でも自分が与える側になるっていう選択をしたのがゆとり世代の革命児なのだろう。

与えられるわけではなく。

自分で掴みにいく感じでしょうか。

与えられたものをこなす事でバックヤードもどこか安心出来る場所にいる気がする。

でもそれを選ばない。

落っこちれば底なし沼の状況に自分を置く。

だから失敗しても諦められない。

決して諦めてはいけない状況になる。

なぜなら多くの雇用を生んでいるから。

その人々の安心を支えないといけない。

それを覚悟の上でやってる。

めちゃ強いっす。

自分には無理っす。

そりゃなんか気さくなくせに威圧感があるわ。

もう会いたくない。

年下なのになんか緊張するし。

でも対等に、会っても委縮しないで、話が出来るようになりたいと思えた。

そんな人と一緒に仕事をするのってきっと楽しいのだと思う。

「この人に付いて行きたい」と思わせてくれる人。

そりゃ人間だから初めはそう思っても徐々に離れたくなる時だってある。

でも「付いて行きたい」って思う人は大概さらに大きく成長していく。

だからずっと付いて行きたいって思わせてくれる。

自分の成長スピードを圧倒的に凌駕している。

それでも食らいつく。

食らいつくのに必死になる。

気が付けば自分も同じようなスピードで成長している。

付いて行きたい人はそういう人。

すでに上にいて、王座に腰を降ろして見下ろしているような人ではなく。

王座を作らず、いつも、どこまでも上り詰めようとしている人。

世代とかもう関係ない。

そういう人。

追い付きそうもないから食らいつくしかない。

そんな人をいつも目標にしたいと思わせてくれる切っ掛けを与えてくれたのです。

ありがとう年下のくせに。

あんまり目標が馬鹿デカいからまだまだ付いていけそうもないけど、近い内に対等に話が出来るようになってやろう。

それを目標にするわ。

ちょっと外部なので頻繁に会いに行くことはないだろうけどな!

ありがとな!

自分の周りにそういう人がいるかどうか。

付いて行きたいって思わせてくれる人。

そういう人がいる会社で働けている人って羨ましい。

そういう人がいる環境で生活が出来ているって羨ましい。

ほとんどの人が出会えないんじゃないかなって思うのです。

普通に生活をしていてもなかなか出会えない。

大人になれば更に出会えない。

でも目標を掲げてそれに向かって努力し出すとなんだかたくさんいる事に気が付くのです。

うじゃうじゃいるよ。

自分が目標を定めればうじゃうじゃいる。

 

「こいつ俺より上にいるなー。」

 

ってのがゴロゴロいるのです。

片っ端から超えていく覚悟をする。

気が付いたら「そういう人」に自分がなっているんじゃないか。

という算段。

 

だから頑張る事にしました。

気が合わないわけがない。

だって目標が定まっている者同士だし。

ぶつかり合ったとしても目標に向けて進みたいからだし。

喧嘩しても目標は揺るがないし。

恥ずかしいくらいの目標を掲げよう。

月の表面に大きな旗をぶっ刺しに行こう。

恥ずかしいくらいの目標を掲げてやろう。

世代とかそんなのに惑わされて相手の真意を見抜けないアホに興味はない。

大切なのは間違いなく自分が掲げる目標であってそれを邪魔するものは結果でねじ伏せてやる。

ねじ伏せられるなら結果が出るまで耐えてやる。

そして結果が出た時にはすでに次の目標を見つけている。

自分以外の誰かが言っていることにそんなにこだわっている暇はない。

全ては自分が掲げる目標を達成する為にある。

ハゲた上司に顎で使われている場合ではない。

スケベな先輩に人生相談をしている場合ではない。

自分は自分が一番使いやすいはずだ!

まずは自分を自分で雇って動かしてやるべきだと思うのです。